五葉の幸せを

「キュルルちゃん」


「…えっ!?」


かばんさんの声かけに不意に驚いた。


「…あ、な、どうしたんですか?」


「…好きなんでしょ?カラカル」


「あっ…、いや…、そのっ…、と、友達だから好きなのは当たり前で…」


「…フフッ、そうなんだ」


かばんはキュルルがしどろもどろな反応をするので、少しおかしかった。本心を見透かされたと思った彼は、頬を赤らめた。


「な、なにがですか…」


「カラカルの絵ばかり書いているし、

本当に一途なんだね」


自分の事のように、恍惚としながら語った。


「だ、だからわかりますよね?ぼ、僕のいっ、言ってる意味…」


「…もう、そういう時期なんだね」


「えっ…?」


ゆっくりと彼女は、僕の横に座った。


「ヒトはね、色々な事で思い悩む時期があるんだ。だから、困ったら私に相談してほしいな」


「…ありがとうございます」


僕は社交辞令的な礼を述べた。

気遣いはありがたいが、僕はカラカルとは…。




久しぶりに、サーバルに散歩しないかと誘われた。別に、他の用事もなかったので承諾したが、改めて考えるとなんでこんな子どもっぽい事をしているのだろう。

シロツメグサの生える原っぱで、必死に何かを探しているサーバルの後ろ姿を見てそう思った。


「みてみて!カラカル!」


「…何よ」


「ほら、四つ葉のクローバー!」


あたしには、彼女がただの草を持って嬉しそうにしている理由がわからなかった。


「これがどうしたのよ…」


「知らないの?四つ葉のクローバーは持ってるとしあわせになるんだって!」


「ふーん…、しあわせね…」


しあわせ?

やっぱりあたしにはわからなかった。

しあわせって何だろう。

彼女に聞いても、答えが出てこない事はわかっている。


「五つ葉のクローバーっていうのもあるらしいけど、滅多に見つからないんだよ」


「それは持ってると何かあるの?」


「うーん…、もっともーっとしあわせになれるんじゃないかな!」


「…何よそれ」


呆れ笑いを浮かべた。


「カラカルはしあわせになりたくないの?」


「…え?」


「わたしはしあわせになりたいな!

あ、でも今がとってもしあわせかも!

かばんちゃんにキュルルちゃんにカラカルもいるし!アハハハ!」


「……」


しあわせ…、か。



「ただいまー!かばんちゃんかばんちゃん!!

四つ葉のクローバー見つけたんだよ!」


嬉しそうにサーバルは報告した。


「珍しいモノ見つけたね」


「かばんちゃんにあげる!」


「いいの?」


「うん!」


「…ありがとう」


彼女は笑顔でそのクローバーを受け取った。


(…“しあわせ”ってこういうことなのかな)


その光景を部屋の入口で隠れるように見ていたカラカルは心中でずっと“しあわせ”について考えていた。しかし、答えは案の定でなかった。


「あっ...、お、おかえり」


「...ただいま」


若干ひきつった様な顔を見せたキュルルを少し不思議に思った。


「…ねぇ、キュルル」


「な、なに?」


「“しあわせ”ってなんだと思う?」


「え、しあわせ?」


奇妙な質問だな。

自分も言葉は聞いたことはあるが、その意味を考えた事は微塵もなかった。


「なんだろう…、言葉は知ってるけど…」


思い悩む様子を見て質問を変えた。


「じゃあ、アンタが“しあわせ”だって思う時っていつ?」


「僕が…」


“しあわせ”だと思うとき…?


振り返れば、カラカルの絵を描いている時、

僕が薄々感じていた、喜びとも、楽しさとも違う、安心感と憧れが混ざりあったような、生きている事を実感できるような感情...。

もしかして、それが“しあわせ”なのかな…。


質問の回答に思考していると、


「しあわせとは」

「生きてる価値が生まれる瞬間なのです」


聞いていたのだろう、博士と助手が奥から飛びながらやって来て言った。


「どういう意味よ?」


2人は地面に降り立って、話した。


「例えば、我々は美味しいものを食べたときに幸福を感じます」

「すなわち、生きていて良かったと思うわけです」


カラカルとキュルルは黙って彼女らの話を聞き続けた。


「幸福、しあわせとは、自分の人生を豊かにし、心を満たしてくれるモノや行為によって得られる感情の一種です」

「結婚もそのしあわせを得るための行為の一種なのです。互いに互いの心を満たしあう」


「...」

「...」


「ただし、素晴らしいことばかりではありません。しあわせというのは逃げてしまうことも多々あるのです」

「しあわせになる事は、むずかしいことでもあるのですよ」


「もっと知りたいなら、教えてやるのです」

「もっとも、こういう話は哲学なので理解が大変ですが、我々は賢いので」


「夕飯の支度をしましょう、助手」

「そうですね、博士」


そう言うと、また忙しなく去って行った。




...何故かこの時、僕の心はドキドキしていた。

博士たちの言っている事が正しく、僕がカラカルの絵を描いている時に“しあわせ”を感じるのだとしたら...。僕は...。


「何よ…」


「いっ、いや!何って!何でも!あ、ぼ、僕もな、なにか手伝いに行こうかな!」


...ダメだ。

ますます自分の気持ちがわからなくなる。

ちょっと触れたら、彼女が、パチンと割れてしまいそうで...。

怖い?僕は、怖がっているのか?

いや、怖いんじゃないんだ。


ただ...、ただ...。






…一緒にいた時に喋ったり、絵のモデルになってほしいとか言われて...。


博士が言う『生きてる価値』ってのが、見出だせていたかもしれない。


あたしは、キュルルと一緒にいる事があたしのしあわせっていうの?


…そうだとしても素直に喜べないし、受け入れられない。

キュルルのことなんて、友達だとは思っても、

別に、結婚したいほど好きじゃないんだから。



……。




「ねぇ、キュルルちゃん」


また別の日、かばんさんが話しかけてきた。

正直、色々な諸問題に首を突っ込んでほしくないというのが本心なのだが…。


「ちょっと提案なんだけどさ、カラカルにプレゼントとか、あげてみたらどうかな?」


「プレゼント...?」


「きっと喜んでくれるって思うんだけど...」


かばんさんが言うには日頃の感謝を伝えるという意味で、プレゼントを贈ってみてはという話らしい。


プレゼントなら…、日頃お世話になっているって意味で贈っても…、いいよね。


かばんさんに『自分で考えてみたら?』と言われた。


でも、カラカルの喜ぶモノってなんだろう。


ーーーーーー

【作者より】

カラキュルメインのシリーズ物の第1話です。タイトルの読みは五葉(いつつば)と言います。今はカラキュルの子供の話を構想中でそのおまけとして2人の馴れ初めの話を~と思ってます。これがボツになった理由はプレゼントにマフラーをあげよう的な展開にしようと思ってたら、『あれ?クローバーの時期春じゃね?』と思ってしまったからです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る