第14話

 短剣の形をした魔道具の不気味さは一旦忘れるとして、仕事を終えたレイン達はそのまま宿へと戻ると鑑定屋で知り得た情報を、クラースやルシアへと伝える。

 正体が分からない短剣については、クラースも気味が悪いと感じたようだったのだが、だからといって捨ててしまうわけにもいかず、間違って誰かが使ったりしないよう厳重に布で包んで他の魔道具と一緒に保管しておくことになった。

 こうして貴金属や現金、魔道具を目録としてまとめ終えたレイン達は、一泊挟んで翌日、それらの品々を冒険者ギルドへ預けるためにその建物を訪れたのであるが、ここで少しばかり事情が変わってしまう。

 本来それらの品々を受け取り、商人ギルドへと渡すはずの冒険者ギルドが一旦それを待って欲しいと言い出したのだ。

 理由を問い質せば、商人ギルドから盗賊の拠点に派遣した者達が帰還するまで、戦利品の預かりを中止したいという申し出があったのだという。


「つまり、拠点に目的の何かが残っていれば俺らが持っている分に関しては用済みだから査定するまでもねーってことか」


「途中での条件変更は褒められたことじゃねぇと思うが、気持ちは分かる」


 レイン達に対応した冒険者ギルドの職員は非常に申し訳なさそうな顔をしていたのだが、その職員に当たったところでどうすることもできないわけで、レイン達は持ち込んだ品々を仕方なく一度、宿へと持ち帰ることにした。


「重労働なんだけど!?」


「仕方ねーだろ。また荷馬車を借りたんじゃ費用が嵩んで仕方ねーんだし」


 文句を言うルシアをクラースが宥める。

 実のところ盗賊の拠点から引き揚げた戦利品は現金に関しては銅貨の量が非常に多く、貴金属の方は銀製品が多くて金額としてはあまり大したことがなかった。

 金貨で換算すると十数枚程度にしかならないのだが、重さばかりが際立つそれをまた宿屋まで運ぶのは確かに重労働である。

 しかしそこはパーティの中で最も力持ちであるレインが頑張ることでどうにか荷物の全てを運び終えることができた。


「仕方ねーが、商人ギルドの方の結果が出ねぇと引き取ってもらえねー上に、売り払うわけにもいかねーとなるとあまり面白い話じゃねーな」


「おまけにこいつの番までしなきゃならねぇから他の仕事が受けられねぇ。つまらねぇ話になってきたぜ兄貴」


 そうぼやくレインであったが、ぼやいたところで状況がよくなるわけでもない。

 精々待たされた分、商人ギルドから延滞料でもぶんどってやろうかとクラースは考えたりもしたのだが、最初に引き渡しを待たせたのは自分達の側であり、それを持ち出されると追加の報酬を要求するのも難しいように思えた。

 レインが言うようにつまらないことになったと思うクラースであったのだが、その日のうちに状況は急展開を見せる。

 レイン達が泊る宿に冒険者ギルドからの急使が来たのだ。

 そこでもたらされた情報は、盗賊達の拠点を調査に行った商人ギルド手配の調査班が何者かの手によって壊滅させられた、というものだったのである。

 全滅に近い被害状況で、どうにか逃げおおせた者からの報告では館を調査している最中に正体不明の武装集団からの襲撃を受け、構成員のほとんどが瞬く間に殺し尽くされてしまったらしい。

 どうにか生き延びたのは何事かあったときのために少し離れた場所で待機していた斥候が二人だけであり、そのうちの一人も逃げている最中にその武装集団からの追撃を受けて殺されてしまい、怪我を負いながらも逃げ延びた斥候一人だけが生存者という有様であった。


「盗賊の報復か?」


「それは分かりません。目下調査中としか。それでこちらにある戦利品を急遽運ばせて頂きたいのですが、冒険者ギルドも商人ギルドも現在かなり混乱しております。明日、人を寄越しますのでそれまで保管して頂ければと」


