EPISODE 09 会話 II

 合宿4日目、5月4日水曜日の朝。

 今日から合宿も後半戦、出来れば当初の予定のように6日・金曜日の午後には原稿を完成させたい、その気持ちには変わりはなかった。

 しかし俺としては、三田園麗子みたぞのれいこから送られてきた手紙、その内容のことも原稿と同じぐらい気になっていた。

雄太ゆうたたちが来る前に、ささっと印刷してしまおうか」

 朝7時過ぎに目覚めた俺は、朝食前に手紙を印刷をしてから食事に行くつもりで、身支度もそこそこに部屋を出て会議室に向かったのだが。


「あ、おはよう、真人まさとくん」

 俺よりも先に杏美あずみんが会議室に居て、プリンターの前で印刷物が出てくるのを待ち構えるような姿勢で立っている。

 流石にこの状況は俺の想定外だったので、杏美あずみんの姿が視界に飛び込んできたので驚いたのだった。

「……お、おはよう。杏美あずみん、今朝は早いね」

 少し驚いたような声で返事を返すので精一杯の俺。

 何か印刷した紙を数枚、プリンターの排出口はいしゅつこうから取り出した杏美あずみんは、クーラーボックスから緑茶のペットボトルを取り出すと、印刷した紙と一緒に自分の作業ブースに持って行く。

「じゃあ、俺も印刷しますか」

 自分のブースに向かった俺は、まず最初に自分の使うパソコンを立ち上げると、昨日のうちに転送しておいたファイルを作業用のパソコンに一旦保存することに。

 そうしてから、画像フォルダーの方は圧縮ファイルを解凍する一方で、テキストファイルは文書編集ソフトで開き、会議室にあるプリンターで印刷するようにボタンをクリックしていく。

 そして、テキストファイルの印刷が終わると、解凍された画像ファイルを印刷するようにマウスを操作する。

 プリンターの動作音が続き、排出口はいしゅつこうにA4サイズの用紙が貯まっていく。

 全ての印刷した紙が出力し終えたところで、プリンターから出力したこれらの紙を回収すると、自分のブースに戻って椅子に座りながら印刷した紙を確認していく。

 添付された画像ファイルから出力したものを見ていこうとしたのだが、

真人まさとくん、ちょっと来てくれない?」

 またもや予想もしていなかった杏美あずみんからの呼びかけだった。


「……何かあったの?」

 杏美あずみんに恐る恐る尋ねる俺。

「ちょっと、見て欲しいのだけど……」

 そう言いながら、液晶モニターに表示された画像を杏美あずみんが指し示している。

真人まさとくんのところにも、三田園みたぞのさんからメールとか送られてこなかった!?」

 そう俺に語りかけながら、杏美あずみんは椅子を持ってくるように手でジェスチャーをしている。

 俺は休憩スペースに置かれている椅子を持ってくると、開けてくれた杏美あずみんの左側に椅子を置くと、そこに座ってモニターに写る画像を見ることにした。

「小学校……」

「そうよね、これ」

 俺の独り言に反応する杏美あずみん

 送られてきた画像は、俺が通っていた小学校、家があるマンションから見て南西方向、市民体育館の西隣で緑が丘がっこうの南側に隣接する市立の小学校。

 マンションの5階に位置するうちのベランダからも、市民体育館の奥、クリーム色の壁に屋根部分が緑で塗装された、4階建ての鉄筋コンクリート造りの校舎が見えたりする。

 画像には、校舎の南に広がる運動場側からの校舎の写真や運動会の競技風景、東棟と呼ばれる市民体育館側に近い校舎、その前(方角で言えば東側校舎の南側)にある水泳で使う25メートルプール、運動会で学校を訪れている地域の人たちが写ったもの等々。

