第23話
「怖いっ! これものすごく怖いっ!」
走り始めてすぐに、ルシアが泣き言を口にし始めた。
それは無理のないことだろうとレインはクラースやルシアの背中を追いかけながら思う。
何しろ洞窟は、クラースが手にしている松明以外の明かりが全くない状態の暗闇なのだ。
そこを全力疾走するというのは、明かりが届く範囲の外に何が待ち構えているのか分からない状況でそこに向かって突っ込んで行くという行為であり、背中を追いかけている自分とは異なり、先頭を行く二人は確かにものすごく怖いだろうとレインは思う。
しかし、とレインはちらりと肩越しに背後を窺った。
背後もまた、前方と同じく暗闇ばかりが広がっている状態ではあるのだが、その向こう側には自分達を追いかけている黒尽くめたちが掲げている明かりの存在がある。
その距離は、レインの目測ではそれほど離れているようには見えない。
つまりは足を止めれば即座に追いつかれてしまうような、そんな距離だ。
洞窟の通路は狭く、先程までいた空間のように囲まれることはないかもしれないが、追いつかれて戦闘になれば、やはり人数の多い黒尽くめ達の方が有利であり、レイン達が先に力尽きるのは目に見えている。
追いつかれるわけにはいかないなとばかりに、走る足にさらに力を込めたレインの耳元で興奮したようなシルヴィアの声がした。
「すごい! すごいですレインさん! なんですかその一見有用なように見えて、その実全くの無駄っぽい機能は!」
状況を考えて欲しい、と思うレインではあるのだが、そのレインに背負われている形のシルヴィアは現状よりもまずレインの左腕の義手が見せた機能が気になって仕方がないらしい。
確かにシルヴィアが言うように、手首から先が回転するような機能はレインも一体何のために使うのかよく分かっていなかった。
使い道があるとするならば、先程部屋から脱出したときにみせたように初見の誰かの意表を衝くくらいのことだが、逆に言えばそれくらいにしか使えない機能だ。
攻撃に使おうとしても、ただ回っているだけの手をどう使えばいいのかレインには分からなかったし、下手に得物でも持った日には自分すら巻き込みかねない。
ただその無駄さ加減が逆にシルヴィアの琴線に触れたらしく、背負われているということも忘れているかのように体を動かし、レインの義手を覗き込もうとしている。
そうなると当然、シルヴィアの体はレインの背中の上で動き回ることになり、あっちが当たったりこっちが擦れたりとし始めるのであるが状況が状況であるだけに全く嬉しくもなく、レインは走りながら器用に身震いしてみせると、シルヴィアの体がずるりとずり下がった。
「後にしてくれ後に!」
さすがに振り落すようなことはしなかったが、少しばかり険の混じったレインの警告にシルヴィアも自分が置かれている状況を理解したのか、それ以上は暴れなくなる。
「すみません、ちょっと興奮してしまいました」
「生きて戻れりゃ好きなだけ調べさせてやるからよ」
やや気落ちしたようなシルヴィアをフォローするような言葉をかけてやってからレインは再び背後の状況を見る。
追っ手もまたルシアが怖がっているような状況と同じ状況下でレイン達を追いかけているのだが、地面には目立った凹凸のないこの洞窟ではいきなり転ぶようなこともないようで、ほとんど変わらない距離を保ったまま追いかけてきているのが分かる。
だがレインはすぐに、最初に振り返ったときと現在とでは何かしら異なる点があることに気が付いて目を細めた。
レイン達は先頭を行くクラース一人が掲げている松明の明かりを頼りに走っているのだが、追っ手の方には魔術師が混じっているようで、松明の他にも魔法によって創り出されたのであろう明かりがいくつか見えている。
その明かりが、レインの目から見て増えているように思えたのだ。
見間違えであってくれと祈るような気分になるレインだったのだが、しばらくして暗闇の中に新しい明かりが灯るのを見てレインは先を行く二人に声をかけた。
「追っ手の数が増えてやがんぞ!」
「そりゃ別の班とかいるだろーさ! この遺跡、広ぇんだからよ!」」
