第27話
キンダーベルンを出発してから四日、あたしには長い四日だった。
途中立ち寄った村で、タイから教わって集めておいた薬草を売り、手押し車を買わなかったら、きっともっと時間がかかったに違いない。
ホランと兄弟とは思えないくらい、ポーの体力はへなちょこで、しょっちゅう休みを要求するものだから、最初は全然進まなかったの。でも、手押し車に荷物とポーを乗せ、ホランがひくようになってからは、格段にスピードが上がった。
ポー的には、女のあたし(しかも病み上がりで)が歩いているのに、自分が手押し車になんか乗れないって言い張っていたけどね。
やっと、ザイールの都マヤに到着した!
キンダーベルンもそれなりに大きな町だったけど、やはり田舎だったんだ。マヤは密度と活気が違う。獸人の数も多いし、商業が栄えているのか、いたるところで市場が開かれていた。
「とりあえず、花梨姉さんは戸籍申請したほうがいいね。人間であることが認められると、生活支援を受けられるし、他の人間の情報も入りやすいから。」
「戸籍?どうすればいいの?」
「とりあえず役所に行こう。王宮の中にあるから。」
ポーが案内してくれ、マヤの中心にある王宮に向かった。
「王宮って王様が住むところよね?そこに役所があるの?」
「国の重要な施設は、みんな王宮にあるよ。」
「へえ、じゃあ王宮は出入り自由なんだ。」
「そりゃそうだよ。まあ、王宮の奥は簡単には入れないけどね。ほら、あの門から入って、右手の建物だよ。」
マヤの都も高い塀で囲まれ、門からしか出入りできなかったが、都の中にも更に塀があり、塀の外は堀のようになっていた。内塀の中が王宮ということらしい。
ポーが門番に話しを通してくれ、王宮の中に入ると、右手に平屋の石造りの建物があった。
中は確かにあたしの世界の区役所のような造りになっていて、入ると正面を長い机で仕切られ、数人の獸人がこちらを向いて座っていた。その奥には各自机があり、なにやら仕事をしている。
こちらを向いて座っている獸人の前にプレートが置いてあり、なにやら書いてあるから、用途別に係が違うのだろう。
「あたし、こっちの文字読めないわ。」
こっちの世界にきてから、会話に苦労していなかったから、当たり前のようにみんな日本語を喋っているのだと思っていたが、書いてある文字は象形文字のようで、さっぱりわからない。
「そうなのか?」
もしかして、言葉も違うのだろうか?頭の中で、勝手に変換されているのかもしれない。どういう仕組みかはわからないけど。
「じゃあ、書類は僕が代わりに書くよ。あの、すみません、人間を連れてきたんですが、戸籍の申請をしたいんですが。」
ポーが、戸籍係と思われる獸人に声をかけると、獸人はチラッとあたしを見て、マントを脱ぐように言った。
あたしが言われるままにマントを脱ぐと、今度は一周回るように言われる。
一回転してみせると、獸人はうなずいてから、あたし達を左奥の部屋に行くようにうながした。
部屋に入ると、一人の人がなにやら書類に目を通したり、判子を押したりしていた。
「あの、ここにくるように言われたんですけど…。」
「ああ、どうも。少し待って。今、仕事が一段落するから。」
あれ?
この人…。
人間かもしれない!
耳もあたしと同じようだし、座っているからしっぽはわからないけど、肌の感じとかは人間だ。
「お待たせしました。君は人間だね?」
「はい。えっと、あなたも?」
「ああ、山田光治といいます。君が人間だと証明するのに、いくつか質問をしないといけないんだけど、いいかな?とりあえず、かけてよ。」
「はい。」
あたしは、光治が指差した椅子に腰かけた。
「名前と生年月日、国籍と住所と電話番号。この用紙に書いてもらえるかな?」
渡された紙には、日本語と英語で今の内容のことが書いてあった。
「個人情報とか言わないでね。君が人間だって証明するためだから。まあ、これがこの世界に流出しても、なんの害にもならないと思うけどね。一応、厳重に保管するから、流出は有り得ないけどさ。」
あたしが書いている間、光治はペラペラと話す。
「花梨ちゃんか、確かに人間だ。君は、高校生?」
「中学生です。」
「中学生!そりゃ大変だったね。ここまで無事辿り着けて良かったよ。君達が世話してくれたのかい?同胞として感謝するよ。」
「いや、別に俺らはなにもしてないっていうか、俺は花梨の舎弟だからついてきただけだ。」
「舎弟?」
「まあ、それはいいから。あの、光治さん、青木ユウっていう男の子知りませんか?」
「青木ユウ?人間だね?」
「あたしの幼馴染なんです!ユウもこっちにいるはずなの。」
「人間がこの国にきたら、まずは僕のところにくるはずなんだけど、君が久しぶりの人間だよ。」
ユウはここには来ていない。
ザイール国ではないのか、もしくは申請にきていないのか?
