第12話

 館の正面でレインとシルヴィアが立ち回りを演じている間、裏手に回ったクラースとルシアもまた、館の裏手から出てくる盗賊を相手に戦闘を行っていた。

 ただこちらは、両手に抱えられるだけの金や装飾品を持ち出して逃げようとする者達を、こっそりと静かに仕留めるのが主な戦闘であり、レイン達のように騒ぎ立てるようなことはない。

 かなり慌てて逃げ出しているのか、あまり周囲に注意を払っていない盗賊達を背後から襲ったりすることは、クラースやルシアにとっては造作もないことであった。


「大体終わったかな?」


 木陰に隠れて一旦盗賊をやり過ごし、通り過ぎた瞬間に背後から短剣の刃を哀れな犠牲者の延髄へと埋め込んだルシアは、倒れた盗賊の体を蹴飛ばしながら館の方を見る。

 正面で行われていた戦闘は大体片付いたのか、先程まで聞こえていた怒声や武器が打ち合わされる甲高い音などが聞こえなくなっていた。

 館の裏手から新手が現れないことをしばらく見ていたルシアは、いつのまにやらクラースが傍らまで近寄っており、今しがた始末した盗賊が抱えていた現金などを物色し始めているのに気が付いて、思わず身を引いてしまう。


「まだ中にいくらか残ってるかもしれねーが、大方終わっただろ。この状況で前にも後ろにも動けなくなった奴らなら大したことはねーだろうし」


「何人倒した? ボクは五人」


「すげーな。俺は二人やっただけだ。どーにもこういうこっそりとしたのは苦手だな」


 スコアの上ではクラースに勝利をおさめた形となったルシアは少しばかり得意げな顔で胸を張ってみせたのだが、内心ではクラースの技術に舌を巻いている。

 ただの傭兵だとばかり思っていたクラースなのだが、その軽薄そうな雰囲気は今はなりを潜めており、逃げ出そうとする盗賊を静かに仕留めるその技術はまるで暗殺者としての経験があるのではないかと思わせるほどのものだったのだ。

 これで普通に戦士として戦うこともできるというのだから、どれだけの修練と経験を積んでいるのかと思ってしまう。

 一方のクラースも見た目からはうかがい知ることができなかったのだが、今回の戦いで目にしたルシアの技術に怖れにも似た感情を抱いている。

 斥候であるのだから身軽であることは問題ないのだが、するすると木立を登って相手の頭上を取り、飛び降りざまに首を掻き切ったり、草むらに潜んで相手を待ち、間合いに入った瞬間に左右の短剣で喉を切り裂いて肋骨の隙間から胸を突くような技術は、到底ただの斥候のものとは思えないほどだったのだ。

 実はこいつ、斥候なんかじゃなく暗殺者なんじゃねーだろうか、という思いを抱き始めているのだが、ルシアが自分からそのことについて言及しない限りは藪を突く必要もないだろうと思ったりしている。

 長く傭兵をやっていれば、訳ありの人物が味方になるなどということはそれほど珍しいことではない。

 大体は何らかの犯罪者であったり、口にすることを憚られるようなどこかの貴族のご落胤だったりするのだが、そういった事情は無理に暴き立てたところでいいことは何一つないのだということをクラースはこれまでの経験から悟っていた。

 味方であるうちは問題がないのだしと自分を納得させつつ、倒した盗賊の体から金目の物をあらかた剥ぎ取ったクラースはルシアを促して館の正面へと回る。

 そこに広がっている光景は、中々に血生臭いものであった。

 メイスを用いた戦いで疲れ果ててしまったのかシルヴィアがレインにもたれかかるようにして荒い息を吐き出しており、その体を受け止める形で困ったような顔をしているレインの周囲には、血の海に沈む盗賊達の死体がごろごろ転がっている。

