第21話
命を失ったらしい魔法生物の崩壊は、速やかに始まった。
その本体を燃やしていた炎は燃やすものがなくなったかのように消え去り、断ち切られた本体はぐずぐずと腐れ果てたかのようにその形を失っていく。
触手はまるで枯れた蔦のように萎びていき、いくらもしないうちにそれら全てが埃の塊のような状態となったのである。
「なんつぅか死に様も普通の生物じゃねぇのな」
床にわだかまる埃の山を、槍の穂先で突いていたレインはその穂先に何かしら固い物が当たったのに気が付いて、足で埃の山を崩す。
すると中から金属の塊のようなものが姿を表した。
「なんだこりゃ?」
「なんでしょうね?」
レインの近くまで歩み寄っていたシルヴィアが埃の山の傍らにしゃがみ込むと、レインが止める間もなくその塊を手に取った。
「おい、不用心過ぎんじゃねぇか?」
「これも罠だったら、ここを創った人は余程の偏屈だと思います」
咎めるようなレインの言葉にそう答えを返しつつ、シルヴィアは立ち上がりながら手にした金属の塊をしげしげと眺める。
それがなんであるのかはシルヴィアにはさっぱり分からなかった。
なんとなく雰囲気からして魔道具の一種のように思えるそれは、溶かした金属を適当に捏ね回したような雑な造りをしており、ただの失敗作のように見える。
しかしながらわざわざ扉を魔法で封印し、さらに魔法生物の体内に隠してまで守らせていた代物が失敗作だとは考えにくい。
おそらく今回の依頼の目的の品というのが、今自分の手の中にあるそれなのだろうとシルヴィアは考えたのだが、ではそれがいったい何であるのかは見当もつかなかった。
「クエン達が生きてりゃ、詳しいことが分かったかもしれねーけどな」
シルヴィアから発見した魔道具らしき物を受け取ったクラースはそれを自分の荷物の中に仕舞い込みながら、そっと溜息を吐き出す。
さして深い付き合いがあったわけではないのだが、同業者が目の前でやられてしまうというのは気持ちのいい体験ではない。
しかも今回の依頼に参加した主力パーティが全滅してしまった現状で、帰り道のことを考えると気が重くなるばかりである。
「他のパーティは生きてりゃいいんだがな」
レイン達の他に生き残っているのは第九級冒険者のパーティが一つだけのはずであった。
戦力の半数以上を失ってしまった現状を考えると、どうにか合流して協力しあい、街に帰還することを考えなければと思うクラースは、ふと部屋の出口がある方向からの視線を感じてそちらを振り向く。
「よお、なんか大変だったみてぇだな」
閉め切られていたはずの扉が開いていた。
その開いた部屋の入口を塞ぐようにして立っていたのは、クラースが今まさに考えていた残る最後のパーティの面々だったのだ。
手に武器を持ち、にやにやと笑いながら自分達の方を見ている冒険者達の雰囲気から何かを感じ取ったのか、シルヴィアはレインの背後へと隠れ、クエン達の登録証や荷物を回収していたルシアは、即座に荷物を床へと落として自分の短剣の柄に手をかける。
どうにもよくない雰囲気だと、うんざりするような気持ちになりながらもクラースは、まだ確定したわけではないのだからと自分に言い聞かせながら、できるだけ軽い口調で冒険者達へ語りかけた。
「あぁ、ひでーもんさ。クエン達ともう一つのパーティが全滅だ」
「そいつはぞっとする話だな。その場に居合わせなくて助かったぜ」
リーダーらしき男の言葉に、仲間の冒険者達がへらへらと笑う。
付き合いはそれほど長かったわけではないのだが、仲間の冒険者が全滅したというのにその反応はどうなのかと考えるクラースは少しばかり顔を険しくしながらリーダーの男を睨みつける。
「仕事仲間が死んだってのに、そりゃーねーんじゃねーの?」
「死に損、やられ損ってのは冒険者の常識だぜ?」
