06.今こそ以心伝心、言葉なんて不要なのら
◇
七時限目が終わった頃合を見計らって、俺とワタルさんは学校に戻った。
本当はSHRが終わってから教室に戻ろうって思っていたんだけど、どうせ放課後戻っても結果は同じだ。それに担任や生徒会からお呼び出しも喰らうに違いない。だったら腹括って教室に戻ろう。ワタルさんと二人で出した結論だった。
教室に戻ったらSHRが始まっていた。
おかげでクラスメートから注目を浴びちまうハメになったよ、スッゲェ恥ずかしいそ居た堪れない。担任の前橋に早く座るよう催促され俺はいそいそと自分の席に着く。後ろから視線を感じる。多分、ハジメや弥生、そんでもって利二の視線だと思う。みんなに返信をしていないもんな。
チラッと目を動かす。俺の見た席には透が座っていた。
ちゃんと授業を受けたかどうかは分からないけど、透が教室に戻って来てくれて良かった。自然と安堵の息が漏れる。
まだ心の準備ができていないせいか、SHR時間が延々と続けばいい。なんて思ったんだけど前橋は淡々と話を終わらせてしまった。
しかも例の事件のことで話があるのか、俺を含む不良メンバーは生徒会室に行くよう呼び出しを喰らってしまった。予想はしてたんだけどさ、こうやって現実を目の当たりにするとヘコむよな。どんな嫌味言われるんだろ、ヨウ達になんて言い訳しよう、色々とヘコむ。
「起立」学級委員・横野の号令に合わせて、俺は重い腰を上げた。鈍く左肩が痛む。頭を下げた直後、みんなは鞄を持って教室から出て行く。んで、俺は教卓に着いている前橋に呼ばれた。
「お前はいつから、仕事を増やす面倒な生徒になった。頼むから増やすな、俺の仕事を」
出席簿で何度も頭を叩かれながら、軽くお小言を貰った。合間合間に問題があったなら職員室に来い、そう俺に言ってくる。
一応、教師らしい仕事はしてくれるんだな。それとも俺を心配してくれてるのか? ま、どっちにしろ、あんま世話にはなりたくない。なったらそれこそ、面倒になるから!
担任から解放された俺は、疲労交じりの溜息をついて踵返す。そしてびっくり。そこには弥生がいたから。
むむっ。眉間に縦皺を作っている弥生は、俺を睨み付けて「バカ!」開口一番に罵声を浴びせてきた。
「なんで返信しないの! 心配したんだよ! ワタルと何をしていたの!」
「え、あ、ご……ごめん。ちょっと、えーっと、ちょっとワタルさんと」
言い訳下手くそ!
しどろもどろ目を泳がせながら、頬を掻きながら、誤魔化していたらハジメが俺達に歩み寄って来る。「何か、あった?」俺の制服や頬を指してきた。
どう隠しても隠し切れない頬の擦り傷やカッターシャツの汚れを指摘され、俺は汗をたらたら流す。ハジメ、鋭い。
突然、背中を軽く叩かれた。
左肩に響いて思わず痛みで声を上げそうになったけど、グッと堪えて、ゆっくり振り返る。そこには利二がいた。利二は俺の焦った顔に微笑して、「後でメール返せ」それだけ言って教室を出て行った。呆然と地味友の背を見送っていたけど、俺は利二の気遣いを察した。心の中で後で絶対に返信しようって決めて、口パクで礼を言う。
あ、そういえば透。
俺は目だけ動かして透を探す。教室にはもういないようだ。どうしよう…、スケッチブック、俺が持ったままなんだけど。明日よりも今日渡したいな。
「ケーイーッ、質問に答えてよ!」
「うわぁつ! や、弥生、近いッ、顔近い!」
至近距離に弥生の顔があるっ! 女の子の顔がある!
