第3話

 ギルド職員からの申し出を、どうしたものかと考えたレインとクラースだったのだが、結局はそれを受けることにした。

 どこの誰とも知らない相手と組まされることについては、不安や問題を感じる二人だったのだが、ある程度の人数を揃えていた方が仕事をするにあたって何かといいはずだというギルド職員の言い分は納得できる部分が多かったせいである。

 仮に問題があったのならば、それを理由にパーティを解散することも簡単であろうし、何より大概のことはレインもクラースも、お互いがいればどうとでもなるだろうという自信もあった。


「それではちょっと声をかけてきますので、しばしお待ちくださいね」


 冒険者ギルドには、依頼を受けたり登録をしたりするカウンターのある空間のすぐ隣に、テーブルをいくつも並べてたむろしたり、軽い食事などを摂ったりすることのできる酒場のような設備がある。

 さらに仕事をするのに必要であろう雑貨を商う店のような設備も設けられていて、そこにはレイン達以外の冒険者達がかなりの数いたのだが、ギルド職員の少女はレイン達にテーブルの一つに座って待つように指示をすると、その人ごみの中へと消えて行った。


「どんなのが来ると思う?」


「俺は女以外なら何でもいい」


 ただ待っているのも手持ち無沙汰だろうと考えたのか、近くを通りかかったウェイトレスに簡単な食事と酒を注文し、さらにその流れで口説きにかかろうとしたクラースの服の背中を引っ張って椅子の上へと戻したレインは、クラースの問いかけに感情を込めないようにした声でそう答えた。

 レインが視線を店内へと巡らせてみれば、そこには数多くの人族の冒険者に加えて体の一部に獣の特徴を持つ獣人族や、耳が長く顔立ちの整った細身のエルフ族。

 太く逞しい体つきをしてはいるものの、背丈が人族の半分くらいしかないドワーフ族の姿があるのが見える。

 傭兵は、その大半が世界中で最も数が多いとされている人族ばかりだったのだが、冒険者となるとその中に亜人族と称される他の種族が交じってくるらしい。

 あまり見たことのないそれらの姿は、レインにとっては非常に新鮮なものであった。


「つまんねーな。仕事の連れに潤いを求めてーとは思わねーのか」


「潤いより戦力になるかならねぇかが重要だろ」


「レイン……お前ももう二十歳になるんだぜ。そんな考えだからいまだに浮いた話の一つも流れてこねーんじゃねーか」


「そういう兄貴は浮いた話ばっかじゃねぇかよ……」


 傭兵という生業は、諸説はあるのだろうがあまり女性に向いているとは言えない。

 あちこちを転々とするような根無し草生活であるし、その環境は劣悪で不潔なことが非常に多いからだ。

 それに加えて傭兵は、女性を非常に面倒なものだと見ている者が多い。

 これには色々と理由があるのだが、とにかくそういった要因で酒場のウェイトレスや色町の娼館勤めの女性以外との接点はほとんどないというのが傭兵である。

 もっとも、何事にも例外はつきものであり、その例外中の例外がクラースという人物であったのだが、レインについて言うのであれば大多数の傭兵の例に漏れていない。

 クラースなどはそれを困ったものだと思っている。

 自分のようになれ、とはさすがにクラースも言う気がなかったのだが、それにしたところでレインの年齢になるまで全くそっちの話が聞こえてこないというのは問題なのではないか、と思うのだ。

 貴族ともなれば十五、六歳辺りで。

 農民でも十八くらいになれば結婚し、家庭を持つというのがおよそ常識である。

 生業が生業だけに仕方のない部分もあるのだろうが、それにしたところで少しくらいは艶のある話があってもいいのではないか、というのがクラースの思いであった。

 ただこれは、レインよりさらに年上であるクラースにも言えることではあるのだが、クラースはそれを一人の女性に縛られるなんてとんでもない、というおよそ他の男性から同意を得られそうにない気持ちで考えないようにしている。

 自分のことは堂々と棚上げし、レインについては何とかならないものだろうかとテーブルの上に頬杖をつきながら考えていたクラースは、人ごみの中から先程のギルド職員の少女が二人の人影を引き連れながら姿を現したのに気がつく。