喚くレインにクラースががなりたてるように応じる。
レインとしては報告と警告の意味も兼ねて喚いてみたのだが、クラースからしてみればそれを知らされたからといって何かできるわけでもない。
結果として気分を害したような返し方になってしまったのだが、それが却ってクラースを冷静にさせた。
「悪ぃレイン! 俺に余裕がなかった! それで追ってはどんくら増えやがった!?」
すぐに謝罪の言葉が出てくる辺り、やはり自分の兄貴分は兄貴分だけあってすごいのだ、と思いながらレインは再度振り返り、目にした光景をそのままクラースへと告げる。
「うじゃうじゃいやがる!」
「どこから湧いて出やがった!?」
確かに遺跡は広く、そんな場所を探索するかにはそれなりの人数が必要ではある。
さらに今回先行していた冒険者のパーティを逃がさないようにしようと考えたのであれば、それ相応の人数の動員が必要であった。
それは理屈では分かるものの、実際にそれだけの人数を、しかも今まで存在がおそらくは知られていなかった遺跡があるような場所に配置しようと考えれば、どれだけの費用がかかるものか想像するのが難しい。
それを可能とするには、よほど力のある組織が関与していなければ無理だろうとクラースは思うのだが、各種ギルドの他にそんな力を持っていそうなのは、せいぜい国家くらいなものではないかと思う。
「どっかの国でも介入してやがんのか!?」
吐き捨てるようなクラースの台詞に、隣を走るルシアがその服の裾を引く。
何事かとそちらをクラースが見れば、ルシアは走りながら器用にクラースの耳元へと顔を近づけてきた。
「あと分岐二つで外に出るよ」
出口が近いということはいい知らせだと思う反面、面倒事が待ち構えているということに気づいてクラースは顔を顰める。
この遺跡の出入口は断崖絶壁にあり、そこはいくらかのスペースが張り出しとして存在しているだけなのだ。
そこから崖を登るには、上から垂らしたままになっているロープを伝うしかないのだが、追っ手が迫ってきている状況で、果たしてロープを登る余裕があるだろうかと考えたのである。
下手に足を止めれば、その張り出しの上で追っ手と一戦交えなければならず、そうなると確実に数の少ないクラース達の方が不利になるはずであった。
「何かいい案はねーもんか……」
「ないこともないですよ」
呟くクラースに答えたのは、レインの背中に乗っかっているシルヴィアであった。
思わずそちらを振り返るクラースにシルヴィアはレインの背中から少し身を乗り出しながら、自信ありげに自分の胸を一つ叩いてみせた。
「最後の分岐を曲がったら出口まで一直線ですよね。そこで仕掛けます。全力で仕掛けますので動けなくなりますが……」
「このまま背負って俺がロープを登りゃいいんだな」
何かの祈りを使うのだろうということはすぐに分かった。
魔術師が魔力を使い果たすと意識を失い、動けなくなってしまうように神官もまた祈りの力を使い果たすと行動不能に陥ってしまう。
それくらいの仕掛けをするのだということが分かれば、レインとしては今の状態のままロープを登ることくらいは引き受けなければという気持ちになる。
人一人を背負ってロープを登るというのは中々に大変な作業ではあるのだが、シルヴィアは装備を含めてもそれほど重いわけではなく、自分の力ならば可能だろうとレインは考えた。
「何かロープとかあれば体をレインさんに縛っておいた方がいいですね。それとルシア、最後の分岐を越えたら教えてください」
意識を失ってしまえばシルヴィアは自分の力でレインにしがみついていることができなくなる。
そうなる前に体を縛ってしまう必要があった。
走り続けていて揺れるレインの背中で体を縛りつけるというのは、かなり面倒な作業ではあったのだが、シルヴィアはルシアが荷物の中から取り出したロープを受け取ると、それなりに器用な手つきで自分の体をレインへと縛り付ける。
「役得じゃねーか?」
「うるせぇよ兄貴。いいから前見て走れ」
自然とシルヴィアの体が密着する形となったレインへ茶化すように言うクラース。