 後から確認したのだけど、俺宛に麗子れいこから送られてきたのと同じ画像が、杏美あずみんのところにも送られていたのだった。

 そして、注意しながら画像を見ていたのだけど、大半が運動会(小学校は地域の人が自由に出入りすることが出来る)の時に撮られたもので、そこに出てくる運動着姿の子供たちは、小学校3年生か4年生のものだったのだが(胸のワッペン、その上段には「学年-クラス」、下段は「各自の名字みょうじ」という表記なので)。


「多分、これが俺と雄太ゆうただよな」

 何枚かの画像、そこに写り込んでいた小学生の時の俺と雄太ゆうたのものもあった。

 また、女子ばかり7~8人で写っていた画像には、美香子みかこ麗子れいこ悠子ゆうこ三田園みたぞの姉妹(流石に胸の名字を見ないと分からなかったが)と一緒に写っているものもあった。

「……これ、私かも」

 隣りで一緒に画像を見ていた杏美あずみんが、画像に写っている何人かの女の子のうち1人を指さしていた。

「え、杏美あずみんも同じ小学校だったの?」

 杏美あずみんが発する言葉を聴いて、思わずそんなことを言ってしまう。

「そう、この子。隣りにいるのが弥生やよいちゃん」

弥生やよいちゃんって、福永ふくながか?」

弥生やよいちゃんと仲良かったの」

 そう言われて、指先が示す女の子たちを見てみる。

 髪の毛の長さは肩の下辺りまで伸ばした少し華奢きゃしゃというか、腕とかをつかんだら壊れそうな感じの女の子、胸のゼッケンを見てこの子が小学生時代の杏美あずみんということらしい。

 顔立ちとかも「言われてみれば、そうなのかも」という感じなのだけど、俺の記憶の中には無かったように感じたりもする。

 その右隣りで、右手で「ピース」サインを作っているのが福永ふくながだった。

 黄色というか金色というか、キラキラ輝いていた異世界いせかい緑が丘がっこうにもいた福永ふくながが、小学生の時の杏美あずみんと接点があったとは。

 杏美あずみんに断って再度全ての画像を見直してみると、女子たちが写っている画像の中に杏美あずみんが写っているモノが何枚かあったし、三田園みたぞの姉妹の2人と何か会話をしているようなモノもあって、意外と女子同士では交流していたことが画像を通して伝わってくる。

 送られてきた画像を見ながら、6~7年ぐらい前のことなのに覚えていない小学校3・4年生の自分たちに少し驚いたし、同時に、自分自身も数年前の出来事も覚えていないものだなぁ……と思ったりもする。


「でも、なぜ小学校の運動会の画像を送ってきたんだろう!?」

 全部の画像を見終えて、自然とこのような言葉をつぶやいていた。

 杏美あずみんが小学校3・4年生まで、俺や雄太ゆうた美香子みかこと一緒の小学校ところに通っていたことにも驚いたというか、俺の記憶の中にも綺麗さっぱり残っていないこともビックリしたが、この運動会の時に、俺と杏美あずみんの間に何かあったのだろうか!?とも思ったりする。

 小学校の運動会、そういえば三田園みたぞの姉妹の親戚の誰かが有名なカメラマンだというのを聞いたような記憶がある。

 画像を見る今の今まで忘れていたが、その親戚の方が撮った行事の写真とか、姉妹以外にも撮ったモノとか『お裾分すそわけ』ではないが、同学年の俺たちにも何枚か「お子さんが写っていたので、どうぞ」という感じで届けてくれていたことを思い出したのだった。

「ところで真人まさとくん、手紙は読んだの?」

 モニターに写る画像を見ていた俺に、杏美あずみんが尋ねるように話しかけてくる。

「私のところには、こんな感じだった」

 そう言いながら、俺がこの会議室へやに来た時に印刷した紙を杏美あずみんが手渡してくれた。

 そこには、

真人まさとくん、覚えていないと思うので助けてあげてね』

 という言葉から始まるのだけど、その大半が小学校3年生・4年生の時のことを麗子れいこの視点から思い出しながら書いたのであろう、そういう文章が丁寧な言葉遣ことばづかいで綴られていた。

