第61話 対決

 息を殺して通信機を見つめていると、タンジェントもすぐ側にやって来て、黙って自分の通信機を指し示す。

セリカも声を出さないようにして頷き、腕のレースをめくって、自分の通信機をタンジェントに見せた。



『…芝桜・・色のドレスを着て、…私に…何の用事ですか? …オリヴィア嬢。』


オリヴィア?!


セリカとタンジェントは目を丸くしてお互いの顔を見た。


なんと、誘拐犯はビショップ公爵の孫娘であるオリヴィアだったらしい。


ダニエルとの結婚を諦めて、ディロン伯爵の第一夫人として嫁ぐと、アリソンが言ってなかっただろうか?

いやもしかして、ビショップ公爵に命令されてのことだったから、本人は納得していなかった?



『さすがですわね、ダニエル様。薬がもう切れてきたんですの? もう少し、あなたの眠る姿を見ていたかったのに…。』


オリヴィアがダニエルの近くにいるのか、話していることがハッキリと聞こえてくる。


『こんなことをして…ただで済むと思っているんですか?』


『ふふ、おじい様がもみ消してくださいますわ。私はあなたの第一夫人になるんですから。』


『クッ…私の妻は愛するセリカ、ただ一人です。他の…誰も、妻に迎えるつもりはありません。』



…愛する?

ダニエルは、私を愛してくれてるの?!



セリカは呆然としていたが、タンジェントがセリカの服を引っ張って、屋敷の裏手に連れて行こうとしている。

セリカは通信機に耳を傾けながら、低く飛んでタンジェントの後をついて行った。



『そのセリカとやらは、すでにあなたの屋敷にはいませんわ。今時分はコルマ男爵が捕まえて、一緒に国外に逃げているところです。』


『コルマ?! …あの者はもう男爵ではない。』


『そんなこと、どちらでもよろしいでしょ。あなたの妻になる人は、もうこの私しかいないのですっ!』


オリヴィアの叫び声が屋敷の壁越しに聞こえてきたので、タンジェントが手の合図で通信機のスイッチを切るようにセリカに言った。



タンジェントが指を五本出して、その内の四本を手でまとめて首を切る動作をする。


― どうやらタンジェントはこの屋敷にいる四人の人を片付け

  てくれたみたいね。


それで時間がかかってたのか。



タンジェントと一緒に、叫び声が聞こえていた部屋の窓の下に座り込む。

窓には厚いカーテンがかかっていたが、中の話し声は微かに聞こえていた。


「あなたを…妻にすることなどありえません。それは今までにもずっと、伝えてきたはずだ。」


「私と一晩ここで過ごしたことがわかったら、責任を取らざるを得ないでしょう。」


「フッ、そんなことをするぐらいなら、この国を捨ててセリカを探しに行きますよ。権力にも地位にも未練はありませんから。」


「なんですってっ?! そこまでして、私を拒むんですのっ?!」


逆上してきたのか、オリヴィアの声がヒステリックな金切り声になっている。



「ヤバい。セリカ様、突入します。援護をお願い致します。」


「フフフ…任せて!」


セリカは地面に手を当てて、思いっきり魔力を叩き込んだ。

屋敷全体が大きく揺れながら地面に飲み込まれていく。


中では突然の地震にオリヴィアがキャーキャーと大声をあげている。


タンジェントはそんなセリカを見て、呆れて首を振りながら、窓ガラスを壊して部屋に突入していった。


急に飛び込んできたタンジェントに驚いて、オリヴィアは後ずさっている。

その間にタンジェントは、ダニエルのいましめをナイフで解いた。


セリカも続けて窓から部屋に飛び込んだが、廊下からも、歪んだドアを壊してガタイのいい男が一人駆け込んでくる。


セリカはその男を、強力な風魔法で吹き飛ばした。

男は大きな音をたてて廊下の壁にめり込み、「ウッ。」という声を最後に気を失った。


「タンジェント、私が押さえているからそこの袋をオリヴィアにかぶせてくれ!」


ダニエルは薬の影響がなくなってきたのか、きびきびとした動作で手を捻り上げ、魔法量の多いオリヴィアを床に押さえ込んでいる。


タンジェントはオリヴィアを袋で包むと、リュックサックから紐を取り出して、芋虫のようにぐるぐる巻きにした。


オリヴィアは悪態をつきながら転げまわっているようだが、この袋は魔力を遮断するらしく、布を破って外に出てくることはなかった。



「早かったな。ここに来るには一刻以上かかると思っていた。」


「それで何人もの男を相手に一人で戦うおつもりだったんですか? 本当に、この夫婦ときたら…。」


タンジェントが冷静に言い放ったダニエルの言葉に呆れている。


セリカは悪態がうるさいオリヴィアの頭を押さえつけて言った。


「静かにしなさい。人の大切な男に手を出してくれちゃって…。おかしな妄想が湧いているこの頭を、カチ割ってもいいのよ。」


地を這うような怒りを含んだセリカの脅しに、さすがの公爵令嬢もビビったのか口をつぐんだ。




「ウッ、ゴホン。お二人ともお昼がまだでしょう。リュックサックにサンドイッチが入ってますから、外でランチをしてこられたらどうですか? この屋敷は…ちょっと使えそうにありませんし…。」