女の子とかにあんま接したことないから、こういう状況はスッゴク意識しちゃうんだって。日陰男子なら気持ち、分かってくれると思うけどさ。大慌てで後ろに下がる俺に対して弥生は容赦ない。「説明してよ!」グイグイ寄って来る。
「逃げないで説明してよ、ケイ!」
「いやさ、そのさ」
「ハッキリ説明して! 此処で!」
うわぁああー……女の子ってしつこい。恐い。強い。俺は必死に逃げ道を探す。
「と、とにかく生徒会室に行こうぜ。呼ばれてるしさ」
「そのとおりだね。話が終わってからでも、ゆっくり聞けるし。ケイ、逃げられないと思っときなよ。ヨウも相当気にしてたみたいだから」
うわぁああー……ハジメさん、脅しはナシだぜ。マジで。
引き攣る顔を無理やり緩ませるように、愛想笑いを浮かべてみたけど、やっぱ引き攣り笑いにしかならなかった。
「失礼しまーす」
弥生とハジメの3人で生徒会室に入ると、そこには既にヨウとワタルさんがいた。タコ沢は来ていないっぽい。
あ、そういやアイツ、職員室前にいたな。職員室を通ったら、しかめっ面作って廊下に立ってたもん。呼び出しでも喰らったのか? 役員もいるけど肝心の生徒会長はまだ来てないようだ。
ワタルさんはニヤニヤ笑っていたけど、ヨウに質問攻めされていたのか、どことなく困った顔を作っている。でも余裕そうだな。困っているけど、どこか愉しんでいるもん。俺が入って来たらワタルさんが目を輝かせて手を振ってきた。
「ケイちゃーん、さっきぶり! 早速だけど、ヨウちゃんのお相手頼めるー? ヨウちゃーんの相手、僕ちゃーん疲れちゃった」
「あ˝ぁん? テメェ、疲れるようなこと何一つしてねぇだろうが。俺が質問してもヘラヘラヘラ笑うだけ、ざけやがって」
なんで入って早々そういう無茶振りが降りかかってくるんでございましょうか。こっちとらまだ心の準備も何もしてないのに。
ワタルさんに向かって無理ムリと首を横に振るけど、ワタルさんも無理ムリと首を横に振ってきた。ワタルさんの方が付き合い長いでしょ! 頑張って相手して下さいよ! 俺にヨウの相手なんて荷が重過ぎるって! なんて思ってたら、ヨウが俺と視線を合わせてきた。若干、睨まれている気がする。気がするじゃない、睨まれている。
「おいケイ、分かってンよな」
地を這うような声で俺に問い掛けてくる舎兄が恐い、恐いよ、泣きたいよ。
俺は忘れていた。ヨウは学校でも畏れられている、恐ろしい不良だってことを。味方になると心強いけど、敵になるとめっちゃ恐い。恐過ぎる。
じゃあキレイサッパリ本当のことを言ってもいいけど、言ったら言ったで地獄を見る気がする。どうして自分を呼ばなかったんだ! みたいなカンジで怒られそう。それにワタルさんは二人でシメたことで解決したって言った。あまり報告したくないようだし(魚住のこともあるしな)、俺も収穫のない喧嘩をしてきただけだもんな。
グルグル考えをめぐらせていたら、生徒会長が中に入って来た。
席に着くよう指示されたから、俺は弥生たちと一緒に席に着いた。
ヨウは相変わらず、須垣先輩を毛嫌いしているようでガンを飛ばしていた。そんなヨウも恐いけど、笑顔で綺麗にスルーしている須垣先輩も凄い。種類は違うけど、どっちも敵に回したらヤだよな。こういうタイプたち。
自分の指定席に座った須垣先輩は、ニッコニコ笑顔で俺達を見てきた。
「谷沢くんは暴行事件(ただの喧嘩だけど)を起こして、職員室にいるそうだ。情報によれば“タコ”のことでどうのこうの……」
タコ沢……お前、そんなにタコ嫌いか。いやそうしたのは俺とヨウのせいだろうけどさ。
「まあ谷沢くん抜きで話そう。彼抜きでも差し支えないしね。さてと」
指を組んで、俺とワタルさんにチラッと視線を送ってくる。
「二人とも戻って来たようだね。“おサボリ”は楽しかったかい?」
ひっじょうに棘のあるお言葉をどーも。俺とワタルさんは顔を見合わせて肩を竦める。
「楽しかったですよね、それなりに」
「ほーんとにねぇ、それなりに」
棘のある会話をしてやった。いやさ、ヨウ達がいるって分かってるんだけど腹立つじゃん。俺達に非があるとしても、やっぱ腹立つじゃん。相手が生徒会長だけに。
クスリ、笑声を漏らす須垣先輩は眼鏡のブリッジを押す。
「分からない人がいるかもしれないから説明すると、こちらの二人が生徒会と交わした約束を破ってしまったんだ。たかだか一週間サボらず授業に出ればいい話なのに。とてもイイ誠意を見せてくれたもんだ。やっぱり君達は信用ならないよ。犯人だって思われても仕方が無い」