「手紙、ちょっと待って……取ってくるから」

 自分のブースに置いてあるクリアファイルから手紙部分の紙を取り出すと、急いで杏美あずみんのところに戻ってくる俺。

「何が書いてあるのか、俺も初めて見るんだ」

「え、そうなの!?私が見てもイイの?」

 戻ってくる俺の顔を見上げている杏美あずみんにそう話しかける。

「多分、杏美あずみんだけじゃなく、もしかしたら雄太ゆうた美香子みかこが見ても問題が無いモノだと思う」

 こんなことを言いながら、杏美あずみんと一緒に内容を読んでみると。

真人まさとくん。小学校の運動会の時のこと覚えている?』

 麗子れいこからの手紙は、この言葉から始まっていた。


 手紙の前半は、杏美あずみんに送られたモノとほぼ同じ、小学校の3年生・4年生の時の出来事、その中で麗子れいこが記憶に強く残っていたことが書かれていたし、手紙と一緒に送ってきた画像についても分かる限りのことを書いてくれていた。

「そういえば、そんなこともあったっけ。麗子れいこ、よく覚えているなぁ」

 画像の説明を読みながら、こんな言葉をつい漏らしてしまう俺。

 そして、俺の言葉を耳にした杏美あずみん

うっすらとだけど、私、これは覚えているかも」

 返事をするように俺に話しかけてくる。

 こんな感じで麗子れいこが書いてくれた文章を読んでいたのだが、手紙も後半に入り、添付された画像についての話もいくつかを残るだけになった辺りで、

『それで、運動会前日のこと覚えている?』

 と、添付された画像のうち指定された画像を見るように書かれていた。

「「これっ……!?」」

 思わず、の声が重なってしまう。

 指示された画像は、運動会の前日っぽい雰囲気の学校、その正門から運動場に続く通路、そこに飾られた装飾の前で撮られたものだった。

 画像を見て、俺たちが声を上げた後だった。

「おはよう。真人まさと杏美あずみん、大きな声を出してどうかしたか?」

杏美あずみん真人まさとくん、会議室こっちに居たんだ」

 その声で俺と杏美あずみん2人共振り返ると、そこには雄太ゆうた美香子みかこが「何かあったのじゃ?」という顔で立っていた。

「……おはよう、雄太ゆうた美香子みかこちゃん。朝ご飯の時間だったっけ」

「2人共、おはよう。こっちにさせてごめんね」

「で、なんで2人が会議室ここにいるの?」

 美香子みかこの問いかけに杏美あずみんが手短に朝からのことを話すと、

「へえっ、麗子れいこがメールを送ってくるとは」

 どこか想定外という感じで雄太ゆうたが反応したのだが、

「……なんか麗子れいこらしいかも。意外と昔から面倒見がいい子だったし」

 美香子みかこの方は「それほど不思議でもないでしょ」という顔をしながら返事をしていたし、その言葉を聞いた杏美あずみんも肯定の意味で頷いていたのを見ると、麗子れいこについてそういう側面も持っているというのは女子同士の間では周知の事実だったのだろう。

 まぁ、小学校3年とか4年ぐらいになると、男子女子が混ざって何かをするというのも減ってくる時期だったから、麗子れいこに昔からそういう一面があることすら知らなかったし、それは雄太ゆうたしても同じだろうと思ったりする。


「う~ん、どうして運動会の前日っぽい画像これを送ってきたのだろう?」

 クーラーボックスから果汁100%ジュース、その紙パックの口を開けてそのまま飲んでいた雄太ゆうたが、飲み終えた後に話しかけてくる。

真人まさと杏美あずみんに関係するのなら、2人が覚えているという前提で麗子れいこは送ったのだろうし」

「と言われても、運動会当日ならまだしも、準備の時のことまでは覚えてないなぁ」

 雄太ゆうたの問いかけはその通りなのだろうけど、小学校3年とか4年とかの時の出来事とか、それこそ何か強く覚えているような出来事とか無ければ、思い出すにしても判断材料が足らない感じだ。