「そう…ですか。」
「その子がこの世界にいるのは確かなの?」
あたしは、写真のことを話し、むこうの世界ではユウの記憶も写真に写った姿も消えてしまったこと、こっちの世界にきたら写真にユウが再度現れたことを伝えた。
「つまり、こっちの世界にくると、元の世界では存在が消えているということかな?」
あたしはうなずく。
「君だけは、ユウ君の記憶がなくならなかった?」
またもやうなずく。
「そう…。それは、なんていうか衝撃的だ。」
光治は眼鏡を外し、目頭を押さえた。
「いや、すまない。僕のことも忘れられているのかと思ったら、ちょっとね…。青木ユウ君だったっけ?今のところ人間が流れてきたって情報もないんだけど、もしなにかわかったら君に知らせるよ。君には、当面の生活費と住居が支給される。職も世話できるだろう。」
「あの、あたしユウを探さないとだから、ここに定住するつもりはないんだけど。」
「それはすすめないよ。こっちの世界は危険なんだ。君がここまで無事にこれたのが奇跡のようなことだ。」
「花梨なら、大丈夫だと思うぜ。」
ホランが横から話しに入ってくる。
「君、無責任にそんなこと!こっちには盗賊が沢山いるし、最近はライオネル国との境に妖魔も出没するって噂だ。中学生の女の子に、盗賊の相手ができるわけないじゃないか。」
ホランもポーも、微妙な表情になる。
すでに、盗賊相手に無敗状態だとは言いづらい。
「あたし、こっちにきて、魔法?みたいなのが使えるようになったんだけど。」
「ああ、たまにあるみたいだね。僕もほら。」
光治が右手の人差し指をたてると、光がほわっとついた。
「暗闇で便利なくらいで、あまり役にはたたないけど。花梨ちゃんはどんな魔法なの?」
「光治さんみたいに、目に見える魔法じゃないんだけど。」
「へえ、やってみてよ。」
あたしは、ほんの軽く光治に向かって力を使った。光治はギャッと叫ぶと、机にへばりついた。
すぐに力を解く。
「ごめんなさい、大丈夫?」
「だ…大丈夫。いや、なんていうか、パワフルな魔法だね。」
首をひねったのか、首をさすりながら言った。
「花梨は、剣術や体術も優れてるぞ。」
「小さいときから、剣道と合気道やってたから。」
「なるほど、見た目のままの可愛い女の子ではないんだね。でも、しばらくは都にいたらどうかな?君の幼馴染もくるかもしれないし、なによりここは商いの都だ。この国中から人が集まるだけじゃなく、他国からも人がやってくる。人が集まれば、情報も入ってくるよ。その中には、ユウ君を知っている人がいるかもしれない。」
「そうかもしれないですね。わかりました。しばらく滞在して、聞き込んでみます。」
「そうだね。その間の滞在費はでるだろう。滞在先が決まったら連絡して。当座の生活費は、三番の窓口で受け取ってね。あと、これは君の個人認識札。この国にいる限り、これがあれば生活費などは受け取れるから、絶対なくさないようにね。」
光治は、赤い札をあたしの首にかけた。
「ありがとうございました。」
「いや、これがこの国での僕の仕事だからね。そのうち、夕飯でもご馳走するよ。他の人間にも会わせたいしね。」
「はい。ぜひ。」
あたしはお辞儀をすると、ホラン達を引き連れて部屋を出た。
「花梨姉さん、住所とか電話番号とかってなに?それにあの文字、かくかくしてて面白いね。」
「住所は住まいの場所を表すものよ。細かく番号がふってあって、住所を聞けばどこに住んでいるかわかるの。だから、手紙とかも届くわ。電話は、…声だけ遠くへ届けるものなんだけど、やっぱり番号があって、同じ番号はないのよ。」
「なるほどね、僕達の世界にはないものだから、それを聞くことで人間かどうか確かめているのか。」
ポーは頭がよい。
少し話すだけで、すぐに理解してくれる。
あたし達は三番の窓口に向かい、さっきもらった赤い札を提示して金貨をもらった。こっちの貨幣価値はわからないけど、たぶん一ヶ月の生活費分くらいの額なんだろう。
「すげえな、おい。人間ってのは、それだけでそんなに金になんのかよ。」
「え?」
ホランは、あたしがもらった金貨を袋に詰めながら言った。
「これ、中流家庭の一ヶ月分の稼ぎくらいあるよ。一人だと、かなり豪華に暮らせるかな。」
ポーも驚いたように言う。
