第二十六話 後始末

 ホロゾは、街道を南へ下る前に弟の墓に花を手向けようと、旧街道沿いの村を再び訪れた。体力のないテリンは宿に残してきた。

 村長をつとめるメドロは、酒臭い部屋で憔悴した顔で独り膝を抱えていた。

 

「おい、なにかあったのか?」


 挨拶もそこそこにそう尋ねたホロゾに、死人のような顔色の男は震える声で答えた。


「あ、あいつのせいだ」


「おい、なにがあった?」


「あんたが探してた男、あいつのせいだ!」


「おい、ヒエラスを見つけたのか!?」


「あいつのせいだ! 俺のせいじゃない!」


 ホロゾは要領を得ない言葉を繰り返すメドロを問いつめ、ようやく何があったかつきとめた。

 

「おい、約束が違うな。ヤツを見つけたら、ボロソコの宿まですぐ連絡するよう言っておいたはずだ」


「へっ、貴族様かなんだかしらねえが、なんで領主でもねえあんたの言うとおりしなくちゃならねえんだ? あの疫病神がここに来たのも、元はといやあ、あんたやあの死んだ大男のせいじゃねえのか?」


 死者を鞭打つ言葉に、ホロゾが黙っているはずがなかった。


「ほう、この村にヤツが来たのが、我が弟ゴラのせいだとでも言いたいのか?」


「ああ、そうだよ! そのせいで、こっちはいい迷惑――」


 ほの暗い部屋に剣閃が走り、メドロの言葉はそこで途絶えた。

 ホロゾは酒と血の臭いが混じりはじめた部屋を後にする。

 そこには、酒壷とメドロの首が仲良く並んでいた。


 ◇


「ユト、本当にここでよかったのか?」


 母が眠る盛り土の前で手を合わせる少年の背中に、私は話しかけた。  

 ユトはしばらく黙っていたが、やがて立ちあがると、袖でぐいと顔をぬぐってからこちらを振りむいた。


「うん、母さんもここの方が落ちつくと思う」


 この村には墓地があるらしいのだが、ユトはリーナを弔う場所としてそこを選ばなかった。

 彼と母親が耕した畑近くのこの場所に墓と決めた。土地がのように盛りあがり、周囲にそびえる木々の間から彼と母親の小屋を見ることができる。

 

「父さんも、ここに眠ってるんだ」


 盛り土の脇には、膝の高さまで積まれた石の塚がある。それが父親の墓なのだろう。

 ユトの家族がこの村でどういう扱いをうけていたか、改めて知らされた気がする。

 都でも田舎でも、人は誰かを疎外せずにはいられないらしい。


「ユト、本当に私と一緒に行きたいのかい?」


 彼の返事はすでに聞いていたが、もう一度だけ念を押しておく。


「うん、おじさんと一緒に行く!」


 そう言ってまっすぐ私の目を見たユトの口元は、きゅっと結ばれていた。

 

「よし。じゃあ、行こうか」


「うん!」

 

 歩きだした私の手をユトが握る。母を失った悲しみだろうか、知りあったばかりの私と旅立つ不安だろうか。小さな手からは、かすかな震えが伝わってきた。



 ◇


 ヒエラスとユトが村を離れた丁度そのころ、事のあらましを村人から力ずくで聞きだしたホロゾが、ようやくリーナの小屋までたどり着いた。

 

「くっ、入れちがったか!」


 囲炉裏の灰がまだ温かいことに気づいた剣士は、つい先ほどまでヒエラスがいた空間を睨みつけた。

 

「だが、もう逃がしはせん」


 ホロゾの間違いは、ヒエラスがいずれこの小屋に帰ってくると考えたことだった。

 復讐に目がくらんだ彼には、街道沿いの宿で待つテリンの不安を思いやる余裕などすでにありはしなかった。



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