24 魔王城に帰ろう!
エウレカを背負った勇者が洞窟の入口にふわりと着地する。白狼フェンリルに引っ張られてやってきたゴルベーザ山頂上付近の洞窟。だがそこは今、見るも無残な姿へと変化していた。
山道の途中に位置していた洞穴。だが今、洞穴はいくつもの岩塊によって塞がれていた。積み重なった岩塊の隙間から奥の様子を覗くことは叶わない。
大型トラック程にまで大きくなったフェンリルが、洞窟前に現れたエウレカと勇者の姿にフンと鼻を鳴らした。その足元には、先程まで洞窟の奥で縛られていたはずの3人の人間が立っている。
勇者が着地すると同時に魔法を解いたエウレカは、フェンリルに服の裾を噛まれ、そのままフェンリルの背へと乗せられた。白い翼が消えた勇者は、すぐさま仲間達の元へと駆け寄る。
「
勇者が声をかければ、仲間達が勇者の方を向く。
「そろそろ名前で呼んでほしいわね」
「あー死ぬかと思った。そこの狼がいなかったら死んでたな」
「その前にドラゴンに食われていたかもしれんがな」
「それな! ヒーラーがいなかったら今頃……」
「だから、名前で呼びなさいってば!」
つい先程までドラゴンに捕まっていたというのに、勇者の仲間達3人はとても元気そうだった。くだらないやり取りをかわし、声を上げ、笑う。怪我という点で見ても、エウレカに比べれば軽傷である。
「フェンリル。ドラゴン共はどうしたのだ? あと、エルナとケーちゃんはどうした?」
「ドラゴンならとっくに去っていったぞ。エルナとケルベロスはそれを追いかけている。まぁ、今晩中には見失って帰ってくるだろうがな」
「うむ、そうか。……ドラゴンが我を目の敵にする。最悪の事態も考えねばならぬのう」
元洞穴の入口には、3つの頭を持つケルベロスと、幼女の姿をしたエルナは見当たらなかった。勇者の仲間をさらい、エウレカを狙っていたドラゴンの姿もない。
木々の少ない山道。黄土色の地面からは砂埃が舞う。再会を喜ぶ勇者の一味と暗い雰囲気をまとった魔王の一味。その様子を、たった1台のカメラが捉えていた。
強風にあおられてか白い猫耳が揺れる。長い銀髪は、その毛先が蛇のようにうねる。そのシルエットは、猫耳のあるメドゥーサそのものであった。
彼女――シルクスが構えるは動画撮影用のカメラ。そのレンズは、崩壊した洞穴の近くで会話する勇者と魔王に向けられている。
「お主達はこのあとどうするのだ?」
「どうも何も、山を下りてゴルベーザの町に帰るさ。目的は達成したからな」
「そうか。悲しくなるのう」
「その、なんだ。……ありがとな、手伝ってくれて。襲撃に失敗して拘束された時はどうなることかと思ったけど。あんたが良い奴で良かった」
「大したことはしていないぞ。我はただ、我の名を語って人に悪さをする者を許せないだけじゃ」
勇者が魔王城を襲撃したのは午前4時頃のことだった。勇者襲撃騒動から約5時間が経過。勇者と魔王が共に過したわずかな間に、両者の関係は一変していた。
魔王を襲いに来たはずの勇者は魔王と行動を共にし、目的を達成した。襲われた側であるエウレカは勇者を責めることはせず、勇者の動機を知るとすぐさま協力することを決めた。そして今、勇者と魔王は山道にて互いの手を握り合う。
「フェンリルに送らせるか?」
「いや、いい。魔王こそ、早く帰って治療した方がいいだろ。もしかしたら足、折れてるかもしれねーし」
「ケーちゃんがいたら、送らせるんだが……あいにくドラゴンを追いかけに行ってしまってのう」
「いや、ケルベロスが町の近くまで来たらそれこそ大問題だろ! フェンリルはまぁ誤魔化せるかもだけど、ケルベロスはダメだろ。どっからどう見ても魔物だ。3つ頭の動物なんて、俺らの常識にはない」
「ならばせめてシルクスにでもー―」
「あのメイドは別の意味でダメだろ! 変な奴につきまとわれるぞ! お前、部下がストーカーされてもいいのかよ!」
「いや、シルクスはああ見えて結構強いぞ。そう簡単には――」
「そういう問題じゃねーよ! 女子供に送らせようとすんな! 魔族にそういう常識ってねーの?」
「我はそのようなこと、聞いたことがないな」
勇者の後ろには3人の仲間が横1列に並んでいる。3人が3人共、勇者とエウレカのやり取りに笑いを隠せなかった。
「おい、エウレカ。笑われてんぞ」
「む? 笑われるのは良くないことなのか?」
「…………一生頭の中お花畑でいられるといいな、エウレカ」
「ぬぬ! フェンリル、お主、今我を馬鹿にしたな? 今のは我にもわかるぞ! 発言を撤回するのだ!」
「事実だろ? ま、その方があんたらしいけどな」
エウレカがフェンリルの長毛を引っ張る。が、すぐに足の痛みで顔を歪めた。
「今はそこで大人しくしとけ。俺様が魔王城まで連れ帰ってやるからよ。おい、シルクス。あんたも、カメラ構えてないで乗れ」
「私もですか? 今、非常にいい映像が撮れたばかりかのですが」
「人に見つかったらまためんどくさくなんだろーが!」
フェンリルの言葉に、シルクスは渋々カメラをしまう。そして行きと同じように、フェンリルの首に付けられた赤いリードを掴んだ。
「あの……もしよかったら、
「おい、シルクス! なぜこのタイミングで――」
「勝手にしろ。別に、公開されて困ることはねぇし」
「っていいのか! お主、そんなにあっさり返事して良いのか?」
シルクスは別れの言葉より先に、映像使用許可を取る。呆気ない勇者からの承諾に、シルクスの口角が上がった。
「勇者だったか。しばらくは用心しとけよ。また同じことが起きるかもしれねぇからな。エウレカは責任をもって俺様が送るから心配すんな」
「失礼な! と、とにもかくにも、仲間が無事でよかったのう。それと、我の方の騒動に巻き込んでしまい申し訳なかった。達者でな」
「今回の映像は近々配信しますので、公開までお待ちください」
フェンリルのリードを掴むシルクスとエウレカ。3人の口から別れの言葉が紡がれると、フェンリルの四肢が力強く地面を蹴る。次の瞬間、リードに捕まっているシルクスとエウレカの体が宙へと浮かび上がった。
「ふぁ、ふぁれふぁふぇふぁふぃんふぇふぁふふぉー(わ、我は怪我人であるぞー)」
エウレカの虚しい叫び声を残して、フェンリルの姿が一瞬にして遠のいた。もう、勇者達の目ではその姿を捉えられない……。
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