 おそらくギルド職員の背後にいる二人というのが、レイン達に引き合わせようとしている冒険者なのであろうが、その姿を見たレインは小さく溜息を吐きだし、クラースは一つ口笛を吹いてからにやりと笑う。

 ギルド職員が連れてくるのが女性以外ならば、と言っていたレインだったのだが、あろうことかギルド職員の背後に立っていたのは二人とも若い女性だったのである。

 少しばかり背の高い方の女性は長い黒髪を自然に背後へと流し、身に纏うのは簡略化されているのだが黒を基調とした神官服であった。

 腰からは一見錫杖のように見えて、おそらくは打撃のために使うメイスなのであろう武器を吊るしている。

 その女性と比べてやや背の低い方の女性は茶色の髪の毛を頭の高い位置で結わえたポニーテールであり、着ている装備は体の線が見えるくらいの薄手の革鎧とホットパンツ。

 足下は編上げのブーツで腰の左右に一本ずつ、ナイフを吊るしているところからして斥候と呼ばれている職業なのではないかとレインは考える。


「お待たせしました。こちらが当ギルドから紹介いたします冒険者のシルヴィアさんとルシアさんになります。ちょうどコンビを組まれているお二方ですので、全員で四人となればちょうどいい感じかと」


「幸運の女神に仕えます神官のシルヴィア・フェーンストレムと言います」


 ギルド職員に紹介されて、先に軽く会釈をしてきたのは背の高い黒髪の女性だった。

 丁寧で穏やかな物腰で軽く頭を下げたシルヴィアは、顔を上げるとふとレインの左腕を目にし、ほんのわずかにではあったが目を見開いた。

 幸運の女神というのは最も信仰者の多い女神として有名であり、信者の数の多さからしてそれに仕えることを生業としている神官の数も多い。

 大体神官というものは傭兵が生業とする荒事からは遠いところに住んでいることが多く、義手である自分の左腕に衝撃を受けたのだろうかと、レインはそっと自分の体の陰に入るように左腕を隠す。


「ボクはルシア。見ての通りの斥候だよ。そちらの紹介は誰がしてくれるの?」


 背の低いポニーテールの少女がそう尋ねて来たのに対して、クラースは席から立ち上がるとどこか芝居がかった仕草で胸に手をあて、二人の女性に対して腰を折る。


「クラース・アシュモダイと言う。美しいお嬢さん方。これから行動を共にできる幸運を女神に感謝したい気持ちで一杯だ」


「シルヴィア。なんかこいつ胡散臭い」


 ルシアと名乗った斥候の少女が、クラースのことをばっさりと言葉で切り捨てたのを見て苦笑するレインだったが、シルヴィアの視線が物問いたげに自分の方を向いているのを見て、自己紹介が必要なのは自分もかと思い当って口を開く。


「レイン・ソートゥース。組むことになるのかならねぇのか分からねぇが、まぁよろしく頼む」


「こっちは無愛想だよシルヴィア」


 ルシアの評価に、そう見えて当然だろうなとレインが思った辺りでウェイトレスが先程クラースが注文した酒と料理を運んでくる。

 出会ったばかりではお互いに何も分かるわけがなく、会話による相互理解が必要だろうと言い残してギルド職員がその場から立ち去ると、何故かシルヴィアは椅子をレインの左隣に寄せてそこに腰かけた。

 出会ったばかりにしては少しばかり距離が近すぎやしないかと思うレインに、シルヴィアは興味津々といった視線を向けてくる。

 出会ったばかりの女性にそんな目を向けられる経験など、これまであるわけもなかったレインが何が起きているのかと困惑していると、シルヴィアはおずおずとした手つきでレインの義手へと手を伸ばし始めた。


「おい?」


「少し触らせて頂いて構いませんか?」


 どういう意図があるのか分からないまでも、これから行動を共にするかもしれない相手から丁寧にそう尋ねられれば、あまり邪険にもできない。

 いちおう自分の思う通りに動かせる魔道具ではあるのだが、金属でできたその義手に触れられてもレインは何も感じるわけではなく、好きにさせるかとテーブルの上へ左腕を置けば、シルヴィアはさらにレインへ体を寄せてまじまじとその義手を観察し始めた。