「ということは、疑われるのは僕ちゃーんとケイちゃーんだよねぇ。二人っきりでデートしちゃったし。ほーかのみんなは真面目に授業ちゃんを受けていたし。みんな偉いよねぇ。僕ちゃーんには無理むり。ワルイコちゃんだから」
ニヤニヤ笑って机に足を置くワタルさんは、ポケットから煙草の箱を取り出した。
「これも学校で吸っちゃったたたーん」
そう言うワタルさんだけど、俺が知っている限り学校では吸ってない。トイレで吸おうとはしていたみたいだけど、結局思いとどまって吸わなかったのだろう。
ワザワザ疑いが掛かる物品を生徒会の面子に見せるのは、より自分に注意を向けるため。それがワタルさんなりの詫びなのかもしれない。理由があっても、約束を破ってみんなに迷惑を掛けたという…ワタルさんなりの詫びの仕方かもしれない。
なんだかワタルさんのことを誤解していた気がする。
ワタルさんは人のことをからかうお調子者のウザ不良と思っていた。苦手だとも思っていた。でもこの人はちゃんと他人を気遣う不良なんだ。馬鹿して、人をキレさせて、だけど裏では友達のために行動する。憎まれ役も買って出る。
ワタルさんってそんな人なんだなぁ。完全に誤解していたよ俺。
そうだ。
後でお礼をちゃんと言おう。喧嘩に連れてってくれたお礼を。ワタルさんがいなかったら俺は、あの不良達に勝てなかった。ひとりじゃ何もできなかった。スケッチブックを取り戻すことさえもできなかった。
ワタルさんの発言に須垣先輩は呆れたような顔を作ってきた。
調子が狂う、顔にそう書いてある。須垣先輩自身、もっと青い顔をして欲しかったのかもしれないな。焦って焦って許し乞いをしてもらいたかったのかも。頭部を軽く掻いて今度は溜息。「君達の疑いは晴れたよ」残念そう言ってきたのは溜息をついた後のこと。
「ある生徒からの情報で、二年の生徒が生徒会の窓にヒビを入れたって通報があった。真実を確かめにいったら、犯人のひとりが認めたよ。オメデトウ、君達は一応身の潔白が証明されたんだ」
ある生徒、それって透のことじゃ。
そうだ。きっと透だ。透が生徒会に報告してくれたんだ。
自分の身が危なくなるかもしれないのに、奪われたスケッチブック捨てられるかもしれないのに、アイツは俺達のために。犯人のひとりが認めたというのはワタルさんが美術準備室でシメた先輩不良だろうな。うん。シメ方がシメ方だったもんな。
「犯人が捕まった、だぁ? 詫びやがれ! 散々人を犯人扱いしやがって! しかも休み時間まで俺達を見張ってやがっただろうが! 監獄にでもいる気分だったぜッ。犯人扱いしやがったことに対しての詫びを、此処で、詫びやがれ!」
噛み付くようにヨウが怒声を張ったけど、須垣先輩はニッコリ。「謝らないよ」
カッチーンときたのかヨウは軽く腰を浮かせる。だけど先輩は表情を崩さない。肩を竦めて、キラースマイルを俺達に向ける。
「君達はこちらの約束を破った。それは変わらないし、君達が疑われたのは日頃の行いが悪いせいだ。寧ろ、約束を破ったことを謝って欲しいくらいだよ」
「ンだと……さっきから聞いてりゃ……」
「吠えるな、負け犬」
二人の間に火花が散る。根本的に根っこが合わないんだろうな、二人って。
そういえばヨウ、言ってたな。やり口は日賀野に似ているって。きっと似ているが故に拒絶反応を起こしてるんだ。日賀野のこともスッゲェ嫌っているしな。
話は終わりだとばかりに須垣先輩が手を叩いた。仕事の邪魔になるからさっさと出て行けと態度にデカデカ出ている。自分から呼び出しておいて酷い扱いだよな。荷物を持って腰を上げると、「次は容赦しない」須垣先輩は真顔で俺達に言い放った。
「何か事が起こったら、真っ先に君達を疑わせてもらう。特にそっちの二人は“おサボリ”を優先した。何かあったらその時は」
「だってぇ、ケイちゃーん。肝に銘じとかなきゃいけないねぇ」
「あははっ……そうですね」
生徒会から完全に信用を失くした。
でもそれは、べつに痛くも痒くも無いことだと思う。俺達にとって、俺にとって“おさぼり”の方が大切だったしさ。
まあ、生徒会長に弁解してもそれはただの吠えにしか思えないだろう。先輩にとって俺達は約束を破った“負け犬”なんだしさ。いいよ、負け犬でも。ヨウの誘いを断れず泣く泣く舎弟になっちまった時点で俺は負け犬だ。
だったら負け犬は負け犬なりに頑張らせて頂きます。
「ああ、そうだ」
須垣先輩は俺とワタルさんを呼び止めた。俺達は勿論、自然と他のみんなの足も止まる。
振り返れば、気味が悪いほど笑顔を見せている生徒会長がそこにはいた。
「“おサボリ”お疲れさま。怪我の治療は早めに。特に田山くん左肩はお大事に。今日中に病院に診せた方が君のためだ」
な ん で ?
