第33話

「この場合、俺らってなんか罪に問われたりすんのか?」


 クラースはなるべく軽い口調に聞こえるように気をつけながら、指揮官らしき騎士へと問いかけてみる。

 もし仮に、ここで何らかの罪になるといわれた場合、クラースの頭の中には二つの選択肢が存在していた。

 一つは素直に降参し、相手の心的印象がよくなるように祈りながら自分達の身柄を相手に押さえさせるという選択肢。

 もう一つは、自分達はこの場所で騎士達になど出会わなかった、ということにしてしまえ、という選択肢である。

 軽く戦った感触からして、騎馬にだけ気をつけていれば騎士達自体を処理することはそれほど難しくないのではないか、とクラースは考えていた。

 だからこそあまり面倒な事態になるようであるならば、ちょっと深めの穴でも掘って埋めてしまった方が簡単で楽なのではないか、と思っていたのである。

 もちろんそれは褒められた方法ではないのだが、単純にして簡易な方法であり、しかも目撃者が全くいなければ露見する可能性も低い。

 そんなことを考えていたクラースに、騎士はすぐに首を横に振った。


「事情を知らなかったということを神官殿が保証してくれているし。こちらから攻撃を仕掛けたという点もある。しかも冒険者ギルドを通した正規の依頼であったのならば、特に罪を問うようなことにはならないはずだ」


 どうやらこの騎士は、とてもよい人であるらしいとクラースは頭の中から選択肢の片方を消すことにした。

 無理に荒々しいことを行わなくとも、何とかなりそうだったからだ。

 戦うことで日々の糧を得てきたクラースではあるのだが、始末しなくても済む相手まで好んで始末しようと考えるほどに、血の色や臭いに染まっているわけではなかった。


「それも大事なことではあるのだが、先に我々は子爵令嬢を探さねばならん」


 騎士達が受けた命令の最優先はそれであるということはクラースも理解できる。

 だが騎士達がすぐにあの商人が走らせている馬車を追えるかと考えれば、それは難しいのではないかと思われた。

 何せ指揮を執っていた騎士の馬はレインに殴打されて地面に倒れているのだ。

 指揮官抜きで追跡を行うというのは、あまりいい話ではない。

 どうするつもりなのかと見守るレイン達の前で、尻餅をついた状態から立ち上がった指揮官は少し考えると部下達へ指示を出す。


「一名ここに残れ。残る者の馬を私が借りる。残る者は斥候と共にこの者達をいちおう監視しておけ。さすがにここで無罪放免と解き放つわけにもいかないからな」


「隊長、その斥候部隊なのですが……」


 騎士の一人が指揮官へと近づくと馬上から地面へと下り立ち、何事かぼそぼそと顔を近づけて囁く。

 何があったのだろうかと思うクラースの近くでは、ルシアが少しばかり強張った顔を明後日の方向へと向けながら、調子と音程の外れた口笛を吹き始めた。


「まさかそのようなことが……」


「事実です。しかし……たった一人を相手にこのような状態になったとはとても報告できませんし……」


「奴らにも矜持というものがあるだろうからな。仕方あるまい。敵の護衛が手強すぎたと口裏を合わせてやれ。まぁ我らもこの体たらくだ……馬鹿正直に報告をすれば、全員揃ってお役御免ということになりかねん」


 指揮官とその部下らしき騎士が揃ってレイン達の方を見る。

 もっともその顔は兜に覆われており、どのような表情をしているのかを窺い知ることはできなかったのだが、あまりいい感情で見られているわけではないことくらいはなんとなく雰囲気で分かった。


「そういうわけで我らは馬車を追う。お前達のところには一人残していくのと、後続の部隊が合流するので、大人しく同行してもらえると助かる」


「まーそりゃ、ここでさよーならってわけにゃーいかねーよな」


 騎士の申し出をクラースはあっさりと受けた。

 ごねてみたところでこの場から穏便に逃げだせるとは思えず、それならば素直に従った方が相手の心証もいいだろうという打算の上での答えである。

 クラースが騎士の言葉を了承すると、指揮官とその部下五人はそれぞれが馬を駆り、その場から慌ただしく立ち去って行った。

 馬車と騎馬とでは騎馬の方に速度的な有利さがあるものの、レイン達が図らずしも足止めしてしまった分を考えると、無事に追いつけるかどうかは微妙なところではないかと思うクラースなのだが、それを心配するより先にやらなければならないことがある。