「で、杏美あずみんも覚えていないの?」

 俺に送られてきた画像とほぼ同じモノが杏美あずみんにも送られてきていたということは、麗子れいこにすれば俺が覚えていなくても杏美あずみんなら覚えている、または、思い出す確率にしても俺よりも杏美あずみんの方が思い出しやすい……ということなのかもしれないが。

「これ、3年なのか4年なのか、それが分かれば思い出せるかもしれないけど」

 流石の杏美あずみんも手がかりが不足なのか、画像の撮影時期を判断出来ないらしい。

 他の画像なら体操服の胸に貼られたワッペンで学年が判別が出来るのだが、この準備の時に撮られた画像、写っている子たちの胸の前にも展示用の板状のものがあり、結果として体操服の胸の辺りが見えないところが曲者くせものだったりする。

「これ以外に、送られてきた画像とか無いの」

 美香子みかこにそう言われた杏美あずみんは、マウスを動かして表示している画像とは別に、送られてきた画像全てを一覧表示にし始めた。

 麗子れいこが指定してきた画像以外でまだ俺たちが見ていないモノ、それをを杏美あずみん表示させると、1枚ずつ閲覧ソフトを操作して4人で確認することにした。

 残った枚数が30枚近く(ということは、全部で60枚前後の画像だったのか!)ということで、運動会の準備または撤収の様子が撮られた画像を見ていったのだが。


「あんたたち、小学校の運動会の画像を見てるの?」

 予想もしていなかった声が俺の席から聞こえてきたので、俺たち4人は揃って俺のブースに移動すると。

「あんたたちが食堂前にいなかったから、何をしているのか気になってしまったよ」

 当然でしょ!とでも言いたげな顔をして、しっかりと制服を着込み出かける準備万端!としている部長ちーさまが、俺のパソコンをあちこちを操作しながらモニターに表示していたままだった麗子れいこからの画像を見ていた。

「それにしても、誰も気づいていないって、余程あんたたちは集中していたんだね」

 俺たちに話す部長ちーさまの表情も、どこかあきれたような風にも見える。まぁ、 俺たちが画像に注意が向いていたためか、いつ会議室ここ部長ちーさまが入ってきたのか、4人共に気づかなかったというのは想定外だったのかもしれない。

部長ちーさま、その格好は!?」

「今日は午前中、小論文の講座に行ってくる。午後はここでお勉強予定」

 美香子みかこからの問いかけに、部長ちーさまは休憩用のテーブルを空いている左手で示していた。

「……そういえば、あんたたちの小学校ってここなのかい?」

「そうですが」

 モニターに映っている小学校の画像、それを確認するように見ている部長ちーさまの問いかけに俺が答えると。

「あたしが6年の時、あんたたちの学校で飾り付けが壊れたとかどうとかで、私の小学校でも運動会の飾り付け、壊れないように何かさせられたのだっけ。この時に腕とかすねとかにり傷が出来たから、今でも6年生の時の運動会、その準備のことは覚えてるわ」