俺は左肩に手を伸ばしながら、目を見開いた。なんで先輩が左肩の怪我を知っているんだ。この怪我を知ってるのはワタルさんと、怪我を負わせた先輩不良だけだぞ。なんで先輩が知ってるんだよ。その場にいたわけじゃあるまいし。
しかも“おサボリ”お疲れ様ってどういうことだ。先輩、俺達が何をしていたのか知ってるのか?
突然の言葉に動揺しまくっている俺の背中を叩いて、ワタルさんは不愉快そうに笑いながら鼻を鳴らした。
「やっぱテメェ、信用ならねぇーよ」
「光栄だね」
ニッコリ。
須垣先輩はしてやったりとばかりに笑顔を見せてきた。その笑顔は、どことなく毒を含んだ、寒気のする嫌な笑みだった。
「荒川のいる不良グループ。日賀野がいる不良グループ。ま、どっちが潰れても、僕としてはいいんだけどね」
生徒会室から出て行くヨウ達の背を見送った須垣は小さく笑みを浮かべた。
「潰し合ってくれれば、万々歳さ。不良ほど醜い存在は無いからね。ああヤダヤダ、不良なんて大嫌いだ」
――生徒会室から出ても寒気は止まらなかった。寒気、というよりもこれは悪寒だ。
ヒリヒリ、ピリピリする左肩をそっと触りながら、俺はワタルさんに視線を向ける。ワタルさん自身も寒気、というか相手の嫌な空気を感じ取ったようだ。肩を竦めておどけては見せるけれど表情に余裕は無かった。
そう、だよな。
この肩の怪我、知っているのはワタルさんと、負わせた先輩不良だけだもんな。なんで知っているんだよ。気味悪いな。
黙然と佇んでいたら、ワタルさんが「考えてもしょーがない」って声を掛けてくれた。何気ない言葉が心を軽くする。俺は苦笑いを浮かべて頷いた。そうだよな、考えてもしょーがないよな。
「ま、とにかく、ケイちゃーん行こうか。病院に。生徒会長の言ったとおり、今日中がケイちゃーんのためだろうし。保険証ある?」
「すみません。保険証は常に財布に入れてあります」
「オーケー。んじゃ、レッツゴーん」
「まさか、このままトンズラできると思ってンのか。テメェ等」
カチンと俺とワタルさんは固まった。
ぎこちなく振り返れば、不機嫌そうに腕組みをしている舎兄と、呆れているハジメと、溜息をついている弥生。計三名が後ろに立っていた。そうでした、あなた方の存在をすっかり忘れていました。是非とも忘れていたかったです。
「トンズラだなんてやっだなぁ」ワタルさんは俺を親指で指してきた。
「ケイちゃーんを病院に連れて行こうとしてるんだって。生徒会長の助言もあるし、早くしないと閉まっちゃうでしょー? ねー? ケーイちゃーん」
俺の顔を覗き込むワタルさんの目が訴えてる。話を合わせろって。俺はしどろもどろに頷いて誤魔化し笑い。
「そ、そうですね。閉まっちゃったら明日になっちゃいますよね。それは困るなー、困っちゃうなー、おれー」
「見せてみろ。怪我ってヤツ」
仮病って思われているのか、それとも今日行くべきかどうか判断したいのか。
多分、後方だと思う。話を聞きたがってるし、大丈夫と思ったら明日にでも行けって言うんだろうな。不機嫌を含んだ声のままヨウが怪我の具合を見せてみろと言ってきた。見せてもいいけど、此処、廊下だぜ廊下。流石に廊下で上半身裸になるのなぁ。しかも生徒会室前。あんまりだよなぁ。下手すりゃ変態扱いされちまいそうだよなぁ。
尻込みしていると、イケメン不良の眉がつり上がった。
大丈夫なんじゃねえの、明日でもいいんじゃねえの、なんぞと視線で訴えられる。
「おら早く」ヨウが苛立ちを込めて左肩を叩いた。肉が裂かれるような痛みが走り、場所問わず悲鳴を上げた。その場にしゃがんで身悶える。今のはない、まじで、ないんだけど。
「よ、ヨウ。何しているの!」
