第3話
『そろそろ、僕のことを紹介して欲しいな』
その言葉で我に返った。そうだ、ギスケの用事で来たのだった。
「今日は、ギスケの通訳を、しに来た。幽霊さんに、話がある」
『僕の言うとおりに伝えてくれれば良いよ』
ギスケは招き猫みたいに姿勢を正すと、改まった口調でしゃべりだした。
『僕は第七十六期、化物町内会会長。猫又の義助。この度は、こたつ幽霊の秋絵殿に次期会長を引き受けていただきたく、化物町内会を代表して参りました』
深く考えずにギスケの言葉をなぞっていた私は、最後まで言い切ったあと、時間差で言葉の意味が頭に入ってきた。
「そんなに偉かったの?」
「秋さんが町内会長!?」
私の疑問は小宮山さんの声にかき消された。同時に、小宮山さんのポケットで携帯電話が着信を告げる。
小宮山さんは慣れた手つきで携帯電話を取り出すと、文面を確認して画面を私たちの方へ向けた。
「秋さんが、化物町内会って何? だって。私も知りたい」
なんでも、秋絵さんという人は、喋れない代わりにメールを送ってくるのだそうだ。最近の幽霊は随分とハイテクらしい。
ギスケは小さく頷くと、口を開いた。
『単純に言って、妖怪幽霊化け物のお悩み相談室だよ。会長はそれなり以上に人間社会に精通してる奴らで持ち回り。今のご時世、勝手に神隠しとか起こされると大問題だからね。やって良いのか悪いのか、そこら辺の判断がつかなくなった時のご意見番ってところかな』
ギスケの言葉を伝えながら、私はなるほどと納得する思いだった。短い邂逅ではあるけれど、そういうことならこの秋絵さんという幽霊は適任だろう。
元々人間だから当然人間社会には精通しているし、小宮山さんと良好な関係を築いていることから見ても、友好的な人なのだと分かる。
しかし、小宮山さんは少しだけ苦い表情だ。
「言いたいことは分かるけど、ちょっといきなり過ぎるんじゃない? ついさっきまで町内会の事も知らなかった秋さんに任せるって言うの?」
『その点はこちらの落ち度でもある。けれど、夏にやるお彼岸の定例会の時、毎年事前連絡なしで欠席する秋絵殿にも責任の一端はあると思うんだよ』
「こたつ幽霊が夏の定例会に出れるかー!」
伝えた言葉に、小宮山さんが吠えた。両手を振り上げて、がおー、という感じで吠えた。
「私も、小宮山さんに同意」
三秒ほどの沈黙のあと、ギスケは尻尾を一度上げて、そして下げた。
『なるほど』
「ギスケも反省してる。許してやって欲しい」
友人としてフォロー。ギスケは名前通り義理猫情には厚いけれど、代わりにちょっと馬鹿なのだ。
『じゃあ、こういうのはどうだろう。僕の任期は来年の三月までだ。その間、秋絵殿には会長職の補助を務めてもらう。そこで会長の仕事内容を実際に見てもらって、出来そうかどうか判断してもらう』
私がギスケの提案を伝えると、秋絵さんからの返事が小宮山さんの携帯電話を鳴らした。
「それで秋さんが断ったらどうなるのか、ってさ」
『その時は、責任をとって僕がもう一年会長かな。要は雑用係だから、誰かがやってさえいれば文句は言われないし』
今度は秋絵さんと小宮山さんが沈黙。少し長い。
「……秋さんの好きにして良いわよ。現時点でもこの寮はお化けの寮生二桁いってるんだから、今更妖怪や幽霊が訪ねてくるようになっても変わりゃしないわ」
「それは、初耳」
衝撃の事実だった。猫又、幽霊と来て、まだほかにもいるらしい。
「全部屋に入居者が居るわよ。変な声とか聞こえたりしない?」
「動物だけ、だから」
『他のも聞けるようになれば便利なのにー』
ギスケが何か言っているけれど、リアルにお化け屋敷だったと聞いてはとても訓練する気になれない。
そんな会話が、丁度終わったタイミングで、小宮山さんの携帯電話が着信を告げた。
中身は短い了承の言葉。
「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくおねがいします。だって」
『誠心誠意、務めさせてもらうよ』
◆
それから、細かな条件を二つ三つ話し合って、とりあえず年が明けたら本格始動、ということで落ち着いた。
その頃には、番茶は完全に冷め切っていたけれど、さすがのギスケも紙コップからお茶を飲むことはできないらしく、私がギスケの分も合わせて二杯飲んだ。秋絵さんの分のお茶は、私と同じように小宮山さんが飲んでいた。
「お邪魔、しました」
ギスケと共に、頭を下げて退室。こんなにお話をしたのは、ギスケと初めて会った日以来かもしれなかった。
「あ、黒川さん」
部屋に戻ろうとした私の背中に、小宮山さんの声。
「明後日、時間ある? 夏ちゃんと冬原と一緒に、地味ーなクリスマス会やるの。良かったら来ないかと思って」
私は振り向いて、大きく頷いた。
「絶対に、行く」
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