せせら笑う男の言葉に、間違ったことを言っているわけではないのだろうと思いながらも重い溜息を吐き、頭を何度か掻きむしったクラースはあまり気が進まないながらも冒険者達に提案を行う。
「そういうわけでよ。ここから撤退しなきゃならねー。荷物をまとめるから手伝ってくれねーか?」
個人が持ち運べる分の荷物とはいっても、ここでやられた冒険者は八人に上り、全ての荷物を回収するとなればクラース達四人では持ち運ぶのに苦労する量になる。
これが八人で運ぶとなれば、一人頭一人分の荷物を確保すればいいことになるので、だいぶ楽になるだろうと考えての提案だったのだが、冒険者達の返答はクラースが考えていたものの中では最悪に近い代物であった。
「そんなことよりよ。ここで何か手に入れたろ?」
リーダーの男の言葉にクラースは口を閉ざす。
見られていたのだろうということは、クラースにも分かっていた。
気づくのが遅かったということに内心歯噛みしながらも、今更否定してみても遅すぎるだろうと考えて、クラースは首を縦に振る。
「こいつが目的の物かどうかはわかんねーけどな」
「いや、そいつで間違いねぇ。そいつをこっちへよこしな。俺が預かっておいてやるからよ」
生理的に嫌悪感を覚える笑みを顔に浮かべながら、リーダーの男がクラースへ手を差し伸べてくる。
警戒する気持ちをさらに強いものにしながらも、クラースはぎりぎりまで会話を試みようと考えて、軽薄な笑みを返す。
「俺らが手に入れた物を、なんでてめーに渡さなきゃならねーんだ?」
「そりゃそっちが十級冒険者で俺らが九級冒険者だからだ。クエン達が死んだ以上、俺らが指揮を執るのが自然だろ?」
筋自体は通っているような気がしないでもない男の主張であった。
しかしクラースは首を横に振る。
「少なくともここでの戦闘に参加してねーお前らに渡せるもんじゃねーよ」
クラースが荷物の中にしまったのは、二つものパーティが全滅するような戦闘を経てようやく手に入れることができた代物である。
それをいくら級数が上であるとはいっても、不参加だったパーティに渡すというのはクラースからしてみれば受け入れがたい話であった。
念のためにちらりと周囲を見回し、レインやシルヴィア、ルシアといった仲間達がどのような反応を示しているのか確認してみれば、扉の前に陣取っているパーティを警戒する表情を見せているだけで、クラースの言葉に異論を唱えそうなメンバーはいない。
「こいつは俺達が運ぶ。何もお前らを仲間外れにしようってんじゃねーが、こいつを引き渡すって話にゃ同意できねーよ」
「そーかいそーかい。そりゃ面倒なことだな」
クラースが言い放った言葉に、リーダーの男は気を悪くした様子もなく、苦笑いをしながら自分の頭を無造作に掻いた。
魔法生物との戦いを彼らは見ていないので、もしかすれば自分達を下手に見ているのだろうかと訝しがるクラースは、リーダーの男が芝居がかった動作で指を鳴らし、その音に応じるかのように彼らの背後の闇の中から、覆面で顔を隠した黒尽くめの恰好をした人影がいくつも姿を現したのを見てリーダーの男が余裕を見せている理由を知る。
「大人しく渡しときゃここに置いていくだけで済んだってのによ。どうしても渡さねぇってんなら、力尽くって方法しかなくなるじゃねぇか、なぁ?」
「お前ら、最初からそのつもりだったのか」
槍を構えながら質問するレイン。
冒険者達の背後から姿を現した黒尽くめは少なくとも十人ほどはおり、とても急に集めたような者達には見えない。
だとするならば、あらかじめ用意されていたと考えるのが自然であった。
「別口で依頼を受けててな。ギルド経由じゃねぇんだが、払いがいい」
「そのようなことをして。冒険者を続けていけると思っているのですか」
ルシアに守られる形で、メイスを両手で握るシルヴィアへリーダーの男はレイン達に向けたのとはまた違った粘着質な視線を向けた。
