第24話 盗賊団と風の精霊と。
寒い冬が来て、そろそろ深い雪になる時期になった。
私たちは、今はバルディアにあるララの工房でお世話になっている。宿屋に連泊していた私たちの部屋へ、毎晩ララがお酒を持って押し掛けてきたので、ルカが折れた。
ララの工房はイヴァーノの家とは全く正反対で乱雑。大きな机の上には書き掛けの型紙や、切った布が広げられていて、布や皮、様々な材料があちこちの棚や吊り下げられた籠に突っ込まれている。ララは針一本に至るまで、すべての物の置き場所を覚えているから、勝手に片付けることはできない。
すべて手縫いなのかと思っていたら、手回しハンドルと歯車で出来た簡素なミシンが一台置いてあった。最近ヴァランデールから輸入された物で、固い皮を縫う時に重宝しているらしい。
ララも宿代は要らないというので、私はあちこちに散らばったデザイン画を揃えて冊子にしたり、引き出しの中で混ざってしまったボタンや金具を分類したりと、細々とした手伝いをしている。ここでもルカは頻繁に外出している。
「今晩、何食べたい?」
ルカと一緒に商店街へと向かう。買い物はルカかララが必ず同行する。安全に見える町でも、女一人では危ない。
「何でも美味いからなー。……カレー!」
「それ、一昨日作ったー」
カレーを作ると、匂いにつられて近所の人までやってくる。巨大鍋いっぱいのカレーが一回で無くなったのは衝撃だった。炊いたご飯が足りなくて、パンを浸けて食べることを教えたら、それはそれは大喜びだった。
「なーんか、自分が凄い料理人みたいな錯覚起こしそうよ」
「魔物の肉を料理するっつーのは、凄い料理人で間違いないだろ」
ルカが私の頭を撫でて手を握る。最近ルカの距離がさらに近くて、どきどきすることが増えた。ルカは私のことをどう思っているのか、聞いてみたいけれど聞くのは怖い。手を握り返すと、ルカがさらに笑顔になる。
手を繋いだまま歩いて行くと、町の中央の大通りには、黒山の人だかりができていた。
「何?」
重く軋む車輪の音と人々の罵声が近づいてくる。
「ああ、罪人の引き回しだな」
「うわ。悪趣味ー。早く行きましょ」
この国では罪人を引き回し、罵声や石を浴びせることが一種の娯楽となっている。引き回されるのは殺人や強盗をした重罪人ばかりなので、罪人が死んでも罪には問われない。
罪人たちは荷車の上に立てられた柱に、後ろ手で縛り付けられている。これまで何度か遭遇することがあったけれど、一度だけ、真正面から見てしまって気持ちが悪くなったから、二度と見ようとは思わない。幸いにも私の身長だと、人をかき分けて近づかなければ見えない。
「あのカードの胴元もいたのか」
振り返ったルカが呟いた。背の高いルカには顔が見えるらしい。
「え? カード?」
私も振り向こうとして、ルカに阻止された。
「見なくていい。あっちは気が付いたみたいだぞ。お前がカードの仕掛けをばらした男、盗賊団だったようだ」
ルカは私を護るように抱きしめる。
「盗賊団って、何を盗ったの?」
「……銀神教の財宝あっただろ? あれを全部奪って行った。他にもいろいろやらかしてる」
「全部? あんなにいっぱいあったのに?」
隠し部屋の中だけでなく、廊下や一部の信者向けの部屋には豪華な美術品が多数あった。全部売ったら想像もできない額になっただろう。
「もちろん仲間がいる。……仲間を殆ど取り逃がしたようだな……」
罪人を確認するように見ていたルカは、小さく溜息を吐いた。
「何?」
「……俺が昨日、町長に潜伏先を教えたんだ。全員捕縛する為に、きっちり下調べしてからにしろって言ったのに、ろくに調べもせずに町警団を突入させたんだろう。首領と数名しか繋がれていない。潜伏先には三十名はいた筈なんだ。……捕まってるのは五名か」
バルディアの町長は、この一帯を領地とする貴族の息子だから功を焦ったのだろうとルカは苦笑する。町警団は、いわばこの町の警察のようなもので、トップは町長が兼ねている。
「単体で散らばって潜伏されたら、対処が難しくなると言っておいたんだがな」
ルカが今度は大きな溜息を吐いた。
「対処が難しくなるってどういうこと?」
「一人一人が、あちこちで小さな事件を起こして回るだけで、町警団の手が足りなくなる。人手がばらけた所で、大きな事件を起こされたら対処できない」
「あー。飽和攻撃ってヤツね」
「何だそりゃ?」
ルカが首を傾げる。
「防御側の処理能力を超えた攻撃ってこと。……事件か何か起きそうなの?」
「わからん。仲間を取りもどそうとする可能性は考えておくべきだ。それ程の結束力はないと思うが、用心に越したことはないだろ」
金で雇われていた奴らは、逃げているだろうとルカは言う。後で町長に話をしてくるかと苦笑して、私たちはその場を後にした。
■
それから三日後の深夜、町を取り囲む広大な森で火の手が上がった。町中の鐘が警報を鳴らし続けている。
「火事?」
「ああ。町の周囲には高い壁があるから飛び火に気を付けるだけでいいだろう」
二階の窓からは夜空を赤く照らす光しか見えない。高い壁は町を火事からも防ぐ役割があるのか。
念の為と言って、私は甲冑服に着替えさせられた。階下に降りると、ルカは紺色の裾の長い甲冑服を着ていた。中には茶色のベスト、黒いズボンに茶色の編上げブーツ。ベルトには剣。ぼさぼさした血赤色の髪の上には、私の物より一回り大きなゴーグルが乗せられている。
