第3話

 宇宙も含めた世界中の空間に穴が開いている。穴は、人が通れる程度の穴ならば蒸発するように消滅し、大きな穴ならば広がる。

 穴の一つ一つは別の世界、つまりは異世界に繋がって居て、その穴からはこの世界には居ない生命体や、空気などの異世界の環境が入り込んでいて、はるか昔の此方の生命体にとってそれは、ガス災害の如く害でしかなかったが、現代では大凡克服された過去の悪夢である。多少環境が狂った程度では苦しむことはないだろう。

 むしろ、流れ込んできたものによって恩恵にあずかる存在も誕生している。

 天月口成が属している『|与神(あたえがみ)の血族(けつぞく)』を含む世界の現状を知る者たちは、異世界から流れ込んだものによって力を得た人間を『異能力者』と呼んだ。

 これらは、異世界へつながる穴が発生し、混乱を防ぐために世界地図から切り抜かれた地球四分の一の領域のさらに一部。日本が所有して居る本土の日本列島から離れた。日本群島と呼ばれるもう一つの日本にある島の一角、『白雉島はくちじま』と言う島に建てられた病院での入院生活中に、蛙のような化け物の唾液が麻酔のような効果を持っていたがために生き永らえた天月博人が退院するまでの一週間を通じて学んだ事である。(補足、日本群島の島の殆どは、閉じない異世界につながる大穴を管理するために作られた人工島)


 天月博人が井矢見懐木とお見舞いをする約束をして退院した後、白雉島の地理を学び、質を無視した量の食事生活から一変、上等な食事をして腹を下すなど四苦八苦の日々を送って居たある日。


「父上、学校へ行ってきます」

「うむ」


 天月口成に言われ、白雉島唯一の学校、小学校と中学校が統合された白雉義務教育学校に通うことになった。

 天月博人にとって学校というのは友人がいなければ無価値でしかない場所であり、日本列島から離れたこの地では、友人というのは病院で動けない伊矢見懐木しか居ない。

 余りに重い足取りを止める事もなく進め続ければいつかはたどり着いてしまうものだ。


「皆!新しい仲間が個のクラスに加わりますよ!さぁ、転校生君!入って来て!」


 先生に名前を呼ばれ、教室に入る。黒板に『天月博人』と書いて、日本列島に居た頃よりも少ないクラスメイト達を見た。


「初めまして。島主、天月口成の養子、天月博人です」


 何の面白味もない自己紹介にクラスが凍り付いた。それは、島一番の権力者であろう人間と関わりがあるからか、それとも額に二つの大きな傷後がある天月博人本人に思うところがあったのかは、誰も口に出す事は無いだろう。

 先生に指示され、一番後ろ窓際に用意された席に着く。そのまま授業に移る。


「転校生君は隣の席の子に教科書を見せてもらってね」


 先生の指示で隣の席を見る。可愛らしい顔だちをした襟足の長い子が隣だった。「お願いします」と頼んで席を寄せると少しおびえた様子を見せた後、お辞儀をした。きっと気が弱いのだろう。

 授業が終わり、その内容が知って居る範囲内で、置いて行かれることはないとわかって安堵して居ると、案の定というかなんというか、クラスメイトに囲まれて設問責めにされる。

 白雉学校での一日が終わり、漸く質問地獄から解放され、世の転校生はあんなのを体験するのかと思いながら疲弊しての帰路。

 天月博人は寄り道にしては遠回りが過ぎる道を通って病院へと向かった。受付に話を通して、天月博人が入院していた病室の戸を開き、井矢見懐木に会いに来た。


「ヒロ!来てくれたんですね!」


 井矢見懐木は天月博人がやって来たことを喜び入院患者とは思えないほどに燥(はしゃ)ぐ。体に障るからと落ち着く様に言ってから、伊矢見懐木のベッドに座る。


「それじゃあ、今日の話をしよう」


 天月博人が咳払いをして話す準備をすると、途端に井矢見懐木は物静かになって一言一句聴き逃すまいと聞く体制になのを見てから語る。

 今日は。学校へ行ったよと、そこで質問攻めにされて疲れた事、本土で通っていた学校と白雉学校の間に感じた違いを伝える。井矢見懐木は興味深そうに聞き入って語り終わるまで彼女は相打ちを討つだけだった。語り終えると、相槌だけを売って居た様子は何所へやら、所感口にし始める。