 うちの小学校の運動会での出来事が、部長ちーさまの家がある団地の小学校にも影響していたのか。そんなことを一瞬思ってしまったが

部長ちーさまが6年生の時だったのですか」

「そう、6年生よ」

 確認するかのように尋ねる杏美あずみんに対して、「今でも覚えてるわ」と言いながら部長ちーさまが答える。

「じゃあ、時間だから行ってくる。原稿もしっかり仕上げなさいね」

 パソコンに表示されている時刻表示を見ると、それだけ言い残すと小走りに会議室ここから出て行く部長ちーさま


部長ちーさまが6年生の時ということは」

「俺たちは4年生……だよな」

 改めて確認するかのように言葉を交わす俺と雄太ゆうた

「4年生の時……」

「4年生ねぇ」

 杏美あずみん美香子みかこも、思案顔をしながら言葉を発する。

 再び杏美あずみんの作業ブースに戻り、未だ確認をしていない画像を4人で見ていったのだけど、

「……これって!?」

「多分、そうだと思う」

 残り数枚という時に表示された1枚の画像、そこで画像を切り替える手を止めた杏美あずみんと、画像の内容に最初に気づく美香子みかこ

 表示された画像は、どこかスナップ写真というのかあわててシャッターを切った、そう思えるような少し手ブレのある画像ものだった。

 表示された画像、それが捉えていたものを確認してみると。

 運動場に通じる通路に飾っていたアーチ型とか板状とか造形物。

 通路に沿って並んでいたのだけど、これが何が原因かは分からないが通路側に倒れていく様子が映っていた。

 そして飾りが倒れてきた通路側には体操服を着ていた男女がいて、飾りを背中にして体操服の子に覆い被さるような姿勢をしていた子や、覆い被さった子の下で、後頭部を手で守りながら通路の地面にうつ伏せになる子が映っていた。

「……あ、俺や真人まさととかが巻き込まれた奴じゃないのか」

 画像を確認しながら記憶を辿たどっていく雄太ゆうた

「私と悠子ゆうこちゃんも何かに押されて地面に倒されたヤツだ」

 画像を凝視していた杏美あずみんが思い出したような顔をしていた。

 雄太ゆうたたちの言葉を聞いて、少しずつだけど俺の頭にあった記憶が映画か何かのように脳内で再生されていく。

「急に倒れてきて、背中で支えようとしていたのだっけ、俺たち……」

 少しずつ記憶を呼び起こしている時、自分の背中側にある休憩用のテーブルの方向に振り向くと、机の上に置かれたままになっている紅い鉱石が入っている小銭入れが俺の視界に入ってきた。

 一昨日と昨日、不思議な現象を引き起こし、俺たちを異世界に移動させたり、過去の出来事を捉えた映像を見せてくれた、魔法とか魔力を秘めている鉱石ものが入った小銭入れ。

「何っ!?」

 小銭入れに視線を向けた次の瞬間、より明確なイメージというか映像みたいなモノが俺の頭の中に浮かんでくる。


 小学校の校舎と運動場を区切るかのように校舎の建物に沿って敷かれている通路。

 その両側を挟むように置くために準備された、大小様々な大きさや模様が描かれた灯籠とうろうのような飾り。

 竹かプラスチックのような細い棒でまず長方体を作り、その外側に模造紙もぞうし(地域によっては『B紙びーし』とか『がんぴ』と言われている白い紙)を貼り付けて作られ、貼られた紙には各学年・各クラスごとに文字や絵、模様みたいなものが綺麗に描かれている。

 そして運動会での飾りは、俺たち子ども(児童じどうと言うのか?)だけでなく先生方や保護者有志おとなのひとたちも制作していて、俺たちの小学校では昭和の頃からの伝統行事とも言われていたり、この辺りの新聞とか有名な写真専門誌で取り上げられたことがあると、浮かんでくる映像と共にそんなこともふと思い出していた。

 それら様々な色や形、大きさの飾りなのだが、最初は植え込み側に、次いで校舎側に設置する作業をしている映像を見ていたのだが、何か紐が切れたような音が響いた後、植え込み側の飾りが何らかの衝撃か固定する紐が外れたのか、植え込み側に置かれた大小の飾りが建物側に飾りを付けようとして作業をしていた俺たちに倒れてきたのだった。

 この時、植え込みに近い方に男子が、建物に近い方に女子が居た(校舎の建物、その下側で飾りを設置する作業を女子が行い、男子は上側で固定をする作業をしていた)ため、男子が背中で飾り付けを受け止め足下で作業をする女子を守るような形になっていた。

 そして倒れてきた飾り付けは長い距離で倒れてきたのだけど、これによって壊れたとかいうものはほとんどなく、破れたとしても修理出来る程度のモノだったのが救いといえば救いだった。

「あ、これが俺じゃないか?」

 先生や保護者といった大人たちが、男子たちの背中に乗っかっている飾りを丁寧に地面に置いている中、今よりも幼い顔をした小学校4年生当時の俺や雄太ゆうたに映像は近づいていく。