「俺らは街に戻るのか?」


 尋ねた相手は残った一人の騎士だった。

 ついでにとクラースが視線を巡らせると、周囲の木々の陰から先程指揮官が後続の部隊といっていた者達であろう人影が、そっと姿を現したのが見える。

 なんとなく斥候で構成された部隊なのだろうと思ったクラースなのだが、木々の陰から姿を現したその斥候達は、何か恐ろしいものでも見るような目を向けてきており、心当たりのないクラースは何が彼らにそんな目をさせたのかと首を捻った。


「いや、我々は徒歩で指揮官達を追う。何か不慮の事態が起こらないとも限らないし、帰るときは指揮官殿と一緒でなければ」


「そもそも我々はこの場においては他の貴族領の戦力であり、あまり勝手に動き回るわけにはいかないのです」


 斥候の中の一人にそう言われて、クラースは仕方ないかと頷いた。

 同じ国家に属しているとはいっても、貴族の縄張り意識の強さはクラースも知るところである。

 他の貴族の領内に正規の兵士を黙って派遣したとなれば、騒ぎになることは明白であり、騎士達の主である子爵もそれくらいのことはわきまえていたのであろうが、娘の危機ともなればわざわざ正規の許可を取っている暇もないほどの焦っていたのだろう。

 おそらくは事後承諾という形で決着を見るような話になるのではあろうが、そこに至るまでになるべく勝手な行動は慎みたいという気持ちはクラースにも分かる。


「それじゃ仲良く隊長さんを追いかけるとしようか」


 レインが槍で殴り倒した馬は、殴られた以外の部分に怪我らしき怪我はなかった。

 それでも馬が昏倒するくらいに強打されたわけであり、すぐに動けるようになるとは思えなかったのだが、これにはシルヴィアが<ヒーリング>を行使し、どうにか騎士を乗せて歩けるところまで回復させてやる。

 こうして再び馬上の人となった騎士を先頭に、レイン達は先行した商人と騎士達を追いかけることとなったのだが、その移動はそれほど長い距離にはならなかった。


「余程慌てて馬に鞭入れやがったんだろーな……」


 歩きはじめてからほどなくして、レイン達は街道の上で足を止めている隊長達の姿を見ることになり、さらにその少し先で見事に横転したまま動けなくなっている馬車の姿を見ることになったのである。

 それほど平坦ではない道を、慌てて馬車を走らせたせいでバランスが崩れ、それを立て直すこともできないままに馬車は転がってしまったらしい。

 レイン達が到着したときには、既に何人かの騎士が馬を下り、馬車を調べ始めているところであった。


「御者は生きてたかよ?」


 大事には至らなかったとはいっても、自分達を嵌めてくれた相手である。

 少しばかり殴っても、バチは当たらないだろうと思いながらのクラースの問いかけに、騎士の一人が首を振りながら道の先を指さした。

 そちらを見れば、馬車が横転したときに御者台から放り出されたのか、あの商人が道の上でうつ伏せに倒れている姿がある。

 クラースがそちらに近づいて、身をかがめて商人の様子を確かめたのだが、既に息絶えていることは明白であり、すぐにクラースは馬車の近くまで戻ってきた。


「運のねー野郎だな。余程間抜けな落ち方をしやがったんだろ」


「奴は自業自得だと思うが……馬車の中が問題じゃねぇか」


 レインが顎でしゃくってみせた方向には横倒しになった馬車がある。

 その中に入っていたのが子爵令嬢であったのならば、無傷というわけにはいかないのではないかと思わせるその馬車を、騎士や斥候達がどうにか立ち上らせようとしてみたのだが、その重量からすぐに断念。