「さらにつまんねーことになりつつあるな」


 商人ギルドの探索班を襲撃したのが誰なのかは分からなくとも、その目的が探索班の撃滅だけではないことは明白であった。

 だとすれば次に狙われるのは自分達ではないかと危惧したクラースだったのだが、その危惧はその日の夜に的中することになる。

 異変に最初に気が付いたのはレインであった。

 夜に皆が寝静まった後、なんとなく妙な気配を感じたレインはベッドから起き上がると傍らに立てかけてあった槍に手を伸ばし、その石突の部分で隣のベッドに眠っているクラースの体を突く。

 それほど強く突いたわけではないというのに、即座に目を覚ましたクラースは何事なのかレインに問い質すこともなく、すぐに自分のシャムシールを手に取った。

 部屋の中に明かりはなく、窓から差し込む星明りだけが頼りといった状況の中で、レインが一体何を感じて目を覚ましたのかと考え始めていたクラースは、突然ふっと窓の外が暗くなったのに気がつく。

 それが何者かが窓から侵入しようとしている兆しであることを感じ取ったクラースは、次の瞬間に窓を蹴破って跳び込んで来た人影へ、遠慮することなく手にしていたシャムシールで切りつけた。

 まさか待ち構えているとは思っていなかったのか、態勢を立て直す暇すら与えてもらえないままに切りつけられた侵入者は、低くくぐもった悲鳴を上げて切られた場所を手で押さえながら床の上を転がる。

 それに立ち上がる余裕を与えまいと、蹴りつけようとしたクラースは床の上を転がる侵入者の手に乏しい明かりを反射する物が握られているのを見て、慌てて蹴りつけかけた足を引き戻した。

 それを追いかけるように侵入者は手にしていたナイフを閃かせたのであるが、クラースに気を取られてレインの存在を忘れていたせいで、まともに背中をレインへ向けてしまい、無防備な背中へレインが槍の穂先を突き入れて捻ると、口からごぼごぼと湿った音を立てながら倒れていく。


「一人か!?」


「まだいやがる!」


 続けて飛び込んできた侵入者は一人目よりはいくらか余裕があり、ナイフを構えてレインへと襲い掛かったのだが、槍を携えたレインに正面から挑んでナイフを得物にしている侵入者に勝ち目はなく、こちらはあっけなく喉を貫かれて一人目の後を追うことになった。

 さらに飛び込んで来ようとしていた三人目は窓の外に姿を現した時点でクラースの一撃を正面から受けることになり、悲鳴を上げることなく窓の外へ落ちて行く。


「品切れか!?」


「隣の部屋が不味ぃだろ!」


 戦利品自体はレイン達の部屋に保管されていた。

 しかしレイン達に仲間がいることを襲撃者達が知らないとは思えず、隣の部屋で眠っているシルヴィアやルシアもまた襲撃されていると考えるのが自然である。

 だからこそレインは自分達の部屋に続いて侵入しようとする者が現れないことを見てとると、その場をクラースに任せて自分は部屋を飛び出し、隣の部屋の扉を蹴破って中へと飛び込んだ。


「シルヴィア! ルシア! 無事かよ!?」


「まだ死んでないよ!」


「こちらもです!」


 レインが部屋へと飛び込んだとき、ルシアは下着姿で侵入者の一人と短剣で切り結んでおり、シルヴィアは薄手の寝間着姿で二人の侵入者を相手にメイスを振り回している真っ最中であった。

 暗い部屋の中でははっきりと二人の様子を見ることはできなかったが、声からして無事らしいと判断したレインは猛然と部屋の中に突進すると、まずは二人がかりでシルヴィアへ襲い掛かっている侵入者の排除から取り掛かる。

 とはいっても、奇襲をかけられたのであればともかく侵入者の持っているナイフでは、レインの操る槍を相手にするのは非常に難しい。

 突然乱入してきたレインの姿に隣の部屋の襲撃が失敗したことはすぐに分かったのであろうが、その時点で退くか戦闘を継続するか迷ってしまった襲撃者達は、暗闇の中でレインの槍の穂先が閃くのを見ることになる。

