第67話 湖の畔で

 湖から吹いて来る涼しい風にブロンドの髪をなびかせながら、シンシアはセリカに面倒な頼みごとをしていた。

こんなことを初対面の人間に頼むのだから、シンシアはよほど困っているのだろう。


これは王家の結婚問題と言ってもいい。


頭が痛いなぁ。


「あの…要約すると、シンシアは三人の方に一度に結婚の申し込みをされたということなのね。」


「そうなんです。北の公爵と言われているジェフリー・コールマン公爵の第二夫人として、結婚の申し込みを頂いたものが、一番身の丈に合っている気がするんですが…。」


しかし王子二人を袖にするというのは、いかがなものかと思ってるのね。


ヘイズ第二王子が第三夫人として、クリフ第三王子が第一夫人として、シンシアにプロポーズをしているらしい。


しかし兄弟で一人の女性を取り合うなんて。


話し合いをして、どちらかが事前に辞退できなかったのかなぁ。

結局、女性であるシンシアの方が困ることになるんだよね。



ラザフォード侯爵閣下から二人の王子に、それとなくプロポーズを取り下げるように言ってもらえないか、とシンシア言われたのだが…。



どうもダニエルはクリフ王子を応援している気がする。


― そうね。

  昨日も「邪魔しないようにそっとしておこう。」なんて

  言ってたものね。



貴族の関係性がわからないから、このことはダニエルに相談してみるしかないな。




◇◇◇




 湖畔の木立にはゴザが敷かれてあり、そこに寝転んでいる男の人もいるし、料理人がお茶を用意している所へ行って、飲み物を貰っている人もいる。


湖畔に点在する木のベンチにも、何人もの人が座っていた。


若い人たちのグループは、十艘ほどあるボートに幾人かに別れて乗り込んで、早くも湖へと漕ぎだしていた。



セリカとシンシアが皆の所へ合流すると、すぐにヘイズ王子とクリフ王子がもう一人の男の人と一緒にやって来た。


セリカが知らない人は、ヘイズ王子よりも年上に見える。

おじさんというほどではないが、落ち着いた見た目の人だ。


この人が先程話に聞いていたコールマン公爵という人なのだろう。



「シンシア、待ってたんですよ。私たちと一緒にボートに乗りませんか?」


ヘイズ王子の誘いに、シンシアはどう応えようか迷っているようだ。

セリカは助け船を出すことにした。


「あら、シンシア行ってらっしゃいな。女性一人ではバランスが悪いですから、私がエクスムア公爵家の義妹たちに頼んでみます。」


セリカは母親たちと座っていたアナベルとカイラを呼んで、さりげなく王子たちに押し付けた。


アナベルはいそいそと二人の王子に話しかけているが、カイラはしぶしぶみんなの後ろをついて行っている。


そんなカイラにコールマン公爵が、親切に話しかけていた。



ふーむ、こうやって見ていると、カイラの方がコールマン公爵に合う気がしない?