 そして、俺たちが覆い被さっている身体の下には、女子の伸ばされた髪の毛とかが見える。

 俺の背中にあった飾り付け、上下別々で作られたものだったらしく、下の方の飾り(と言っても、その小学4年生の俺の腰辺りまである大きさだった)と上の飾りを繋ぐめ具が片方離れたらしく、俺の肩からはみ出て女の子の肩から頭に掛けて落ちかけていた。

「今、持ち上げるから我慢しろよ」

 俺の後ろに来た大人たちが、分離しかけている飾り付けを背中から取り除こうとしている。

「……えっ!?」

 俺の身体の下で身体を少し動かし作業をする大人を見上げる女の子、それが小学4年生の杏美あずみんということに気づいて驚いた。

 小学校の時に接点は無いと思っていた杏美あずみんと、まさか、こんなアクシデントで接点があったとは。

「あ、君、少し擦り傷から血が出てる。誰か来てくれ!」

 地面に伏せていた杏美あずみんの腕にあるり傷、そこからうっすらと出血していたのに気づいた大人(多分、保護者の人だと思う)が、大きな声で保健室の先生を呼んでいる。

「君もほっぺたに傷があるじゃないか!」

 保健室の先生と一緒にやってきた保護者らしき大人が、俺の右ほほに出来ていた傷を見て(これは記憶にも無かったなぁ)、俺の手を引いて保健室に行くようにうながしている。

「ほらっ、こっちに来なさい」

 一足先に女性の保護者の方に手を引かれて校舎内に入っていく杏美あずみん、その2人を追うように歩く保護者らしき男性と小学生の俺の姿。

 校庭側にある出入口に小学生時代の俺や杏美あずみんの姿が入っていったところで、脳内に浮かんでいた映像が消えて視界にパソコンのモニターやキーボードなどが戻ってくる。


「これは……夢じゃないよね」

 杏美あずみんの発した言葉で、俺が今見ていた映像が杏美あずみんにも見えていたことを知ったのだが、恐らくは、杏美あずみんだけではなく雄太ゆうた美香子みかこにも見えていたと感じていたし、実際、俺以外の3人も俺が見ていた映像を見ていたとか(後から聞いた話だが)。

 これまで俺たち4人が巻き込まれた色々な現象を思うと、俺だけが見えている訳がない……この数日間の出来事で、俺はそう考えるようになっていた。

「……何が原因で飾りが倒れたのだろう。覚えてないなぁ」

 誰に話すわけでも無く、ふとこんな言葉を漏らしてしまう俺。

 それにしても、誰かが何かをした結果、数メートルの長さの間に置かれていた飾り付けが全て倒れてしまうことになり、その際、俺と杏美あずみんは巻き添えを食らってしまうことになったし、それだけでなくり傷とは言え保健室で治療を受けることになるとは(保健室で治療を受けたことも記憶に無いのだが)。

「……まずは朝ご飯を食べて、頭にも栄養を回さないと。原稿もしないといけないし」

 美香子みかこの明るく前向きな言葉が会議室へやに響く。

 気がつくと、杏美あずみんのパソコンモニターに表示されている時計が朝9時近くを示していた。

「運動会のことは、今日の分の原稿を終わらせてから考えよう。朝ご飯ごはんに行くか」

 美香子みかこの声に反応して雄太ゆうたが「行きますか」と言いながら座っていた椅子から立ち上がると、その声を聞いて俺と杏美あずみんも自分のブースを片付けてから雄太ゆうた美香子みかこの後を追って食堂に向かうのだった。

 

 俺たちが朝食バイキングの会場に着いた頃には、やはり部長ちーさまの姿は見えなかった。

 きっと、会議室から出た後、バイキング会場で朝食を済ませてから予備校に向かったのだろう。

 俺たちは4人がけのテーブルを押さえることが出来たので、それぞれ思い思いに好きなものを取ってきては食べることに。

 食事中、女子2人のところに「朝ご飯はしっかりと食べなさい」とメッセージが送られてきたというのを聞くと、部長ちーさま気遣きづかいというか親心みたいな心配をしているようにも感じたりする。