 その一閃だけで、呆気なく二人の襲撃者の首が飛び、吹きだした血が部屋を汚していくのを見ながら、返す刃で今度はルシアと戦っている襲撃者へ攻撃を仕掛けようとしたレインは、その頃には既に短剣で襲撃者の喉を掻き切って、止めとばかりにその延髄を断っているルシアの姿を認めて突きだしかけていた槍の穂先を引っ込めた。


「助かりましたレインさん。私だけでは撃退は難しかったでしょうから」


 薄手の寝間着の胸元をかき寄せるようにしてシルヴィアが安堵の溜息と共にレインの手助けに礼を口にする。

 暗いながらになんとなく透けて見えるシルヴィアの体を極力見ないようにしながら、レインは気にするなとばかりに手を振った。


「あーもう何なのこいつら。お気に入りの下着が血だらけになったじゃない!」


 やや体を隠そうとしているシルヴィアとは対照的にルシアの方は隠す気もないのか、返り血を浴びてしまった下着のあちこちを引っ張ったりして憤慨していた。

 こちらはシルヴィアに比べると、直視してもあまり気にならないなと聞かれたら刺されそうな感想を抱くレインは、部屋に備え付けてある燭台に火を灯す。

 ぼんやりとした明かりが部屋の中を照らし出す中、命を失って床に倒れ伏しているのは目の部分だけを露わにし、他は全て黒い布で覆うような装束を着た侵入者たちである。

 顔を隠している布を剥ぎ取ってその人相を調べるレインだったが、シルヴィア達の部屋に転がっている三人のうちに、見覚えがある顔は一つとしてなかった。


「こいつらに見覚えはあるか?」


「ボクはないよ?」


「私もです」


 二人の答えに嘘はなさそうだと判断したレインは、騒ぎを聞きつけた宿の者などが来るであろうから服を着るように促し、引き続き注意を怠らないように言い残すとシルヴィア達の部屋を出て、自分の部屋へと戻る。

 そちらの部屋では既にクラースが燭台に明かりを灯しており、床に転がる二人の侵入者を調べているところであった。

 窓から顔を出せば、二階にある部屋から街路が見下ろせ、先程落ちた三人目の侵入者の体が徐々に広がっていく血だまりの中でぴくりともしないままに転がっているのが見える。


「こいつらに見覚えはねーな。あっちの部屋もそうか?」


「あぁ。俺にもシルヴィア達にも、見覚えはねぇみてぇだ」


「何だったんだこいつら? 物盗りか?」


 そう言いながらもただの物盗りにしては随分と殺気立った連中だったなと思うクラースはふと、床の上に倒れている侵入者の死体から流れ出す血が床の上を伝い、部屋で保管されていた荷物の方へと流れてしまっていることに気がついた。

 血で汚れて駄目になるようなものはそこにはないものの、布や袋が血で汚れてしまえば色々と面倒なことになるのではないかと、手間取らせてくれるものだとぼやきかけたクラースだったのだが、ふと荷物の内の一つがぼんやりと光っているのを発見して目を見開いた。


「おいレイン。これ……」


「中身はなんだ?」


 しっかりと布で梱包されているそれを手に取ったクラースは、血に濡れたその布をゆっくりと取り払っていく。

 すると中から現れたのはあの用途不明であった蛇の彫刻が施されている短剣だったのである。

 布越しに染みた血が刀身に付着している状態で、その短剣はやや強めの光を全体から発していたのだが、クラースがその短剣を手にした途端に光はある一方向へとまっすぐに伸び、クラースが短剣を適当な方向に向けても常に同じ方向を指し続けたのであった。


「これじゃねーか?」


「それっぽいな」


 用途不明でありながら、刀身に血を浴びたことによりどこか一方向を常に指し示す魔道具の存在は、なんとなくではあったのだが商人ギルドが必要としていたものであり、侵入者達がレイン達を襲撃してきた理由なのではないか、と二人に思わせるには十分な代物だったのであった。

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