― そうねぇ、カイラは第二夫人タイプだわね。


父性愛に飢えてるから、ああいう落ち着いた人は魅力的に映るんじゃないかな。



セリカがまわりを見回してダニエルの姿を探してみると、人垣から離れたベンチに座って、ジュリアン王子と話をしていた。


セリカが真っすぐにダニエルのところへ行くと、二人ともセリカを見てニヤついていた。


「今度は何を始めたんだい? 縁結びの魔法も使えるんじゃないだろうね。」


「そんなものは使えません。…でも困ったことを頼まれたんですよ。」


セリカがシンシアに頼まれたことを話すと、二人とも難しい顔になった。



「そうか…シンシア嬢は、そういう考えか。クリフの第一夫人に欲しかったんだがな。」


ジュリアン王子はひどく残念そうだ。



詳しく話を聞いてみると、公爵令嬢クラスの魔法量のある人を王族としては伴侶に欲しいが、丁度良い年齢の人になると数が限られてくるそうだ。

それでどうしても人柄も家柄も良いシンシアのような人には、縁談が集中してしまうらしい。



「待てよ、ジュリアン。辞退させるのはコールマン公爵にさせよう。それにヘイズ兄さんはもう二人も奥さんがいるんだから、今回は弟に譲ってもらわないと…。」


ダニエルは何か思いついたようで、くわだてを巡らせているような悪人顔をして、ボートに乗っている六人の様子を見ていた。




◇◇◇




 湖での遊びから帰って来た人たちは、午睡をする人、ビリヤードをする人、サロンでお茶を飲む人など、思い思いに屋敷の中でくつろいでいた。


ダニエルはコールマン公爵と話をしてくると言って、二人でどこかにいなくなってしまったので、セリカはカイラやシンシアと一緒に喫茶室に座ってお茶を飲んでいた。


「あの、セリカ。さっき頼んだことなんですけど…。」


シンシアは気になっていたのだろう。

すぐにセリカの顔色をうかがってくる。


「頼まれたことは、ちゃんと伝えました。」


「ああ、ありがとうございます。」


ホッと息をつくシンシアには悪いけれど、ことが彼女の思う通りに運ぶとは限らない。

ダニエルのことだ、なにか策があるに違いない。


「ねぇ、シンシア。二人の王子様のことだけど、嫌いなところがあるとかで結婚に前向きになれないの?」


「まさか、そんなことはないです。お二人とも素敵な方ですし。」


「でも?」


「…そうですね。王宮を自分の家として考えられないということかしら。うちの領地は南部帯に近いので、開放的な人が多い土地柄なんです。そんな所で育った私には、王宮の暮らしは儀式も多くて、疲れそうな気がするんです。それに…王子ともなると奥様も多くめとられますし、人間関係を思うと…二の足を踏んでしまいます。」


「なるほどね、とてもよくわかるわ。でもコールマン公爵にしても、第二夫人ということなら自分の権限が縛られてしまう部分もあるんじゃない?」


「…そこは、私もちょっと心配してるんです。第一夫人のガブリエラ様が二十七歳で公爵閣下より年上なんです。私と話の合う方なのかどうかが、ちょっと不安で…できたら養子に来て下さる方をと思っていたんですけど…。」



そのシンシアの言葉に、カイラがピクリと反応した。


「シンシアさん、以前もお話しましたけど…養子は、家庭をまとめるのが難しいですよ。」


「ええカイラの話は学院でもよく聞いてたんですけどね。…本当に、オリヴィアがあんな事件を起こさなかったら、私も今更こんなことで悩むこともなかったんですが。」


「え? どういうことですか?」


シンシアはハッとして口をつぐんだが、カイラは自分が説明するべきだと思ったようで、セリカの顔を見ながらハッキリと言った。


「セリカさんの前でこんなことを言うのはどうかと思って控えていたんですが、シンシアさんはビショップ公爵の縁先の方と婚約されてたんです。この度の事件で、破談になったのはシンシアさんだけではなくて、その…コールマン公爵もそうなんです。」


カイラが教えてくれたことを聞いて、セリカはバノック先生の授業を思い出した。


そう言えば、高位貴族の人は小さい頃から婚約者が決まっている人が多いのよね。

ダニエルに婚約者がいなかったから、すっかり忘れてたわ。



「そういえば、カイラには婚約者がいるの?」


「うちの母にそんな前向きな気配りなんてできませんよ。私のことは放っておいて、自分の愚痴を言うのに忙しいんだから。」


…なんともはや。

両親ともが、年頃の娘のことを考えてあげてないのね。



しばらくして、ダニエルが考えた策が見事に実を結ぶことになった。


セリカが「縁結びの魔法を使ったの?」とダニエルをからかったら、「君が関わらないと私の策はスムーズに実行できるな。」と皮肉を言われた。

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