新歌集から 猫の花嫁候補(人間、元王子)
元王子の踊り子、リベカは夜になると仕事をしておりました。
いくつかの篝火が火の粉を上げる舞台にて、薄い絹を纏い、華麗に踊ると男達の鼻の穴を広げたり、鼻の下を伸ばさせたりして存分に金貨銀貨を稼いでいたのです。
是非一夜をともにと伸ばされる数多の手を軽く一払いで振り払い、リべカは薄く笑って夜に消えました。
それでそのまま、下宿先のパン屋へ。
その後は決まって、夜中に起きてパンを焼くために右に左に動いている、じいさんと弟子を眺めながら、つまらなそうに行儀の悪い格好で、椅子の上に座っていたのでした。
「パンなんか焼かないでも、私が養ってやるのに」
リベカの言葉に、角なしの弟子が笑いました。
「働かざる者食うべからずだよ。姉ちゃん」
「そんなこと言い出したら、世界中の王は死ぬわ。仕事しないのも仕事なんだもの」
「王だろうと誰だろうと、朝に食うパンがないと困るじゃろ」
じいさんは弟子に仕事しろと指で指示しながら、リベカの顔を見て言いました。
「もちろん、踊り子でもな。焼きたてのパンは好きではないか」
「ううん、大好き」
少年のような顔でリベカはそう言ってあぐらをかくと、椅子の上で身を揺らしました。
「猫来ないかなぁ」
「猫が来たらどうするんじゃ」
「んー。結婚?」
椅子の上でぐんにゃりしながらリベカが言うと、弟子とじいさんは互いに顔を見合わせました。
「猫と結婚なんて聞いたことないよ」
「男なんぞその美貌でいくらでも捕まえられるじゃろう」
じいさんが言うと、リベカは編んだ長い髪を揺らしました。
「色々あって、男は嫌いなのよね。あと、私も男だったから分かるんだけど、いやらしいことしか考えて無いのよね」
「僕はパンのことを毎日考えてるよ!」
「わしも、わしも」
弟子とじいさんの反論に、リベカは背筋を伸ばして自分を指さしました。
「何、私とどうにかなりたいの?」
二人は首を振りました。リベカは鼻で笑ってまた椅子を揺らしました。
「ま、そういうことよ」
丁度その時、ドアについた小さな鐘を鳴らして猫が一匹入ってきました。黒猫のコンラッドでした。
あ、と弟子が声を掛ける前にリベカは猫に抱きついて、いえ、猫を抱き上げてすりすりしてお腹の匂いを嗅いでいました。
「なんだここは、猫好きのパン屋か」
「私よ私、忘れたの? 猫の勇者さん」
「覚えてはいるが、そんな感じだったか」
「んー。男の元を根こそぎ取られちゃったせいだと思うんだけど、日に日に女ぽくなるのよね」
「それは歩いてきた猫に抱きつくのに関係あるのか?」
元王子は少し考えました。
「ないかも。まあ、前から猫は好きだったな。いつも抱きしめていたかも」
「だろうな。人間の中年でおっさんでも、猫を抱き上げてはにゃーんとかいうものだ」
「あ、すごい分かる」
リベカは相変わらず自分が自分であることに気づいて、ちょっと笑いました。コンラッドの頬に頬ずりして、さらに嬉しそうに笑いました。
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