「しかしタンジェント、他にも男がいただろう。」


ダニエルは廊下で伸びていた男に縄をかけながら、不思議そうに聞いた。


「そっちは片づけました。女が一人厨房にいます。そいつは縛ってあります。」


「手際がいいな。」


ダニエルはタンジェントの働きに感心して、意識のない男とリュックサックを交換した。

タンジェントは男の手に魔力を遮断する布をかけながら、こちらは見ておくので任せるように言ってきた。


「それならセリカ、いつものランチにするかな。」


「そうですね。今日はちょっと遅くなっちゃったけど。」



二人は窓から飛び上がって、屋敷の屋根までのぼると、そこにランチの包みを広げた。


「お、通信機のスイッチがそのままだった。」


ダニエルはスイッチを切ると、涼しい顔をしてセリカに尋ねる。


「セリカ、ここの屋敷は少しばかり土の中に埋まっているように見えるが…。」


「…えー、第一声がそれですか? 助かったよ、ありがとう、セリカとかじゃないんですか?」


「セリカ…?」


威圧感があるのよね~、この人。


「すみません、言ってませんでしたが土魔法が使えます。」


ダニエルは目を閉じて天を仰いだ。



「どうして私に言わなかったんだ。」


ダニエルの顔が怖い。

セリカは目をそらして言い訳をした。


「だって、また化け物って言われるかと思って…。」


「…お喋りクルトンか。あの野郎、もう一発殴っとくべきだったな。私にもう隠し事はしないでくれ。」


「わかりました。」



「セリカ…。」


ダニエルの声にセリカは顔をあげようとしたが、目の前がダニエルの胸で覆われた。

ぎゅっと抱きしめられて、頬にキスをされる。


「助かったよ。ありがとう、セリカ。…愛してる。」


耳元でささやかれた愛の言葉が、震えながらセリカの中へ染み込んできた。


「私も、私も愛してます。もう言えないかと思って…怖かった。」


ランドリーさんの話を聞いて、ずっと心の中にあった言葉を、セリカもやっとダニエルに言うことができた。




◇◇◇




 執事のバトラーが飲み物や果物まで用意してくれていたので、セリカとダニエルは見晴らしのいい屋根の上で、風に吹かれながらランチを楽しんだ。


夕方近くになり、強く吹いていた風は徐々に弱まってきていた。


遠くから馬車の音が聞こえてきたので、ダニエルが警戒して空に飛び上がって様子を見る。


「大丈夫だ。うちの魔導車だ。」


空から降ってくるダニエルの言葉に、セリカは胸をなでおろした。

また、敵がやって来たのかと思ったのだ。



馬車が車回しに入って来たので、セリカたちも荷物を持って屋根から飛び降りた。


馬車から出てきたのは、意外な人物、ダルトン先生だった。

続いて知らない人が二人降りてくる。


「助かって良かったのう、ダニエル!」


ダルトン先生はダニエルに駆け寄って、力強く握手をしながら肩を叩いている。


「ご心配かけました。ダルトン先生はどうしてこちらへ?」


「わしはたまたまフロイドに会いに、魔法科学研究所に向かっとったんじゃ。着いてみたら大騒ぎでの。」


「ダルトン先生は、コルマたちを一網打尽にして、退治してくださったんですよ。」


くたびれた背広を着た姿勢のいい中年男性が、ダルトン先生の話を補足する。


「こちらは?」


「あ、失礼しました。私、王都警備局のドイルと申します。こちらは魔法部門の警ら協力部のアレス部長です。」


「アレスです。」


「お世話になります。」



「ということは、犯人を引き渡せるんですね。」


「はい、私どもが預かって帰ります。また日を変えて、事情聴取にご協力いただきたいんですが…。」


「はぁ~、仕方ありませんね。明日の十三刻に予定をあけますので、いらしてください。」


「お忙しい時に申し訳ございません。助かります。」



私たちが話をしている時に、タンジェントが袋に包まれたオリヴィアを担いで連れて来た。


「それじゃあ、わしはオリヴィアの馬車に乗ろうかの。」


どうもアレスさんの魔法量では、公爵令嬢クラスの魔法に太刀打ちできないらしく、ダルトン先生が見張りに手をあげてくれたらしい。


公爵家の魔導車に乗って、ダルトン先生とドイルさんがオリヴィアを護送していく。

うちの魔導車では、アレスさんとタンジェントが男女一人ずつの公爵家の使用人を見張りながら、屋敷を出て行った。



「それじゃあ、家に帰ろうか。」


ダニエルが指笛を吹くと、森の向こうの茜色の空から、ポチが嬉しそうに翔けてきた。



ポチはダニエルとセリカを乗せると、真っ赤に染まった西の空に向かって飛んで行く。


セリカはダニエルの広い背中に頬を預け、逞しい身体をもう離したくないと思いながら、強くギュッと抱きしめた。

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