血相を変える弥生に、「か。軽くだぞ」強く叩いたつもりはないとヨウも焦燥感を顔に滲ませる。そんなに酷いのか。肩の具合を見るために、舎兄が片膝をついてきた。「ちょいやばいかも」うめき声を上げつつ、シャツのボタンを上から三つ外して、ヨウに肩の具合を見てもらう。見え難いかもしれないけど、上半身裸になるよりかはマシだろ。
さっきは色が黒っぽい紫だったけど、今はどうだろう。
「……なんだよこれ。ケイ、少し動かすぞ」
「え? うごッー…イッ、イデデデデデっ! よ、ヨウ、たんまたんまたんまっ、うぁああツ!」
おもむろにヨウが俺の左腕を掴んで、無理やり上にあげようとした。俺は廊下に悲鳴を喚き散らしながら左肩を押さえる。
む、無理、ギブギブギブギブッ、痛いッ、ヨウ、痛いから! 左肩が痛くて腕、あんま上がらないんだって! そうヨウに伝えたいんだけど、言葉にならない痛みに呻き声と悲鳴しか出ない。
身悶えする俺を解放して、ヨウは眉間に皺を寄せたまま口を開いた。
「こりゃひでぇな。骨に異常があっかもしれねぇ。俺はケイを連れて病院に行く。ハジメと弥生はワタルから事情を聞け」
「ええぇええ! 僕ちゃーんの役割取っちゃうの? それはあんまりなすび。病院には僕ちゃーんが」
「テメェは弥生とハジメにサボった理由を説明する義務があンだよ。俺はケイから事情を聞く。それで解決だろうが。どうせ病院に連れて行くだの何だの口実を作って逃げようと思ったんだろうがそうはいかねぇぞ。弥生、ハジメ、徹底的に事情を聞いて来い。ワタルを逃がすんじゃねえぞ」
うっわぁ……、徹底的にって。
ということは俺、徹底的にヨウに事情を説明しなきゃなんねぇのか? ハジメや弥生以上にヨウの相手は恐いっつーのに、俺、マンツーマンで舎兄に説明しなきゃいけないのかよ! ……オワタな、俺。
諦めに近い気持ちを抱きながら、シャツのボタンを留める。無事に帰れるかなぁ。
溜息をついてワタルさんに視線を送る。気付いたワタルさんは俺にウィンクしてきた。追い詰められいるワリには余裕の表情。もしかしてこの状況、楽しんでるんじゃないか? 微苦笑を零して、俺はワタルさんに歩み寄ってこっそり耳打ち。「喧嘩。連れてってくれてありがとうございました」
するとワタルさんが大笑い。ヨウ達が怪訝な顔を作るくらい、大笑いして俺にこう言ってくる。
「ケイちゃーんって変な子だねぇ。あー可笑しいおかしい。ケイちゃーん変な子、変子、へんっこ~、じみっこ~」
いつものウザ口調で俺をからかうワタルさんは、「変っ子地味っ子」って口ずさみながら軽く駆け出した。オレンジ色の長髪が走る風に靡いている。それが妙に印象的だった。目立つ色のせい、それも勿論あるんだろうけど、訳もなく目に焼き付いちまった。
「ちょっとー!」弥生は走り出したワタルを追い駆け始めた。
途中で捕まったワタルさんは「逃げたんじゃないってぇー」って言い訳してたけど、弥生に何度も容赦なく叩かれてる。呆れ笑いながらハジメが二人の背を追った。「逃がさないって」ワタルさんの背中を叩いているハジメの言葉に、ワタルさんはニヤニヤ笑うだけ。楽しんでるな、あの人。
でも今のはワタルさんなりに、俺のお礼を受け止めてくれたって思っていいよな。
「んじゃ、俺等も行くか。ケイ。たっぷり話、聞かせてもらうぞ」
そうでした。俺も、追い詰められている立場でした。
「ごめん!」俺はヨウに向かって謝った。これは勝手な行動をした詫びじゃなくて、これからすることに対しての詫び。
「あのさ、ちょっと寄って行きたいところがあるんだ。先に行っててもらえないか?」
「先に、だと?」
関節を鳴らして拳を作るヨウ。殺気を感じるのは俺の気のせいじゃない!
