第6話

 こうして森へと踏み込んだ一行だったのだが、すぐに問題が発生した。

 それはシルヴィアの移動速度が極端に落ちてしまったのである。

 ルシアについてはさすが身軽な斥候と言うべきなのか、その身のこなしはレインやクラースですらこっそり舌を巻くほどのものであった。

 ほとんど音を立てず、下草や背の低い木の枝を揺らすこともなくその間を擦り抜けていく姿は、彼女が本気で移動すればとても追いつくことができそうにないと思わせるほどだったのである。

 これにどうにかついていけそうなのはクラースくらいであった。

 こちらは本当にただの傭兵なのかとルシアが疑問に思うくらいに速やかに、かつほとんど音を立てずに森の中を移動することができたのである。

 斥候の経験もあるのではないかと疑うルシアにクラースは、傭兵団の団長ともなればこれくらいのことはできるものなのだと胸を張ったのだが、物問いたげなシルヴィアの視線に対してレインは、そんなわけはないとばかりに首を横に振ってみせた。

 そのレインはあまり森の中を移動するのが上手ではない。

 ただでさえその大きな体が木々の間に張り巡らされている枝や蔦の類を引っ掛けてしまうのに加えて、手に持っている武器が長物の槍である。

 どうしても一歩踏み出すごとに枝を折ったり、下草を引きちぎってしまったりと前の二人に比べると大分騒々しい移動になってしまっているのだが、速度に関しては持ち前の力と体力でもってそれほど劣らない速度を出すことが可能であった。

 問題はシルヴィアである。

 まずルシアほど身のこなしが軽くないことに加えて、身に着けている衣服が簡略化されているとはいっても神官服であることが災いした。

 これがとにかくあちこちに引っ掛かり、その度に足が止まってしまうのだ。

 レインほどの力があったのであれば、強引に進むこともできたのかもしれないがシルヴィアにそれを要求するのは無理であり、そんなシルヴィアに合わせて移動すればその速度は極端に遅いものになってしまう。

 しかし、シルヴィアを置いて先に行くということができるわけもなく、レインはクラースに声をかけた。


「兄貴、俺が面倒を見ていいか?」


「それが一番だろうな」


 クラースが頷いたのを確認してから、レインは息を切らせ始めたシルヴィアに近づく。


「シルヴィア。俺が先導するからその後ろを歩け。兄貴達には少し先を偵察してもらう」


「それは……ご迷惑をおかけします」


「気にすんな。誰かが怪我をすりゃあんたの力が必要になるんだからな」


 頭を下げるシルヴィアを手で制してから、レインはシルヴィアの前に立って歩き出す。

 レインと比べればシルヴィアは小柄といってもいい。

 レインがその大きな体で枝や下草を下りながら進んだ後にはシルヴィアくらいならば問題なく進めるくらいの道が拓けており、それを使ってシルヴィアが進めるようにしようというのがレインの考えだったのである。

 ルシアとクラースに関しては、見失わない程度に先を行ってもらい、周囲の偵察を行ってもらえばレインが道を拓く音が何かの注意を引いたとしても、十分に対処できるはずであった。


「レインさんってすごいんですね」


「別に。こんな図体だからな。俺の真似をしようとしたってあんたじゃ無理だろ。衣服が引っかかったり蔦が邪魔した場合は無理に前に出ようとするな。体力を消費するだけでいいことがねぇからな」


 たかが下草、たかが枝、たかが蔦と馬鹿にして引き千切ろうとしたり圧し折ったりしようとするのは実は非常に疲れる。

 何気にそういったものは丈夫にできており、一度や二度くらいならばたいした体力の消費にならなかったとしても、連続して何度も繰り返せばそれは馬鹿にならない疲労の蓄積を生むことになるのだ。

 レインほどの体力と力があるのであれば話は別なのだが、シルヴィアのように一般的な体力の持ち主では、すぐに疲れ果てて動けなくなってしまう。

 そういう場合は無理せずに少し引いて、引っかかったものを外してから進む方が疲労の観点からも時間的に見ても、無駄が少ないのだとレインがシルヴィアに告げると、シルヴィアはいたく感心したような視線をレインに向けてくる。


