令和擬人化です
「あー、平成のあいだにデビューできなかったなー」
赤ワインをひと息に飲み干して、私は非情な事実を声にした。自分の言葉に自分でおどろくほど暗くなる。
「まーまー、
大学時代の同級生と、行きつけのワインバーに来ています。
改元記念の新キャラである(メタ発言)。強烈なツーブロックのショートカット、両耳を埋める大量のピアス、ゴシックテイストの濃いメイクが、猫みたいな小さな顔によく似合っているけれど、この女子って道職員――公務員なんだよね。
平日に会ってもいつもこんな感じなので、これまで何度も「まさかその格好で働いてるの」と訊いたんだけど、決まって「うん、あたしはいいの」という謎の返事をよこしてくる。あんたは北海道を裏から支配するフィクサーの娘か何かか?
「沙織、絵ェ見てくれた?」
「見たよ」と応えて、スマホでSNSを開く。
クールな長髪イケメンの
「イッスイ」
一水の渾名である。
「何? あっ、沙織『いいね』してくれてたわ。あんがと」
「あんた、今日も仕事だったよね」
「そだよ」
「いつ描いたの」
新元号が発表されたのは今日の正午近くだ。
「昼休みいっぱいかかったから、ごはんを食べそこねてさー。ピザ頼んでいっかな、ピッツァー」
「好きなの頼んで。ピッツァーゴー」
背景とか服の皺とか、気になる部分を拡大しながら、あらためて一水のイラストを観賞した。かっこいい。色っぽい。このふたりの物語が想起される。
数十分で、この華麗で精緻な絵をねえ。
同じ時間で書ける小説は、がんばっても三千字くらい。十枚足らずの小説が、この絵を超える反響と感動を生むことができるか――
「沙織はまぁた難しいこと考えてるねー。うぜえ。愛してる」
「ベイビー、私もあんたの未来を愛してるよ」
私の言葉に一水はけらけらと笑って、おつまみのナッツを口に放りこむ。
「絵描きからしたら文字書きって神よ。マジで尊敬してっから」
「イッスイも小説書くじゃん」
そう、この子は書けるのだ。好きなアニメの二次創作限定だけど、絵と同様に絶妙な呼吸のうつくしい文章を連ねて、もとのアニメをよく知らなくてもおもしろい小説を紡ぎ出せる。ここまで筆が立つのなら、オリジナルの作品だって書けそうなものだけれど――
「一枚絵はともかく、あたしは小説やマンガの一次創作が無理だからさー。すでにあるものを膨らませたり、隙間を埋めたりはできっけど、無から物語を生み出すのはすごい、すごぉいことなんだよ」
「そうかな」
「そう」
一水は真面目な顔をしてうなずいた。
私は、いい友だちを持っている。
「あんたに褒められると嬉しい」
「じゃあ夏に出す新刊も買って。や、それより原作を観れ」
「時間ができたら――」
「時間が勝手にできるわけないっしょ! バカか!」
こら一水、卓を叩くな。
「時間はむりやりつくる。そうやって沙織も書いてんでしょ。半日くらいつくれ。そして観れ。布教に成功するのが同人書きの最大の栄誉なんだよー」
泣くなっつうの。一水は威勢よく飲むんだけど、基本的にアルコールに弱いのだ。もう酔っぱらっている。
スマホがメッセージの着信を伝えた。
「――んあっ!」
「んおっ? 何さ!」
一水をびっくりさせるような大声が出てしまった。
だって仕方ないじゃない。私の驚愕を察してほしい。
沙織さんにご報告です。
恋人が出来ました。
そう書いてある。
あの章子に、彼氏ないし彼女が? いつの間に恋愛してたんだ、あの子は? 過去の「沙織の日々」に伏線があったっけ?(二度めのメタ発言)
「どしたん?」
一水が茫然としている私のスマホを奪い取って、遠慮なくメッセージに目を通す。
「ああ、新しい友だち。写真やってる女子大生。沙織の話聞いてっと、おもしろそうな子だよねー。章子ちゃんがいやじゃなかったら今度紹介してよ。あと沙織ちょろすぎ」
「はい?」
戻されたスマホをよく見ると、衝撃のご報告の下に、不自然な空白が続いていた。
スクロールした最後に、
四月一日らしい内容だったでしょうか?
脱力した。全身から汗が出た。酔いが醒めた。
こんな悪戯をするセンスがありましたか、アコちゃん。
「新井センセー、愉快な友だちが増えましたねー。ワッハッハ」
「まったくね!」
ポテトと生ハムのピザが運ばれてきた。今度会うときにどんな悪戯で逆襲してやろうかと考えながら、熱々のピースにかぶりつく。一水がおかしそうに笑い続ける。改元をひと月後に控えた新年度最初の夜が、にぎやかに過ぎていく。
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