あからさまに抱えている下卑た気持ちを露わにした視線に晒されて、ルシアの目が殺気を帯び、シルヴィアは露骨に嫌悪感を顔に出す。
「ちっとばかり楽しんだ後は、全員ここで死んでもらうつもりだから、足はつかねぇよ。まぁお前らの登録証だけはギルドに死んだものとして提出してやるから心配すんな」
「御託はもういい。さっさと仕事にとりかかれ」
リーダーの男の言葉に、レインが何か言うよりさきに男の背後にいた黒尽くめの一人が淡々とした口調で男にそう告げた。
覆面の下から聞こえてきた声はくぐもっており、聞き取りづらいものではあったのだが、レインはその声が女性のものであることに気がついて少しばかり驚く。
「仕事ってよぉ。あんたらも当然手伝ってくれんだろ?」
「手伝いか。このくらいはしてやろうか」
リーダーの男の求めに対して、黒尽くめの女性が行ったことはレイン達からしてみればなんとなく予想のつくことであり、リーダーの男からしてみれば全く予想していないことであった。
あろうことか黒尽くめの女性は背後から、リーダーの男の背中に足をかけるとそのまま力任せにレイン達の方へその体を蹴り飛ばしたのである。
押されるままに数歩前へとつんのめり、振り返りざまに罵声を浴びせようとしたリーダーの男だったのだが、その試みが成されることはなかった。
数歩分前へと出てしまったせいでレインとの距離が縮まり、レインの持つ槍の間合いへと踏み込んでしまっていたのである。
そしてレインは敵と認識した存在が、無防備に背中を自分へ向けるという絶好の隙を見逃すような使い手ではなかった。
振り返ろうとした男の後頭部に捻りを加えながら突き出された槍の穂先が突き刺さる。
声も出せないままに絶命した男の体から穂先を抜き、すぐに次の攻撃へと移ろうとしたレインだったのだが、それを制するかのように黒尽くめ達は残る三人の冒険者の体も、レイン目がけて蹴り飛ばした。
何が起こったのか分からないままに突っ込んでくる男達にむけて、レインの操る槍の石突側の柄が振り回され、それを側頭部にまともに受けた男が悲鳴を上げぬままに吹き飛ばされたのだが、残る二人は偶然にもレインの一撃を掻い潜り、レインの体にぶつかってくる。
「レイン! 振り払え!」
槍はその武器の性質上、懐に入られると弱体化してしまう。
クラースの指示に従って槍から右手を離したレインは、腰にしがみつくような形で突っ込んできた一人を力任せに振り払った。
しかし、二人目までは手が回らない。
状況が飲み込めないままに、それでもレインを攻撃するべきだと考えたのか、最後の一人が手にした得物を構えようとする。
「レインさん! 危ない!」
力任せにフルスイングされたのは、鉄の塊ともいうべきメイスであった。
いつの間にかルシアの近くから移動していたシルヴィアが、冒険者の背後からその頭を狙って横薙ぎに目一杯それを振り回したのである。
かなり景気よく骨の砕ける音をさせながら倒れていく男には目もくれず、シルヴィアはメイスを握り締めたまま、レインへと詰め寄った。
「お怪我は!?」
「あ、いや。ねぇけどその……助かった」
「よかった! 私、必死で頑張りました!」
戸惑いながらも礼の言葉を口にしたレインへ、シルヴィアが笑顔を見せる。
その手に握られた血に塗れたメイスを見て、シルヴィアも結構力があるのだなとなんとなく考えてしまうレインへ、ルシアとクラースの警告が飛ぶ。
「次が来るよ!」
「気ぃ抜くんじゃねーぞ! あいつら、こいつらとは比べ物にならねーみてーだ!」
レインは即座に槍を構えなおしながら、シルヴィアを自分の背後へと庇う。
それを待っていたというわけでもないのだろうが、黒尽くめ達は音も立てずに入口を潜って部屋の中へと入り込むと、身構えるレイン達へと殺到したのであった。
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