隣には青い長髪に緑の瞳の細身の美形が立っていた。ルカと色違いの深緑の甲冑服。腰には細身の剣を下げている。スチームパンク風の甲冑服の二人が並ぶと壮観でカッコイイ。
「……どちら様でしょうか?」
「あー、アタシ、アタシよ」
緑の瞳の美形はララだった。ドレスでは動きにくいからと言って笑う。ドレスを着替えて化粧を止めただけで完全に男で、かなりの美形なのにもったいない。そうは思ってもオネエなのは個人の趣味なのだろうから黙っておく。
「ララって、剣、使えるの?」
「一応ね」
肩をすくめて苦笑していても、強そうな気がした。我慢できずに上腕を触ると細身ながらもしっかりとした筋肉がわかる。ドレスで隠れていたからわからなかった。
「もー。触っちゃいやーん」
くねりと体を捻ったララが、私の胸を掴んで揉む。
「……測った時から思ってたんだが、結構あるよな」
ララの男言葉に、私は迷わず回し蹴りを決めた。
■
冬の乾燥した空気は火事の範囲を広げている。壁の近くまで来た所で、何か重い物が崩れるような轟音が響き渡った。
ルカが私を庇うように片腕に抱き、ララが周囲を警戒する。
「壁が崩れたぞー!」
誰かの叫び声の後、砂煙が立ち込めた。ゴーグルを掛け、口元を布で覆いながら声の方へと走ると、高い壁があちこちで崩れていた。崩れた場所から見える森にはまだ火が回ってはいなくても、熱い空気が流れ込んでくる。
「そんな馬鹿な。……最近修理したばかりの場所だぞ」
ララが唸った。
「ライモンド! 町長と町警団に住民の避難誘導を要請してくれ! アズサを頼む!」
そう叫んだルカの甲冑服を私は掴んだ。
「何するの!?」
「……町の周囲の木を斬り倒す」
ルカは口を引き結ぶ。重機も何もないのに、そんなことができるのだろうか。疑問を口にした私に、護符を使うとだけ返答した。
「危ねぇから、ライモンドと壁の中にいろ」
ルカは私の手を振り解いて、背を向けて走り出した。
「私も行くわ! 白雪、おいで!」
私の腕を掴もうとしたララの手から逃れて、私もルカを追う。
『――アズサ、精霊石で風の精霊を呼べ』
崩れた壁から出て、ルカに並んだ所で白雪が声を上げた。
「どうするの?」
『――刃に魔法効果を載せる。ルカ、お前の剣も、だ』
白雪の声で、ようやくルカが足を止めた。
「ちょっと、私を置いて行こうなんて思わないでよね! 役に立つんだから!」
私はルカに文句を言ってから、ベルトのポーチに入れていた精霊石を取り出す。左手の親指を少しだけ白雪で切って、血を石に吸わせると透明な青い石が煌めいた。
「我、契約の執行を命ずる!」
私の声と共に、足元に青色に光る複雑な魔法陣が現れて、私の目の前の何もない空間が歪んだ。
『呼びましたか?』
現れたのは背を覆う程長い、淡い緑の髪の美形の男。淡黄色の白眼の無い瞳、白い肌という色彩はどこまでも優雅。白いローブのような服を着て、宙に浮かんでいる。(これが精霊なの? 怖いくらいの美形ってこういうことなのね)
『――風の精霊殿、火災の延焼を止める為に周囲の木を斬りたい。力添えを頼む』
白雪の声を聞いて、精霊は目を細めて優美に微笑む。
『噂では聞いていました。異世界人の祈りと願いで紡がれた刀があると。いいでしょう。力を貸しましょう』
精霊はルカにも剣を出すようにと指示をして手をかざした。白雪の刃とルカの剣が水色の光を纏う。
『これでいいですか?』
『かたじけない』
白雪の硬いお礼の言葉に精霊が目を瞬かせて笑う。異世界の言葉では、どう聞こえているのだろう。古語に聞こえたりしているのか。
「アズサ、いけるか?」
精霊の笑いが移ったのか、固い表情だったルカが笑顔を見せた。にやりと笑う表情は挑戦的で凛々しい。
「もちよ、もち!」
私も笑って答える。ルカと一緒なら怖くない。
炎は崩れた壁の近くまで迫っていた。
『――刃には風の魔法効果が載っている』
白雪の声に従い、木から少し離れた場所で刀を構える。腰を落として重心を下げ、呼吸を整えると周囲の色が消え、炎の色だけが目に痛い。
(あの炎を止めないと、大変なことになる)
『薙ぎ払え!』
白雪の指示通り、水色の光をまとう刀を横に振り抜くと、光の刃が空気を斬り裂きながら木を斬り倒していく。
「え? ちょ。効果あり過ぎじゃない?」
実際の効果を目の前にするとドン引き。目の前二十メートル範囲に生えていた木が、すべて斬り倒されて風で吹き飛ばされた。
「おい、嘘だろ」
後ろを振り向くと、ルカも同じように剣を見つめてドン引きしていた。ルカの方は三十メートル程が綺麗に斬り倒されている。
「ちょ。負けないわよ!」
私たちは、競うようにして、壁の周囲の木を斬り倒し続けた。
「……そろそろいいか」
ルカの苦笑する声で、私は白雪を振るう手を止めた。白雪が体内に消えると視界の色が戻る。
町を取り囲む壁から五十メートル以内の森が消えた。木々が多数倒れていて、やり過ぎ感が半端ない。火事は続いているけれど、火が崩れた壁の中に入ってくることは無いだろう。
「あとは飛び火に注意を……」
ルカの声を遮って、壁の中から「火事だ」という悲鳴と爆発音が上がった。
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