第36話 視察

 フェルトン子爵家の新しい執事にデービス、女中頭にアリスが選出された。


どちらも執事のカースンと女中頭のバリーさん一押しの人だ。

二人が選んだ人がちょうど夫婦だったため、呼び名は名字でなく名前で呼ぶことになった。



デービスは三十歳になったばかりの人望のある人で、今までは年老いたカースンのもとで外向きの仕事をしていたらしい。

コルマ男爵領の併合にあたっても伯爵様やダニエルの手足となって働いていたので、事情もよく知っているので適任だそうだ。


アリスは二十八歳の優しそうな人だ。

もう少し魔法量が多かったらセリカの付き人になる予定だったとエバがこっそり教えてくれた。



この二人が加わって、今日は新フェルトン子爵邸の最初の視察が行われることになった。


セリカとバノック先生、マリアンヌさまの付き人のロイスさん、フェルトン子爵であるクリストフ様の総勢六人が視察のメンバーである。



六人が乗った馬車は快調にフェルトン子爵領に向かって走っている。


ダレーナの街の大通りから西に向かって走る街道に出て、田園風景の広がる中を進んで行く。

この道は高低差がないので走りやすい道だ。


ダニエルと知り合うきっかけになった街の大通りの角を通った時に、セリカは不思議な気持ちになった。


あれはまだ一か月半ばかり前の話なんだよなぁ。


なんだか急激に自分の人生が方向転換した気がする。



小鳥の声が響き渡る峠を抜けると、小さな山が点在するフェルトン子爵領に入っていった。


― 今日はゴールデンウイークのような気候だわ。

  山の緑が綺麗ねぇ。


うん、晴れて良かった。

こういう天蓋てんがいのない馬車だと雨が降ったら大変だもの。



座席の前列に座ったセリカとクリストフ様とバノック先生は、馬車の心地よい揺れとピクニックに向かうような天候に、気分が浮き立っていた。


「風がいい気持ち。」


「弁当を持ってくればよかったな。」


「そうですわね。でもあちらの料理人の腕をみるのも今回の目的の一つですし。」



「コルマ男爵の使用人も使わざるを得ないとはな。デービス、人柄は本当に大丈夫なのか?」


クリストフ様が振りむいて、後ろの席に座っているデービスに質問する。


「ええ。三分の一の人間は解雇しました。男爵の遠縁だとかで仕事も碌にしていないのに雇われていた者がいたんです。残っている者は身元や経歴がしっかりしていたので、そのまま屋敷の管理を任せています。料理人は以前、王都のレストランで修行をしていたとかで、まずまずの腕だと思われます。」



一刻半、馬車を走らせると新フェルトン子爵邸に着いた。


二階建ての屋敷だが敷地を広く取っているので、ゆったりとした建ち姿に見える。


馬車が車回しに入ると、大勢の使用人が玄関前に整列しているのがわかった。


「出迎え、ご苦労。今日は世話をかける。」


クリストフ様が挨拶をすると、全員が一斉にお辞儀をした。

一人の男の人が一歩前に出て挨拶をする。


「私は料理長のガスキンと申します。執事も主任クラスの者も全員解雇されていますので、私が挨拶をすることをお許しください。」


「そうか。許す。」


「ここに出ておりますのが、ダレニアン伯爵閣下が残してくださった従業員のほぼ全員になります。庭師が一人、風邪で休んでおります。それと厨房に火の番として一人付けております。」


料理長さんは田舎の農家のおじさんのように日に焼けた人のよさそうな人だ。

慣れない挨拶を汗をかきながらしている。


「わかった。こちらが新しい執事のデービスだ。その妻のアリスが女中頭になる。昼食の後に従業員との面談の時間をもうけるので、今後のことは二人からの指示に従ってくれ。」



「フェルトン子爵、まずはお茶になさいますか?」


デービスさんが早速、動き始めたようだ。


「そうだな。全員が一旦部屋に落ち着いた後で、半刻後に食堂に集まってくれ。それぞれの印象をお茶を飲みながら話してもらおう。」


「かしこまりました。」


アリスが女中のところに行って、お客様を部屋に案内するように指示している。


まだ指示系統が出来ていないので、誰が誰に付くかで二言三言話をしなければならないようだ。



こうしてみると執事や女中頭の仕事というのは大変だというのがよくわかる。

これだけの人数の人たちの癖や経歴、適性などを全部把握していて、屋敷がスムーズに機能するように動かしていくのだ。


― オーケストラの指揮者のような目や耳が必要なのね。


あの二人はまだ若いけど、大丈夫なのかしら?


― たぶんクリストフ様の家族に合わせて選ばれたんでしょう

  ね。


ああ、アリスの年齢がクリストフ様より十歳上だもんね。年寄り過ぎず、若すぎないということなのかな。



セリカを案内してくれたのは、少し影があるような綺麗な二十代の女性だった。


「こちらのお部屋をお使いください。」


「ありがとう。食堂に移る時間になったら声をかけて下さいね。」


「はい。承知致しました。ごゆっくりおくつろぎください。」


対応も、所作も落ち着いた人だ。

ダレニアン伯爵邸にいても遜色ない人材に見える。


コルマ男爵に雇われていたといっても大丈夫そうだね。


― そうね。

  この部屋も間取りから言ったら、家族棟に近い客室だから

  ちょうどいい選定ね。



セリカは部屋の中に入って窓際の椅子に座った。

そこから部屋全体を見廻してみる。

セリカが今住んでいる部屋よりは狭いが、このくらいが丁度いい広さだ。


立ち上がって隣の寝室に行ってみると客室にしては広いベッドがあった。

衣裳部屋やバスルームなども覗いたが、きれいに掃除がされていた。



このドアは何のドアだろ?


セリカが衣裳部屋の横のドアを開けてみると、廊下が現れた。


あれ?

こんなの間取り図になかったね。


どこに続いているのか歩いて行くと、またドアがあったので開けてみる。


「こっちも部屋なのかな?」


「おいセリカ、君はどこから出てきたんだ?!」


「…クリストフ様?」


そこにはベッドに寝転んでみているクリストフ様がいた。


「ということは、ここは主寝室なんですか?!」


「……………。」



どうもこれはおかしな構造になってるぞ。

客室と主寝室が廊下で繋がってるみたいだ。


クリストフとセリカは頭が痛くなってきて、執事のデービスと女中頭のアリスを呼び出した。


二人は慌ててやってきて、クリストフ様の話を聞くと雇人の人たちに話を聞きに飛び出して行った。



後から話に聞いたところでは、セリカを案内してくれた綺麗なお姉さんは元コルマ男爵のお手付きの女中さんだったらしい。

爵位を持っている貴族は、全員コルマ男爵のような人だと思っていたらしく、セリカをクリストフ様の妾だと思ってあの部屋へ案内したということだった。


「おいおい、こんなことがダニエルに知られたら、僕は殺されちゃうよ。」


「冗談を言ってる場合じゃないですよ、クリストフ様。こんな環境で子ども達が育つのかと思ったらゾッとします。徹底的に調べて、こんなおかしな廊下は潰しちゃわないと。」


「そうだな。やれやれ前途多難だぞ、これは。」



元コルマ男爵邸は、そんなこともあって最初から難あり物件だということがわかったが、昼食の時にセリカはまた驚くことになる。


貴族風の味付けになっているんだろうなと思って食べたパスタが、父さんの味だったのだ。

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