 代わりに空を向いてしまっている入口を開けて中へ入ろうとしたのだが、こちらには鍵がかかっており、扉が開かないようになっていた。


「商人が鍵を持っていないか」


 すぐさま斥候の中の一人がうつ伏せの商人の体を調べ始めたのだが、御者台から投げ出されたときにどこかへ落としてしまっていたのか、鍵を発見することはできなかった。

 ならばとばかりに斥候が扉の鍵開けに挑戦し始めたのだが、かなり複雑な鍵がかけられているのか、中々開くことができない。


「そっちに魔術師はいねーのか? <アンロック>が使えりゃ一発だろーに」


「いるように見えるか?」


 魔法とは便利なものであり、対抗の魔法さえかかっていなければ本来の鍵がなくても魔法を一つ使うだけで大抵のものは開けてしまうことができる。

 貴族お抱えの騎士や斥候ならば、一人くらいは魔術師が交ざっているのではないかと期待したクラースだったのだが、残念ながらその場には居合わせていないようだった。


「急ぐんだったら馬車を壊しちまった方が早くねぇか?」


 転がっている馬車はそれなりにきちんとした造りのものではあるのだが、基本的にはほぼ全体が木製である。

 中の荷物に気をつけながら、その壁なり扉なりを破壊した方が早いというレインの意見に、騎士や斥候達はそれぞれが持っている武器を馬車へと叩き付け始めた。

 もし中に令嬢がいたとして意識がある状態であったのならば、いきなり外から聞こえてきた馬車を破壊する音に怖い思いをすることになってしまうのだが、今は緊急事態であり後で謝るしかないだろうと思いながら騎士達が作業を続けていくと、しばらくして木製の扉が打ち砕かれてばらばらになる。

 途端に中から馬車内の空気が外へと漏れ出したのであるが、横転した馬車に乗っかって作業をしていた騎士や斥候達が思わずといった様子で顔を背けた。


「やっぱ、中は大変な臭いが籠ってたみてーだな」


「そりゃ漏れ出して分かるくれぇだからな」


 休憩していた空き地でその臭いに気づいていたクラースとレインは、完全に他人事といった様子で作業を見守っている。

 どうにか馬車の中から漂ってくる臭いを我慢しつつ、中を覗き込んだ騎士の一人が馬車から下りてくると、何故かレイン達の所へと歩み寄ってきた。


「頼みがある。そちらの女性二人に協力をお願いできないだろうか」


「そりゃ内容によるぜ」


 藪から棒に女性陣を貸せといわれて、首を縦に振る奴はいないだろうと思うクラースに、同じ考えに至ったのか騎士は、どこか言い辛そうにしながらも状況を説明する。


「馬車の中に子爵令嬢を確認したのだが……その、縛られていてな……しかもかなり長い時間そのままにされていたようで衰弱が見られる上に……少しばかり言葉にするには憚られる状態で……」


「どういうこった?」


 まさか暴行を受けていたのかと危惧するクラースだったのだが、騎士が続けて口にした言葉はクラースの予想と現状と果たしてどちらがましだったのか判断に困るようなものであった。


「いやその……人は生きていくのに定期的に……出すものは出さなければならないわけで……しかしその、縛られて放置されていたのではそれもままならず……おそらく我慢はされたのだと思うが、それも限界というものがあってな」


「あ? あー……あーなるほど」


 子爵令嬢という女性が、どの程度の年齢の女性なのかは分からなくとも騎士が言ったような状態であれば、確かに人目を憚るような状態なのは間違いないとクラースは理解した。

 特に異性の視線には晒されたくはないだろうと考えれば、この場に居合わせている女性は騎士達は兜のせいでよく分からないのだが、わざわざ助力を願いに来たということから考えてもシルヴィアとルシアの二人だけということなのだろう。


「悪ぃけど二人。ちっと手助けしてやってくんねーか?」


 クラースが二人の方を見ながら、ちょいと頭を下げるとシルヴィアとルシアの二人はすぐさま半壊した馬車へ近づくと、その車体をよじ登り始めたのであった。

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