 とても二人で作りだしたとは思えない死体の山に、ルシアが言葉を失っているとクラースがそれらの光景など目に入っていないかのような気軽な感じでレインへと声をかけた。


「よぅお疲れ。いくつ倒した?」


「さてな。二十までは数えちゃいたが、そこから先は分からねぇよ」


「そりゃー大したもんだ。シルヴィアもお疲れ。レインはきちんとフォローしてくれたかよ?」


「えぇ。それはもう。ただ慣れないことはするものじゃありませんね。メイスを振り回しすぎて腕が上がりません」


 だらりと垂れさがった両腕に握られているメイスは、握力を失いつつあるその手からすぐにでも落ちてしまいそうであり、地面に槍を突き立てたレインはシルヴィアの手の中からメイスを抜き取ると、その辺に倒れている盗賊の服を破り取り、表面に付いている血を拭ってからシルヴィアの腰に戻してやる。

 ついでにポケットから取り出した比較的清潔そうな布で汗だくになっているシルヴィアの顔から血や汗を拭ってやると、ようやくシルヴィアはその疲れた顔に笑みを浮かべた。


「さてと。それじゃーいれば館の中の残敵掃討。いねーんならこいつらが奪っていったお宝を家探しするとしようじゃねーか」


 クラースの号令でレイン達は盗賊達が拠点としていた館の中へと踏み込んだ。

 もしかすれば逃げることも戦うこともなく、ただ嵐が過ぎ去るのを待つような形で残っている盗賊がいるのではないかと考えていたクラースなのだが、踏み込んだ館の中に人の気配はなく、事前の情報の通り捕えられているような者の姿もなかった。

 まさか自分達の拠点の中に罠を仕掛けているようなこともないとは思われたのだが、かなり慎重に探索を行った結果、レイン達は館の一室に貯めこまれていた財貨の類を発見することに成功する。

 それらは戦った盗賊の数から考えるとかなり大量に上っており、クラースは館中から袋や大き目の布などをかき集めると、発見した財貨を詰め込む作業を行うことになった。


「盗賊ってのは余程実入りがいいんじゃねーか? これなら冒険者じゃなくて盗賊でもよかったんじゃねーかって気になっちまうな」


「兄貴。さすがにその場合はついていくとは言いにくいんだが」


「冗談に決まってんだろ? いくら実入りがよくたって、まともにそれを使えねーような身の上になってどーすんだよ」


「それと盗賊ってのは女にゃもてねぇと思うぜ」


「その一点だけでも考慮に値しねーのは確かだな」


 もしも何かの間違いで、盗賊をやると女性にもてるという話が持ち上がれば盗賊に身をやつすこともありえたのだろうかと思ってしまうレインである。

 そんな他愛ない会話を行いつつも、レイン達は着々と盗賊達の奪った物を袋に押し込み、布で包んでいく。

 そうして荷造りの終わった品々を、今度は盗賊の拠点から街道沿いに停めてある荷馬車まで運ぶことになったのだが、これがまた一仕事であった。

 なにせ価値のある物というのは、現金にせよ装飾品にせよ、貴金属を使っているだけあって相当に重い。

 たまに何に使うのか分からない道具もあり、それらの中には軽い物も含まれていたのだが、平均すれば結構な重荷を担いで何度も荷馬車と館の間を往復しなければならなかった。


「あーくそったれ。金が邪魔だなんて思う日が来るとは思ってなかったぜ」


「自分の物じゃねぇとなると尚更重く感じるもんだな」


「シルヴィア。こういう力仕事はやっぱり男性陣の仕事だよね?」


「いけません。軽めで小さな物でも構いませんから私達も運びましょう」


 そんな感じで四人がかりでなんとか館の中の財貨を運び終えたレイン達は、さらに適当な大きな穴を掘り、倒した盗賊達の遺体をそこへ埋めてしまうとかなり重たくなってしまった荷馬車をどうにかこうにか馬に曳かせながら街へと戻ることになった。

 持ち帰る財貨の重さを考えると、荷馬車に乗ってさらに重さを増やすわけにはいかず、徒歩で荷馬車に追従する形で移動したレイン達は行きよりもたっぷりと時間をかけて街の北門を潜り、街へと帰還したのである。