「博識なのですねレインさん」


「別にそんなんじゃねぇよ。これまで経験した何かだったり、誰かの受け売りだったりするだけだ」


「いえいえ。そういった知識を身につけ、実践し、惜しみなく誰かに与えるという態度は尊敬に値するものだと私は思います。貴方に知り合えたことを感謝しなくては」


 レインが拓いている道を進みながら、胸元にある聖印に手を触れて祈りを捧げるシルヴィアにレインは言葉を返すことなく視線を前にだけ向けて道を拓くことに専念する。

 なんとなくそれが、レインが照れているらしいということを察してシルヴィアは先を進む背中に頼もしいものを感じながら笑顔になってしまう。

 そうこうしながら進むレイン達はしばらくして、先を進んでいたルシアとクラースが揃って自分達の方へと戻ってくることに気がついた。

 何事かあったのだろうと足を止めたレインはシルヴィアと共にクラース達が近づいてくるのを待つ。


「いたいた。あんまり村から離れてないところだったね」


 戻って来たルシアの第一声から、二人がどうやらゴブリンの巣穴を見つけたらしいことを知ってさらに詳しい話を求めると、今度はクラースが口を開く。


「この少し先に開けた場所と崖があって、そこに洞窟があった。穴の外でゴブリンが数匹たむろしてやがったから間違いねーな」


「運がいいよ、こっちが風下になってる」


 改めて風向きを確認するために、ルシアは自分の右の人差し指を一度口に含んでから引き抜くと、それをぴんと縦に立てて間違いないとばかりに一つ頷く。

 そんなルシアを見ていたクラースがぼそっと呟いた。


「あの指舐めたら殺されっかな?」


「俺は止めねぇからな」


 ただの変態の所業じゃないかと呆れながらレインは頬の辺りをひくつかせながらも腰の短剣に手が伸びつつあるルシアに視線を合わせてそっと頭を下げる。

 止めないとは言ったものの、本当に刺されて欲しいわけでもないからだ。

 いちおうクラースの口調が冗談めいたものであったことと、すぐにレインが謝罪したことでルシアは短剣へと伸ばす手を止めたのであるが、一緒にパーティを組む評価としては酷い減点になったのではないかとレインは嘆息を漏らした。


「とりあえず仕事だ」


 気を取り直すようにそう呟いて、レインはこれまでのような強引な前進を止めるとクラース達とともに慎重に、クラース達が見たというゴブリンの巣穴を目指して移動を再開した。

 幸運が味方してくれているおかげで、レイン達の位置はゴブリンの巣穴から見て風下側にあるので、ゴブリン達のところへ風が臭いや音を運ぶようなことはない。

 それでも大きな音を立てれば気づかれてしまうかもしれず、完全には無理だとしてもなるべく音を立てないように移動したレイン達は、しばらく移動することで木々の間から崖や拓けた場所が確認できる位置まで移動することができた。


「確かにいやがるな」


 木々の陰から様子を伺えば、クラース達が見つけたという巣穴とその入口で見張りをしている数匹のゴブリンの姿を確認することができた。

 どこか暇そうにぼんやりと、もしくはきょときょとと周囲を見回しているゴブリン達の姿は見張りというにはどうにも気の抜けた光景ではあったのだが、敵を見つければ何らかの反応を示すはずであり、油断することはできないとレインは思う。


「全部で五匹いやがるな。やれそーかよレイン?」


「取りこぼしを兄貴に頼めるならな」


 レインがクラースとの間で交わした言葉はそれだけであった。

 何をする気なのかとシルヴィアやルシアが見ている中、槍を構えなおしたレインは声を上げることもなく、まるで滑るような足取りで木々の間から飛び出すといったい何が起きたのかとゴブリン達が理解する暇も与えずに槍の穂先を閃かせる。

 最初の一撃は一匹のゴブリンの喉を貫いた。

 そのまま引き戻すことなく横へと振り抜かれた槍の穂先は、隣にいたゴブリンの首を何の抵抗もなく、まるで小枝に鉈を振り下ろしたかのように切り飛ばす。

 吹き上がる血飛沫を目にはしているものの、事態を理解できないままに声すら上げられていないもう一匹のゴブリンは、レインが素早く槍を持ち替えて横薙ぎにした石突側の柄に側頭部を打たれて地面に落とした果実のように呆気なくその頭部を砕かれた。

