第二話 都会育ち、山形で漬物と山菜を知る

 東海林家で夕食を共にすると、大輔の人生の中で殆ど縁がなかったものとほぼ毎回出くわしている。そう、山菜だ。

 ビルに囲まれた都会では目にする機会すら無かった山菜が、ごく普通に食卓に出てくる光景は、引っ越す前には想像すらしていなかったものだった。今日はわらびの一本漬けと味噌汁、そしてふきの煮物が食卓に鎮座している。


 そういえば引っ越してきたばかりの頃は、よく見かけるかき揚げや海老、かぼちゃやイカに混じって、ふきのとうの天ぷらが並んでいたことを思い出す。その光景に衝撃を受けていた大介をよそ目に直樹は、ふきのとうは苦味が強くてあまり好きではない、とこぼしていた。そこで自分も一つ食べてみるとなるほど、たしかに独特の苦味が口の中いっぱいに広がった。大輔はふきのとうの天ぷらを次々とつまみ上げながら、案外酒のつまみに良いかもしれないと感じた。ふきのとうの天ぷらに箸を進める大輔を見て、直樹が怪訝な顔つきをしていたのは今でもはっきりと思い出せる。

 

 桜が散り始めた頃になってくると、筍やタラの芽が食卓に出ていた。大家さんによると筍は親戚が家の竹林から取ってきたものを分けてもらったそうだ。大輔は家の中に竹林があるという光景が想像できずに呆然としていた。だが大家さんからその親戚の持っている山の中に竹林があると聞いて、大輔はますます訳がわからなくなった。しかし隣でそれを聞いていた直樹には動揺の色がなく、「あそこの山おっきいしなぁ」なんて普通に話している。

 呆然と二人の会話を聞いていた大輔だったが直樹は、

「ここの家さも山あっぞ? 今日の天ぷらのタラの芽も家の裏の山からとってきた奴だべ?」

と、大家に問いかける。

「んだ、タラの芽はおれんちで植えてんだず」

と台所から返答が来て、大輔は田舎の土地のスケールの大きさに唖然とするしか無かった。その日の東海林家での夕食は食べるたびに家の裏の山や家の山の竹林にばかり意識が向かってしまい、料理の味に集中できなかったのだった。


 今日の食卓に並ぶ山菜料理の中で大輔が一番衝撃的だったのは、わらびの一本漬けである。

 もともと大輔は漬物をわざわざ買ってまで食べたり、家で漬物をつけたりするほど漬物に関心がなかった。だが山形に引っ越してから大輔の漬物に対する認識が変わった。

 そもそも、東海林家や職場で持ち寄られる漬物の幅が広いのだ。直樹いわく、山形は「東の山形、西の京都」と呼ばれるくらいの漬物文化があるらしい。山形で食べる漬物は、塩気が強すぎることもなくちょうどいい塩梅のものが多かった。食べる機会も格段に高く、毎日のように職場には漬物が並び、東海林家では毎回のように漬物が出た。

 大輔がわらびの一本漬けを口に含むと、唇だけでわらびが潰れた。わらびに限らず山菜には独特の苦味のイメージが付きまとう。しかしこのわらびはアク抜きがしっかりとなされているのか、エグみが殆ど無い。それどころかわらびのぬめりのあるなめらかな触感と、程よい塩味の醤油味が絶妙なハーモニーを奏でている。


 わらびの一本漬けの食感を楽しみながら大輔はふと、直樹と出会わなかったら今頃どうしてただろうか、ということが浮かんだ。

 もし別のアパートに住むことになって大家が別の人だったら、人との関わりに積極的ではない大輔は、直樹と出会わなかったに違いない。そう考えると自分が今食べているわらびの美味しさも、一生知らないまま過ごしていたかもしれない。

 そう気付いてしまえば、今まで自分が暮らしていた都会と違って、店も車に乗らないと行けないような自然が身近すぎるぐらい近くにある便利とは程遠いこのアパートに引っ越してよかったな、としみじみ感じた。

 直樹の突拍子もない発言に巻き込まれているのも、もしかしたら悪い気はしないなと思ったその時である。直樹が、

「大輔さん、明日温泉にでも行かねが?」

 と話を振ってきた。

「明日俺仕事あるんで……」

 前言撤回。この人他人の事情なくお構いなしなだけだ。

 大輔は残念そうな顔をしてうなだれている直樹を見ながら、ため息を吐いた。

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