 その足で冒険者ギルドへと赴いたレイン達は、ギルドの受付に依頼が成功したことを報告。

 だがその場でクラースは荷物の引渡しには多少の時間をくれるように商人ギルドへ伝えてくれと受付の少女に告げた。


「理由をお伺いしても?」


「現金の類がどれだけあったのか。どんな道具があったのかの目録を作らねーとならねーからだよ。何をどれだけ取り戻してきたのか分かんねーんじゃ妥当な報酬額がいくらになるのかわからねーだろ」


 盗賊のような存在から取り戻した財貨については、基本的に取り戻した者にその所有権があることになる。

 あくまでも商人ギルドからの今回の依頼は、街道に出没する盗賊の討伐であって、盗品を取り戻して欲しいと言うものではない。

 つまり商人ギルドは何かしら取り戻したい品物がある場合、レイン達と交渉を行い、しかるべき金額を支払ってそれを買い戻さなければならないのだ。

 しかしここで、仕事を受ける条件として引き揚げてきた品物は一度商人ギルドの鑑定を受けること、という条件が生きてくる。

 これにより商人ギルドはレイン達が持ってきた戦利品を一度、全て手の中に納めることができるのだ。

 ここできちんとした目録を作っておかなかった場合、現金の額を誤魔化されたり、道具の類を役に立たないガラクタとすり替えられてしまう可能性があった。

 もちろん商人とは信用が第一、という存在である。

 そのような行為を行うかどうかは、クラースからしてみれば半々よりちょっと可能性が低いくらいだろうか、と見ていたのだがそれでも絶対にやらないといった保証はどこにも存在していない。


「商人ギルドをお疑いですか」


「疑わねー理由があるなら、聞かせてもらえねーか?」


「いえ、用心深いことはいいことです。先方にはそのようにお伝え致しますが、お知らせ頂いた盗賊の拠点に調査班が入ることについては許可して頂けますか?」


 今度は自分達が疑われる側かとクラースは苦笑する。

 一度自分達が探索した場所を、改めて探索しなおすということは、もしかしたら盗賊達の拠点にまだ財貨の類が残されているかもしれないということを商人ギルドが考えているということであり、それはすなわち、冒険者の探索能力に関して疑いを持っているということを意味していた。

 しかしクラースとしてみれば、見落としがあったかもしれないということを疑われたとしても何ら問題なく、商人ギルドがやりたいというのであれば勝手にやればいいだろうというくらいにしか思っていない。

 ただこれはクラースが元傭兵であるからこその感想であり、違った思いを抱く者は別にいたのである。


「何それ。ボクの斥候としての能力に問題があるっていいたいの?」


 不機嫌そうな顔で冒険者ギルドの職員に噛みついたのはルシアである。

 クラースと異なり斥候であるルシアからしてみれば、その探索能力を疑われるということは自らの技術に対する冒涜であり、看過できるような話ではなかったのだ。

 それは職員の少女にも理解できる話ではあったのだろうが、依頼主からの指示も無視できるものではなく、困り果てる少女へ助け舟を出したのはレインであった。


「ルシアはともかく、俺や兄貴はがさつだからな。もしかしたら見落としがあったかもしれねぇ。商人ギルドの目的がその見落としの中にあったら大変じゃねぇか」


「それは……」


「もし商人ギルドの探索班が何か見つけるとすりゃ、俺や兄貴のせいだって可能性が高いに決まってる。そういう理屈で納得してくれねぇもんか」


 レインのような大男に下手に出られて戸惑うルシアの肩にシルヴィアが手を置く。

 ここでさらにごねたところでレイン達にも冒険者ギルドにも何もいいことがないことはルシアにも分かるらしく、真実はともかくとして妥協できる理由が提示された状態でルシアがそれ以上食い下がるようなことはなかった。


「そういうわけで俺達ゃこれから引き揚げ品の確認をする。そっちが追加で探索班を送るのにも文句は言わねーからそういうことでいいな?」


「ご協力に感謝致します」


 どうやらこのまま丸く収まりそうだと判断したギルド職員の少女はクラースの言葉に対して深々とお辞儀をし、その場は解散することとなったのであった。

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