 ここでようやく自分達が襲撃を受けているのだということを理解したゴブリン達だったのだが、五匹いた見張りは既に三匹が倒されとてもではないが襲撃者を迎撃できるような数でないことはゴブリン達にも分かったらしい。

 武器を手にするよりも巣穴に警告を、とでも考えたのか口を開いたゴブリンの一匹はレインが大上段から振り下ろした槍の穂先を脳天に受けて、そのまま股間まで一文字に切り裂かれて絶命し、残る一匹はレインの攻撃に気を取られていたところを背後からこっそりと近寄ってきたクラースによって、首を切り裂かれて自分が噴き出した血の池の中に沈むことになった。


「すっごーい……」


「あっという間でしたね」


 レインが槍を一振りして血糊を飛ばし、クラースがシャムシールの刃をその辺に生えている草で雑に拭うまでにかかった時間は、レインが飛び出していってから瞬き数回ほどでしかなく、あまりに手際のいい殺戮劇にルシアとシルヴィアはただただ感心することしかできなかった。


「で、これどうすんだ?」


 あまりに静かに、そして速やかに事を終わらせてしまったので、巣穴の中のゴブリンに気づかれたような様子はなかった。

 しかし、巣穴の中に踏み込めばすぐに気づかれてしまうのは間違いない。


「相手の巣に飛び込むってのはあんまり気が進まねーな」


「けど、巣穴の殲滅がお仕事なんじゃない?」


「殲滅できりゃいいだけなら、別に巣穴に入る必要はねぇだろう」


「何かいい案があるんですか?」


 巣穴の中のゴブリンを放置してしまえば問題の解決とはならない。

 中にどれほどのゴブリンがいるのかは想像するしかないのだが、それでも今しがた失った五匹の補充くらいならば、それほど時間をかけずに行ってしまうはずだった。

 村のためを考えるならば、巣穴の中のゴブリンも根絶させてしまうのが一番いい方法ではあるのだが、もしかしたら罠やら待ち伏せがあるかもしれない暗い洞窟の中に踏み込むのは面倒だとレインは考える。

 だからこそ、レインはシルヴィアの問いかけにこう答えた。


「入口で盛大に焚き火でもしようぜ。別の出口があるなら煙で分かるだろうし、ねぇならそのまま燻されてくれるだろうしよ」


「我慢できなくなって飛び出してきた奴は狩りゃいいからな。ってことでレイン、薪を集めんぞ」


「二人はここで待機しててくれ。ゴブリンが出てきたら迎撃か声を上げるか、判断は任せるからよ」


 そう告げてレインとクラースは近くから枯れ木や生木を集め出し、ある程度の量が集まったところで洞窟の入り口にそれらを積み上げると、念入りに油をかけてから火を点けた。

 轟々と黒煙をあげて燃え上がった炎は煙と熱とを洞窟の中へと送り込み始める。


「しばらく燃やして、他所から煙が上がらねーならそのまま続行だな」


「兄貴。中の確認とかどうするんだ?」


「あー……一日燃やして入口埋めて、村に何日か滞在してゴブリンが出て来なくなったら成功ってことでいいだろ」


「換気できなきゃ中に入れねぇもんな」


 煙と熱気で充満した空間は容易く生物の命を奪う。

 少しでも多くの煙と熱を洞窟の中へと送り込むために、クラースは自分の荷物の中から着替えを取り出すとそれで焚き火をあおりはじめ、レインはさらに火勢を強めるためにとまた薪を集めに森へと入っていく。


「いいのかなこれ?」


「村長さんが認めてくだされば、いいのではないでしょうか」


 ちょっとした不安は残るものの、シルヴィアもルシアもゴブリンの巣穴に踏み込みたいわけではない。

 中に入ることなく駆除が可能なのであれば、それでもいいのではないかと自分達を納得させるとルシアはクラースを手伝って焚き火を扇ぎ始め、シルヴィアはレインを手伝うために周囲から落ち葉や枯れ木を集め出すのであった。

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