「そんなに?」
「今日は豪遊しようぜ!久しぶりに酒が呑める。」
「バッカじゃない。ダメに決まってるでしょ。」
あたしは、金貨の入った袋を腰にくくりつけると、冷たい視線を浮かれているホランにむけた。
「だってよ、やっぱり情報ったら酒場だろうよ。」
確かに、それはあるかもしれない。
あたしは、袋から金貨を取り出し、ポーに見せた。
「これで何杯か呑める?」
「十分だよ。」
「じゃあ、別行動にしましょ。ホランは一人で酒場に行ってちょうだい。ユウのことを聞いて回って。あと、あたしが探していることも広めて。ユウはあたしがこっちにきていること知らないから。」
「ちぇっ、これだけかよ。まあ、いいさ。増やせばいいだけだかんな。じゃあ、宿が決まったら、窓の外にこれを干しといてくれよ。」
ホランは、赤い布(たぶん下着だわね、手拭いみたいに使ってるけど)をポーに渡すと、金貨を握りしめて走って消えた。
「宿に心当たりがあるから、宿はとれると思うけど…、この手押し車、置いてっちゃったけど、どうしよう?」
役所の外に、荷物を乗せたままの手押し車が置きっぱなしだった。
「とりあえず、あたしがひくわよ。ポー、乗りなさいよ。」
ポーは、後退りしながら両手を振った。
「花梨姉さん、冗談だよね?」
「あんた、熱あるでしょ?隠しても駄目よ。」
ポーの身体が弱いというのは本当らしく、黙っているが昨日あたりから熱があるらしい。
「いや、でも、女の子の引く車に乗るっていうのは…。」
「ごちゃごちゃ言わない!」
あたしは力を使い、片手でも持ち上げられるくらいポーを軽くする。そのまま軽々持ち上げ、手押し車に放り込んだ。
それを見ていた通りがかりの獸人が、ポカーンとあたしを見る。
そのまま手押し車を引く。
最初に動いてしまえば、力を使わなくても、車を引くことができた。
ポーは真っ赤になりつつ、なるべく人に見えないように荷車の中で低くなる。
「ほら、道案内はしなさいよ。」
「花梨姉さん、凄く男前だよね。」
「ふざけてないで、門から出るからどっち行くの?」
「とりあえず真っ直ぐ。花の広場に出たら右。一つめを左。しばらく行った赤い屋根の宿屋だよ。」
「了解。」
人混みの中手押し車を引いて進むと、みなあたしを振り返って見る。
「嫌ね、見せ物じゃないわ。手押し車くらい、女の人だって引いているじゃない。」
「花梨姉さんみたいに見た目華奢な女の子は、あまり引いてないと思うよ。フードかぶってると、妖精族に見えるしね。妖精族は珍しいから。人間ほどじゃないけどね。」
「そう…。いくら珍しくても、こんなにマジマジと見るもんじゃないわ。ほら、花の広場はここよね。右で左ね。」
真ん中に花壇のある広場に出ると、右に曲がった。そして、少し狭い道を左に入る。少し行くと、確かに赤い屋根の宿屋が見えた。
「あの宿屋は、ララの妹がやっているんだ。」
宿屋につくと、あたしは手押し車を停めた。
宿屋の二階から女性が顔を出した。
「ポー様?ポー様じゃないですか!」
ほっそりとして、シザーに顔立ちの似た女性だった。
「今、下ります。ちょっと待って。」
女性はかなり素早く下りてくると、ポーに手を差し出して荷台から下ろした。
「なにか、キンダーベルンで騒ぎがあったって噂を聞いて、心配していたんですよ。何があったんです?」
「キンダーベルン伯が代替わりしたのさ。」
「まあ…。」
「詳しいことは後で。この子、熱があるみたいだから、休ませてあげれるかしら?」
女性は、始めてあたしの存在に気がついたようで、びっくりしたようにあたしを見た。
「サラ、花梨だよ。花梨、ララの妹のねサラだ。サラ、宿をとりたいんだ。できれば二部屋。三人なんだけど。」
「そりゃ、ポー様ならいくらでも用意いたしますわ。」
「じゃあ、ポーのことお願いします。ポー、このお金、預けておくわ。あたしは、市場に行ってみる。」
あたしは金貨一枚だけを握りしめ、後はポーに預ける。
「花梨姉さん、一人で出歩くのは危険だよ。僕も行くから。」
「熱のある奴はおとなしく寝てるの!大丈夫、色々聞いたらすぐに帰るわ。」
あたしは、サラにポーを押しやると、走ってもとの道に戻った。
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