第63話 幸せの華
とうとう結婚式の朝がきた。
小鳥の声で目覚めたセリカは、隣に寝ているダニエルの寝顔を見た。
結婚式のために短く整えた髪が、カーテンの隙間から忍び込んできた朝日に照らされて、艶やかに
あのダレーナの道で出会った時に、春の陽光を浴びて輝いていた金髪が、すぐ手の届くところにある。
あれから三か月…。
長かったようにも、あっという間だったようにも思える不思議な日々だった。
一昨日の事件で思い知らされた。
こんなにも自分がダニエルを愛していたなんて思ってもみなかった。
ダレーナの街では、貴族の中で生きていくのは息苦しいかもしれないと不安に思っていたのに、今はダニエルがいないと息苦しくなっている。
変われば変わるもんだよね。
― そうね。
ロマンスには縁がないと思っていた私たちが、今日は結婚式を挙げるんだよ。
― それもペガサスに乗った王子様とね。
ふふ、ポチに乗った侯爵様だけどね。
「…セリカ。」
ダニエルが無意識にセリカの方へ手を伸ばしてくる。
セリカはダニエルの背中をポンポンと叩くと、声をかけた。
「侯爵様、今日は結婚式ですよ。そろそろ起きましょう。朝食を早く食べておかないと、お客様がいらっしゃいます。」
「んー。…もうちょっと。」
セリカに愛してると言ってから、ダニエルはこんな風に甘えることが多くなった。
今までは、一人で気を張って生きてたんだろうな。
セリカはダニエルのサラサラした髪をかきあげて、賢そうな額にキスをすると、一人でベッドから抜け出した。
自分の部屋に帰って衣裳部屋へ入り、一人で着ることのできる服に素早く着替える。
ウェディングドレスを着る前に食事をしておかなければならない。
今日ばかりはダニエルと一緒に食事ができない。
花嫁というのは忙しいのだ。
部屋を出ると、廊下の向こうからエレナがシャキシャキと歩いてきた。
「良かった。声をおかけしようと思ってたんです。」
「おはよう、エレナ。今日はよろしくね。」
「おはようございます。今日はおめでとうございます、奥様。朝食を食べたらすぐに髪をつくりますからね。」
「ありがとう。薔薇の花は来てるの?」
「もちろん。主人がとびきり綺麗な花を揃えてくれていますよ。」
朝食室に行くと、給仕係のアインとマインが二人して迎えてくれた。
「まぁ、今日は二人揃って給仕してくれるのね。」
「おめでとうございます! セリカ様。」
さすがに双子だ。声がピタリと揃っている。
満面の笑顔に、こちらも元気が出てくる。
「ありがとう。今日はお客様が多いけど、よろしくお願いします。」
「はいっ!」
朝食は、結婚式の日の朝用の特別プレートだった。
ハート型の目玉焼きだ。
これ、どうやって作ったんだろう?
料理人のルーカスやニックが、苦心してハートの形を作ったかと思うと微笑ましい。
◇◇◇
急いで食べた朝食の後は、部屋の鏡台の前に座って、エレナに髪を結ってもらう。
鏡に映っているエレナは真剣な顔で、薔薇やカスミ草を髪にとめていっている。
「ねぇ、エレナもお嫁に行く時に、こうやって誰かに髪を結ってもらったの?」
「ええ。
「へぇ~。」
鏡の中のセリカはいつもとは違う濃い化粧を施されて、よそいきの顔になっている。
朝の新鮮な空気をまとった
お化粧が終わり、ウェディングドレスを身につけると、気持ちまでがキュッと引き締まったような気がした。
セリカは結婚式をそんなに重要視していなかったが、やはりこの日は自分にとって大きな節目の日となるんだなぁと思った。
一人になり、背もたれのない椅子に座らされて、窓の外で
「母さん! ベッツィーも! 来てくれたのね。遠いところをありがとう。」
「まぁまぁ、綺麗に仕上がって。元気そうで良かったよ、セリカ。」
母さんは眩しそうな目をして、セリカの花嫁姿を眺めている。
ベッツィーはキョロキョロと部屋を見回して、信じられないと首を振っていた。
「ダレニアン伯爵邸のお部屋もすごかったけど、ここはまた宮殿みたいなところね。」
「そーなのよ。私も最初にここに来た時はびっくりしちゃって腰が抜けそうだったわ。」
「あの外で走り回っていたセリカが、こんな大きなお屋敷の奥様になるなんてねぇ。」
母さんは、父さんたちも驚いていたと話してくれた。
父さんとカールは一階の控室にいるらしく、そこには招待客が
「貴族の中で居場所がないかと思ってたけど、ダレニアン伯爵家の皆さんが気を使ってくださってね。どなたかが側についててくださってるんだよ。後でお礼を言っといておくれ。」
「うん、わかった。」
◇◇◇
母さんとベッツィーが部屋を出ていってしばらくすると、正装をしたダニエルがセリカを迎えに来てくれた。
― うわぁ、王子様だ!
本当…。
燕尾服を着て、肩から斜めがけに侯爵家の印である幅の広い帯を付けているダニエルの姿は、絵本から抜け出してきた王子様のようだ。
胸には、セリカの髪飾りと同じ色合いの薔薇の花が、ピンで留められていた。
ダニエルはセリカの花嫁姿を見て一瞬息を止めたが、側までやって来るとサッと腕を差し出した。
「さすがアリソンだ。想像以上の出来だな。」
「侯爵閣下の見立ては確かだと言ってらしたわ。ふふ…その時に、昔の話もしてくださったのよ。」
セリカの言葉にダニエルは目を見開いた。
「おいおい、何を聞いたか知らないが…忘れてくれ。」
「いいえ、忘れません。大切な人の大切な思い出だもの。」
「セリカ…。」
「行きましょう、ダニエル! 皆様が待ってるわ。」
セリカとダニエルは扉を開けて、結婚の儀に向けて足を踏み出した。
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