「……に、に、逃げない逃げない逃げねぇーから! ほんとほんとほんとに! あああっ、んじゃあついて来て下さい! 寄るところがあるんです! お願いします! お願い致します! ついて来て下さい!」
俺の情けない声が廊下中に響き渡った。
カッコ悪い……そう思っても舎兄の怒りを買うよりかはマシだ! 俺は全身全霊を尽くして舎兄にお願いし倒した。
美術室を覗き込むと部員らしき男女が数人、キャンバスに絵の具を塗りたくっていた。独特のニオイが何とも言えない。俺は好きになれそうになれないな。
部員達が部活をしている中、ひとりだけ上の空になって窓の向こうの景色を見ている奴がいた。透だ。良かった、部活に来てた。
俺は部員のひとりに声を掛けて、透を呼んでもらうように頼んだ。透は俺の登場に驚いていたみたいだけど、重たそうな腰を上げて、俺のもとに直ぐ来てくれた。俺と傍にいるヨウの姿に、透はどっか決まり悪そうな顔を作っている。
そんな透を廊下に連れ出して、俺は取り戻した三冊のスケッチブックを差し出す。「え……、」目を見開く透に俺は肩を竦めた。ヨウは気遣ってくれてるのか、少し離れた場所で携帯を弄るフリして視界に入れないようにしてた。
「拾ったから届けに来た。これ、お前のだろ? 大事なモンなんだろ? 中の絵、一枚だけ汚れてるけど他は無事だから」
「拾ったって……でも、これ……これ……」
上擦った声を出す透の手にスケッチブックを押し付ける。
「拾ったんだ」繰り返しくりかえし伝えれば、透の目からボロッと涙が零れた。ブレザーで目元を擦るけど、涙が止まらないのか次から次に涙が落ちていく。「ありがと。ごめん」蚊の鳴くような声で礼と詫びを口にしてくる透は、俺に何か言いたいみたいだけど何を言えばいいのか分からないみたいだ。
正直、何も言わなくていいって思ってるんだ。俺は。
だから笑ってやる。
「泣くなって。これで解決しただろ? も、なーんも心配ねぇんだからな」
透と、少しだけ距離を感じた今日の出来事。
それはスッゲェ寂しくて、スッゲェ違和感があって、スッゲェ虚しい気分になった。
しょーがないよな、俺、不良とつるんでるんだ。一緒にいる時間が減ったなら、距離ができることだってあるし、ソイツの知らない面だって出てくるし、前まで無かった“疑われる”ことだってある。
正直、疑われた時は腹も立ったよ。なんで疑うんだ。俺の性格知っているだろ。ってさ。
だけどやっぱりお前といる時間はそれなりに長かったんだ。これからもそれなりに付き合っていきたい。同じ地味仲間としてさ。
そう思うのは俺の我が儘かもしんねぇけど、少なくとも透から詫びとか礼とか、そういう言葉を口にして欲しくないんだ。聞きたくも無い。むず痒いというか、ハズイ。言わなくても分かっているから。
だからな、透。お前が俺達にしてくれたことも礼を言わなくていいかな。
生徒会にチクれば先輩不良たちに何されるか、バカでも分かることを、恐怖が無かったわけじゃないだろうに、俺達のためにお前のしてくれた行動に、礼、言わなくていいかな。面向かって礼を言うのは照れくさいし、お前だったら言わなくても分かってくれると思う。
「今日のことはおわりだ。な?」その言葉に、透は何度もなんども頷いた。
明日からの俺との関係が不安だったのか(実を言えば俺もかなり不安だった)、それとも今日のことがよっぽど悔しかったのか(ボコされた気持ち、すっごく分かる。一方的に負けるって悔しいもんな)、廊下だってことも忘れて感情を吐き出し始める。俺は苦笑いを浮かべて背中を叩く。
なあ、透。
昼休み(さっき)は以心伝心できなかった俺等だけど、きっと今はできていると信じている。信じているよ。だから礼も詫びもイラナイし、逆に俺も何も言わない。そう思ってもいいだろ、なぁ透。
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