「私、ヒロに質問をした皆さんの気持ちがわかります! どんな人なんでしょう? 何が好きで、何をしたいのでしょう? って、皆さん気になっているんですよ!」

「そんなのかなぁ?」


「きっとそうです! だって、私もヒロのこと気になりますから!ニヒヒ」


 己がそうなら他の人もそうなる。きっとそんな理屈で井矢見懐木は自信満々に胸を張って言い放つ。自身がそうだからと他者にそれを求めるのは酷な気がするが、疑いもなく太陽の様に明るい笑顔に免じて口にしないことにした。


「ジブンの事なんか知っても、面白くない事ばかりだと思うけどね……それでは、今回の話は此処まで、用もなくだらだら此処に居るのも何だし、帰るよ。父上は許してくれるかもしれないけど、あんまり遅いと圭さんに怒られちゃうからね」

「はい、また来てくださいね。私はずっとここに居ますから」


 会話が終わり、感想を聞いて、ほんの少しの余韻に浸ってから天月博人は、井矢見懐木の居る病室を後にして本当の帰路についた。








 家に帰れば、明日の準備をしてから勉強と、お手伝い、日課の鍛錬を寝る時間になるまで、父上、天月口成の付き人【和野ヨリノケイ』に止められるまで続ける。

 天月口成に一声かけてから、与えられた自身の部屋の床に就く。

 空間に開いた異空間に繋がる大きな穴を管理するために作られた人工島、白雉島での新たな日常。目新しいものは数日もしたら見慣れ、初日の転校生待遇は天月博人が人と接しようとしない冷淡な態度によってすぐにつまらない人間だと悟られ、離れていき、何時しか天月博人は1人になった。


(何で商店街があるのに、【オルトレ】とかいうスーパーマーケットがあるんだこの島……肉は何所で買えば良いんだ……両方見て安い方を買えば良いのか?)


 そんなある日、和野圭のお使いでメモ帳を手に持ちカバンを背負い外を彷徨い歩き回って居た日、とある大きな公園を横切った。サッカーボールが一個、天月博人に向かって飛んできた。衝突するその瞬間にそれを飛んできた方角に蹴り飛ばした。


「まずは近いオルトレから行くか」


 蹴り返したボールがどこの誰かから来たのかを気にすることもなく行き先を決めて、すたすたと去って行った。


「何だあいつすげぇな……ん?俺の後ろの席に来た転校生じゃねぇか」




 その翌日の学校で、天月博人の前の席に居る男子に話しかけられた。学内で数日ぶりである。


「よっ、昨日ボールそっちに飛ばしてごめんよ!」

「えっ? あぁ、昨日のあのボールは君のだったのですか……えーとお名前は……」


「あぁ、言ってねぇんだっけ?俺は【|友影可威(トモカゲカイ)】だ。よろしくな!」

「はぁ、どうもトモカゲさん」


 スポーツ刈りの如何にも動くのが好きな男子に声をかけられ、少し困惑するが表面上の表情は買えない。昨日のボールを横より少し後ろから着ていたのに、反応して蹴り返したことに驚き、ただ「すげえぇ」と思ったから声をかけたのだとか。

 なぜあんなことが出来たのかだとか、他にもなんかできないのかだとかを尋ねられ、べつに隠す事でもないので律儀に応えたり、やって見せていると。


「剣、使えるのかスゲー!」

「剣と言うより刀と言った方が正確かと、友人の家の人か教えてくれた技術ですよ」


 友影可威は何と言うか、馴れ馴れしくなったが、天月博人は別に嫌と感じないので気にしない


「へー、木から木に飛び移る奴は?」

「友人の、また別の家の人に、面白半分でやれと言われやって何度もさせられているうちに感覚を叩き込まれただけです」


「お前もだけどお前の友人の家の人すげぇな!今度合わせてくれねぇか?なっ!頼むよ!」

「今は遠くに居て、敢え無いので無理です」


「ちぇー」


 その日から、友影可威に絡まれるようになった。口無博人は井矢見懐木にそんな話をすると「友達が出来たんですね!それはとても素敵な事です!」とまるで我が子とかのように喜ばれた。

 果たして一方的に絡まれ、抵抗する意味が解らないから適当に対応する仲が友達と言えるのかはわからないけれど、井矢見懐木の太陽のように明るい笑顔を否定して崩すのもどうかと思ったので天月博人はその笑顔を眺めて言わないことにした。

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