「シルヴィアは魔道具好きなんだ。驚かせたのならごめんね」


 シルヴィアがレインの隣に座ったからなのか、自分の位置はここだとばかりにクラースの隣に座ったルシアが戸惑うレインにシルヴィアの反応について説明する。

 神官であるのに妙な物が好きなのだなと、しばらく好きにさせておくことにしたレインへルシアはさらに問いかけた。


「それでこっちは斥候のボクと神官のシルヴィアっていうコンビなんだけど、そっちは二人とも戦士?」


「そう、なんのか?」


 答えたレインはさっそくとばかりにウェイトレスが持ってきたコップへ酒を注ぎ始めたクラースに確認するように聞き、聞かれたクラースはコップに口をつけつつ首を縦に振る。


「元傭兵ってのが正しいが。まー戦士になるんだろうな」


「へー、二人とも傭兵だったんだ。なんでまた冒険者に?」


「なんかこー戦場って場所に嫌気が差しちまってな」


「冒険者稼業もあんまり変わらない気がするけど」


「いやいや、まるで違うぜ。まず周りに女の子がいねーからな」


「シルヴィア、なんかこれチャラい。こんなのと組んで大丈夫かな?」


 クラースの腕の確かさはレインも保証するところである。

 しかし初対面のしかも女性からしてみれば、クラースの軽薄なところばかりが目につくわけで心配されるのも無理もないとレインは思う。

 フォローが必要だろうかと、あまり選択肢のない語彙の中からこの場に適当なのではないかと思われる単語を探しだしたレインなのだが、呼びかけられてもそちらを全く見ようとしていないシルヴィアの答えにその行動は徒労に終わる。


「ルシア。是非一度この方々と組んでみましょう」


「シルヴィ……まぁそんなことになるんじゃないかって思ってはいたけど」


 シルヴィアの反応を、まるで予知していたかのような言葉を口にしてルシアががっくりと肩を落として項垂れる。

 そんなルシアの様子にはお構いなしに、視線をレインの義手から外そうともしないシルヴィアは、熱のこもった口調で語りだした。


「これは見事な魔道具です。これだけのものを身に着けているということはきっとそれ相応の実力の持ち主と考えて間違いありません。これは女神様のお導きではないかと私は思うんです」


「そういうもんか?」


 魔道具の出来と使用者の実力とにはまるで関係がないのではないか、とレインは思うのだが真剣な顔つきでそう語るシルヴィアに突っ込みを入れるのは躊躇われたし、何よりまずは一度組んでみなくては分からない相手であるので、それを了承してくれそうな流れをわざわざ断ち切る愚を犯す必要は全くない。


「これは頑張らなくてはなりませんねルシア。首尾よくパーティを組むことができれば、この見事な魔道具を常に近くで見ることができるようになるんですから」


「怒らせるつもりはねぇんだが、大丈夫かこいつ?」


 段々と自分の義手を見つめる目がうっとりとしたものへと変わっていくシルヴィアを指さして尋ねるレインへ、項垂れたままのルシアが答える。


「シルヴィアのそれは病気みたいなもんだから。なんかごめんね本当に」


「お互い様ってことにしとくか」


 レインの視線はたまたま近くを通りかかったウェイトレスにコナをかけはじめたクラースの方を向いている。

 同じテーブルの二人も女性がいるというのに、それだけではクラースの欲を満たすにはまるで足りなかったらしい。

 シルヴィアの反応はそこそこ異常なものであるが、クラースの女好きもそれに引けをとらないような異常さであった。


「なんかお互い苦労してそうだよね」


「それについてしゃべる気はねぇな」


 顔を上げて力なく笑うルシアに、レインは返答を拒否すると今にも義手に頬ずりしそうなくらいに顔を近づけだしたシルヴィアをどうやって義手から引きはがしたものかと考え始めるのであった。

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