 いわゆる『母親おかん』属性というやつなのかもしれない。 

 そんなことが、ふと、頭の中をよぎったりする。

 とはいえ、今日に関して言えば、俺が普段食べないミカンやバナナといった果物くだものを食べたり、杏美あずみんも何か食べ物を多めに取ってきた様子で美香子みかこに「今日はそんなに食べるの?」と言われていたりする。

 朝起きて、いきなり色々と消化しなければならない情報量が多すぎた分、朝ご飯を前にすでにエネルギーを消耗しすぎたのは事実なので、4人の中では食べる量が少ない杏美あずみんといえども食べることでエネルギーを補おうとしているのかもしれない、杏美あずみんが食べる姿を見ながらこんなことを考えていたりする。

 実際、俺もいつもより多めにおかず類(焦げ目が付いているフランクフルトとか)を食べているので、俺自身もエネルギーを使ってしまっていたのだろう。


 そんな合宿後半の始まりとなる4日目の今日、食事を終えて取りかかった原稿の進み具合は快調そのものというか、午前中に終わらせる分の原稿を4人共に仕上げることが出来たのだった。

 その後昼ご飯を食べたのだけど、食堂のランチメニューだけで腹が満たされなかった俺は、先輩が差し入れてくれたカップラーメンを1つ手に取ると、会議室にある給水器でお湯を入れて食べたのだった。

 そして、腹が減っていたのは杏美あずみんも同じらしく、バウムクーヘンとかの菓子の箱を差し入れ食品の入った箱から取り出すと、横にあったクーラーボックスから果汁100%のジュースと一緒に食べ始めていたのだった。

 お腹が空いた時、美香子みかこが勢いよく食べる姿は何度も見ていたのだが、こうして美香子みかこ以外の女子がパクパクとモノを食べる姿を見るのはうちの母親とか姉貴あねき、もしくは姉貴の友だちの里沙りささん以外だと初めてかもしれない。

 気がつくと、雄太ゆうた美香子みかこも、会議机つくえの上にあった菓子類を消化して、差し入れの食品類が入った段ボール箱から新しい菓子やつを取り出して食べていたりする。

 そうして満腹になって少しクールダウンしている俺たちが思い思いに休憩していると、「帰ってきたよ」とご機嫌そうな笑顔で部長ちーさま会議室へやに入ってくる。

「「「「おかえりなさい」」」」

 4人揃って会議室へやに入ってきた部長ちーさまに挨拶をする。

「なに、あんたたち。4人とも『満たされている』って顔をしてるじゃない」

 ケラケラと笑いながら話す部長ちーさま、会議机に紙袋を置くと

「そろそろ午後の作業開始時間じゃない?お腹が満腹で睡魔に負けないようにね」

 そう言うとくるりと振り返り、昼食を食べに会議室へやから出て行く。

 相変わらずテキパキ行動するところは、さすがは部長ちーさまと言うべきか。


 そうして午後1時になり4人共に原稿制作を再開したのだが、俺はと言えば、確かに満腹になったためか午後2時を過ぎた辺りから少し眠たくなってきたのだが、コーヒーを飲んだりして眠気を回避し、どうにか睡魔から持ちこたえたのだった。

 午後4時のおやつ休憩の時、俺以外の3人も「少し眠たかった」と言っていたので眠気を抑えながら原稿を作っていたのだろう。

 普段はコーヒーを飲まない美香子みかこが、スティックタイプのインスタントコーヒー(しかも無糖ブラックと袋に書かれたモノ!)を作って飲んでいたので、「珍しいこともあるなぁ」とコーヒーを飲む美香子みかこの姿を見ていた。