少し照れたような雰囲気を見せながらも、それ以上の茶化しは許さないとばかりに声にドスを利かせたレインに、余裕があるのかないのか分かったものではないと呆れながら、ルシアは数えて二つ目の分岐を曲がったところでシルヴィアに声をかけた。
「今のが最後だよ!」
「分かりました! では、<マキシマイズ/プロテクション>!」
それは体に残っている力を全て消費して、祈りの効果を強化するものであった。
祈りの行使と共に、背中にあるシルヴィアの体が力を失ったのを感じながら、レインがその効果を見届けようと振り返ると、上下ともにぴったりと通路を塞ぐような光の壁が出現したのが見える。
本来は人の体を覆うそれをシルヴィアは全力で通路を塞ぐ壁として出現させたのだった。
物理的な攻撃を通すことのない壁は、突如として現れた壁に止まることもできないまま激突する追っ手の体を受け止めて、どうにか壊されることなくその場に断ち続けている。
とはいっても追っ手の数は多く、次々に壁に突っ込むようなことになれば初級の祈りでしかない<プロテクション>ではいくらシルヴィアが全力を振り絞ったといっても、それほど長い時間はもつわけがない。
まして追っ手の中に魔術師などがいれば、あっさりと解除されてしまう可能性もあり、時間的に余裕がないとみた三人は、さらに走る足を速める。
やがて、通路の終わりが見えると三人は入るときに足場とした張り出しの上へと飛び出した。
「急いで登れっ!」
「言われなくとも分かってるよっ!」
急かすクラースに応じたルシアは、さすがは斥候ともいえる身軽な動きでするするとロープを登り始める。
ルシアが登っているのとは別のロープを手に取って、クラースはさらにレインに上へと登るように指示を出した。
「兄貴は!?」
「ケツは俺がもつ!」
クラースの言葉に反論することもなく、レインはロープを握るとルシアに比べれば幾分遅いものの、その体とシルヴィアを背負っているとは思えない速度で崖を登り始めた。
大したものだと感心しながらも、しばらくその姿を見守っていたクラースは、そろそろいいだろうと判断した辺りで自分もロープを握って崖を登り始める。
クラースが登り始めても追っ手の姿は張り出しの上へとは出てくることはなく、これは逃げ切れただろうかと考えたレインは、ふと足下を覗き込んで張り出しの上に一人だけ、立ち尽くす姿があるのを見て目を凝らした。
それは若い男であった。
長い総髪の黒髪に、艶のない漆黒の全身鎧。
背中に差しているのは男の背丈ほどもある大剣であり、一見してどうやって崖を下りたのだろうかと考えてしまうような姿であった。
だがクラースはすぐにその姿が、自分の見覚えのある姿であり、そして自分がずっと探し求めていた姿ではないかと考えて衝動的にロープから手を離しかけてしまう。
「兄貴! 全員登ったぜ! あとは兄貴だけだ!」
沸騰しかけた意識に、すっとレインの声が流れ込んだ。
その一言で頭が冷えるのを感じたクラースは、ここでロープを手放して張り出しへと飛び降りたのならば、確実に自分は死んでしまうだろうことを見て取ると、奥歯を噛みしめながらも足下から視線を逸らし、崖上までの残りの距離を一息に登りきってしまう。
「兄貴大丈夫か? 兄貴……?」
レインがかける声に心配そうな響きが混じった。
自分は今、どんな顔をしているのだろうかと考えながらも頭を振ったクラースは、すぐにいつもの軽薄そうな表情を取り戻すと、先に登り切っていたルシアとレインへ笑いかける。
「なんでもねーよ。それよりその辺のロープを切って、俺達が使う以外の馬なんかを全部逃がしちまえ。あとはさっさとここからトンズラしようぜ」
ロープがなければ崖を登るのは一苦労であろうし、馬がなければ追いかけようにもそう簡単には追いつけないはずである。
追いつかれそうな要素を全て潰したのならば、あとはこの場からできるだけ早く退散してしまえば、なんとかなるだろうと楽観的な考えの下、クラースは何を見たのか分からないものの心配そうな表情のままのレインとルシアの肩を軽く叩いてやるのであった。
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