第38話 引っ越し

 四月の四十日を過ぎると、新フェルトン子爵邸の準備もほぼ整って来た。


後は住みながら手を入れていくことになるのだろう。


セリカも勉強の合間に、子爵邸の受け入れ準備をずっと手伝って来た。



「四十五日に引っ越しをしようと思う。」


お昼ご飯の時に、クリストフ様がそう言った時には、なにか達成感のようなものを感じた。


「とうとうお引越しなんですね。」


「つわりが少し落ち着いてきていて助かったわ。」


ペネロピもマリアンヌさんも、新しい屋敷やこれからの生活に期待をしているのがわかる。

今までは嫁の立場だったが、これからは自分たちが屋敷の女主人になるのだ。

二人とも張り切っているように見える。



そんな喜びの裏側には、別れの寂しさもある。


「この伯爵邸にも三年以上いたから、ここを去るのが変な感じよ。ティムはここで生まれて育ったから、新しい屋敷に慣れるまでは注意して見てやらないとね。」


マリアンヌさんはそう言って、食べていた料理や部屋全体を眺めた。


「そうですね。ここには思い出がいっぱい。セリカにも会えたしね。」


ペネロピもセリカの方を見ながら寂しそうに笑った。



「秋の叙勲式にはマリアンヌさんとペネロピも、クリストフ様と一緒に王都に出てこられるのでしょ? ぜひ会いに来てくださいね。」


「あら、そういえばそうね。この子は七月には生まれるから、私も行けるかもしれないわ。」


「そうね、その頃にはアルマも歩いてるから一緒に行けそうね。…でもセリカの結婚式に行けないのは残念だわ。」


「私も駄目ね。臨月近いもの。」



結婚式のことがどうなっているのかセリカはよくわからない。

ダニエルは準備は順調に進んでいるから、五月に王都に来てから確かめるといいと言って詳しいことは教えてくれない。


どーせ、聞いたとしてもよくわからないしね。


― 日本では自分の結婚式の準備は入念にするのよ。


でも結婚式は一日だけのことでしょ。

後の人生の方が長いじゃない。


― 確かにそう言われればそうね。




◇◇◇




 引っ越しの日の当日は、暑いくらいのいいお天気だった。


伯爵家の馬車を総動員しての引っ越し行列だ。

屋敷の中が空っぽになっているのではないかと思うぐらいの人が出て、従業員も総出で荷物の移動をしている。


「お義父様、お義母さま、お世話になりました。フェルトン子爵邸にもお出で下さいね。」


「孫たちの顔を見に行くよ。」


「マリアンヌ、身体を大事にね。重たいものを持ってはダメよ。」


「ええ、気を付けます。」


「ペネロピ、アルマに陽があたらないようにね。クリストフのことを頼んだわよ。」


「はい。」


最後にクリストフ様の家族が馬車に乗って、玄関前を出て行った。


ティムくんが馬車の窓から手を振っているのを、皆で涙ながらに見送る。



「寂しくなったわね。」


「そうですね。特に子ども達の声が聞こえなくなると、急に静かになる感じがしますね。」


セリカは伯爵夫人と一緒に屋敷に入りながら、喧騒の後の物寂しさを感じていた。


「セリカ、侯爵閣下は五月の何日に迎えに来ると言っていたんだ?」


伯爵に尋ねられてセリカも考える。


「特に何日とは言ってなかったように思います。」


「また念話があった時に聞いてみておいてくれ。君の弟の結婚式が五月五日になったと言っていた。二人で出席した方がいいんじゃないか?」


カールの結婚式?!


「出席できるんですか?!」


「うちの養子になったといっても、実の兄弟じゃないか。行ってやりなさい。」


「ありがとうございます!」


カールの結婚式にはセリカはもう王都に行っていて出席できないと思っていた。

でも五日ならまだ行ける可能性はあるかもしれない。


ダニエルに頼んでみよう。




◇◇◇




 三階の勉強部屋を出ると、廊下がシーンと静まり返っている。


アルマの泣き声もしないし、廊下を足早に歩く女中さんの姿も見えない。


人がいなくなるって寂しいね。


― そうね。

  セリカや先生たちもいなくなると、ここのお屋敷も静かに

  なりそう。


お義父様やお義母様に手紙を書かないといけないわね。


― それはいい考えね。

  

「小人の郵便屋にも会えるし!」



部屋に帰ると、念話器が鳴っていた。


「ダニエルよっ。」


居間のテーブルに勉強道具を置いて、慌てて遮断袋から念話器を取り出す。


すると、まだキッチリと服を着ているダニエルが、書斎の椅子に座っている映像が出て来た。


「やぁ、勉強は終わったかい?」


「ええ。今、三階から降りてきた所です。」


「今日は遅くまで勉強があったんだな。」


「始まりが遅かったんですよ。今日、クリストフ様の一家が引っ越しの日だったもので。」


「そうか、今日だったか。こっちも君の引っ越しの話なんだ。」


「はい、それなんですが。弟のカールの結婚式が五月五日になったそうなんです。二人で出席したらどうかとお義父様に言われたんですが。」


「五日か…。」


「難しいですか?」


「いや、それならこうしよう。五月一日に荷馬車と魔導車を差し向けるから、先生方はそれに乗って、そっちを引き上げてもらおう。君の引っ越し荷物は荷馬車に一緒に乗せて、先にこちらに送って欲しい。」


「はい。」


「乗馬用の服は手元に残しておいてくれ。ポチで五日の朝に君を迎えに行く。」


「ポチ?」


「ポチグリン、ペガサスだよ。」


「?!」


― あのペガサスがポチ?!

  …犬みたいな名前


そんなことより、ペガサスに乗れるんだよ!!

すごくない?



ペガサスの乗り心地って、どんな感じなんだろう?

スピードが出そうだよね。


今日一日感じていた寂しさも薄まって、セリカは五日の日への期待に胸を膨らませていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る