 かと思えば、杏美あずみんはレモン味の錠剤タブレット型の菓子を口にして、酸っぱさで少し涙目になっていた。

 俺も一口食べてみたのだが、レモン独特の酸っぱさが口の中に広がり眠気を解消するには効果がありすぎるように思った。

 そして夜6時、アラーム音がヘッドフォンから響いてきたので俺たちは作業を終えたのだが、『こどもの日』である明日あしたの5日には終盤辺りまで描き終えることが出来る(自分の経験上)と思える、そう俺自身が確信が持てるところまで進めることが出来たのだった。

「あれ、あんたたち、いい顔してるじゃない」

 会議机で赤ペン指導の入った小論文の用紙、それを読んでいた部長ちーさまから声が掛かる。

 そう言われてブースから出てきた雄太ゆうたたちの顔を見ると、皆順調に原稿が進んでいる、それが分かるような満足した表情をしていた。

「本当に、明後日の金曜日に入稿出来そうかも」

「いえいえ。ちゃんと確認した上で土曜日に行きますよ」

 何気なく話しかけてくる部長ちーさまに、当然のように答えている雄太ゆうた

「今日の晩ご飯は何だろな?」

「最初の晩に食べた水炊きでもいいかも」

真人まさとは本当に鍋料理好きだよなぁ」 

 会議机のまわりを片付けた雄太ゆうたにそう答えたのだが、こういう話が出来ると言うことは雄太ゆうたの原稿も順調に進んでいる、その裏付けのように思えるし間違いではないだろう。

「あとは、晩ご飯を食べてお風呂に入ってから……にしようよ」

 追い詰められると厳しい顔になる美香子みかこも、俺たち男子2人の話に加わってくる。

「そうよね、一度整理して考えてみましょ」

 そう言う杏美あずみんも、どこか明るい感じで返事をしてくる。 

「ほらほら、一度部屋に戻って準備出来たら受付前に集合だよ」

「「「「は~い!」」」」

 部長ちーさまの言葉に返事をする、最初の頃はタメ口での会話も少しぎこちないことも会ったが、1ヶ月もつと自然な感じになってきたなぁ……そんなことを思いながら会議室へやを出ている俺たちだった。


「お、みんな居るのか」

 受付前で集まった俺たちの姿に気づいた西尾先生が近づいてくる。

 その先生の後ろには、先にどこかに移動するご家族の姿も見える。

「どうだ、原稿は順調に進んでいるか?」

「はい、土曜日には入稿出来る見込みらしいです」

 俺たちの顔を一通り見渡した後、自信ありげに部長ちーさまが返事をする。

「そうか、なら土曜日まで休ませてもらうわ」

 家族サービスをしている感じの西尾先生も自然な笑顔を返してくれる。

「じゃあ、無理だけはするなよ」

 そう言い残して受付前から離れる先生の後ろ姿を、「大人だなぁ」と思いながら見ていた俺だった。

「……私生活でも『仏の西尾』だったとは」

 先生と別れてから大宴会場に向かう間、そう言った雄太ゆうたであったが。

「でも、叱るときはものすごく厳しくなるらしいよ」

 先輩から聞いた話だけど、と部長ちーさまが答えたので少々驚いたりする。

「叱ったところって想像が付かないね」

「でも、奥さんも優しそうな感じだったね」

 美香子みかこ杏美あずみんの女子2人がそんな話をしながら歩いている。

 授業とかでも、叱るというよりさとす感じで話すので、やんちゃ気味な男子でも先生の言葉には従ってしまうという話だ。

 大宴会場の入口に着くと、食欲を誘うような匂いがしてくる。

(まずはしっかり食べて、運動会のことは後で考えよう)

 部屋に入ろうとしたその時、

「お、真人。今日は鶏の水炊きだぞ!お前が好きな」

「本当か!?これはご飯を食べ過ぎるかも」

 雄太ゆうたから晩ご飯のメニュー(入口の脇にサンプルが掲示されていた!)を聴いた俺は、その瞬間、気持ちが全部水炊きに向いてしまったのだった。

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普通に部活を楽しみたい あずみ るう @azumiruu

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