勇者&ダンジョンマスター:10日目(前半)
勇者:10日目(前半)
「いやー、極楽、極楽!」
早朝の露天風呂の湯船から、徐々に薄明るくなっていく山の端を眺める。薄れていく紺からオレンジへのグラデーションの中から、僅かに光が漏れ、気付けば辺りが明るくなる。なんとも気持ちのいい朝だ。まあ、それに朝ならラッシュもいない。どうせ昨日も遅くまで酒場に飲みにいってたんだろう。ラッシュといるとトラブルにでも巻き込まれるし、そんなんはパスだ。例えば、今の温泉ならあいつは覗きとか絶対する。そして大抵このパターンでは無辜の変態大魔王が生まれるのがお決まりだ。それは嫌だ。まだあいつがぐーすか寝てる今ならゆっくり浸かってられる。ただもう回復すべき疲れも殆どとれているわけだが、気持ちがいいから仕方がない。
昨日、『樹海の辻斬り』を討伐したおれ達は綾のダンジョンに挑む前に『旅立ちの街』へ戻り、一旦疲れをとることにした。今や金持ちの街ともなったここでは様々な施設が充実している。辻斬りを討伐するまでほぼダンジョンに篭もりきりだったおれ達の懐はそこそこに潤ってたこともあって、マッサージなどのサービスもあるような温泉宿に泊まって贅沢をした。元の世界も含め生まれて初めてのアロマオイルマッサージなんてものを頼むなんてこともしてみたりした。お姉さんに担当してもらったラッシュがおじちゃんが担当になったおれに終始ニヤニヤとした視線を投げかけ続けたのには、少しだけイラッとしてしまった。だがおれは知っている。みてしまった。お姉さんがラッシュの様子にドン引いて苦笑いを浮かべていたのを。まあその武器のおかげで昨夜やたらテンションが高く「女湯覗きに行こうぜ!」とかほざくラッシュを即座に黙らせることができたが。だいたい『隠密』なんてスキル1つで、おれ達のまだまだ知らないスキルを駆使して戦っていたベテラン冒険者達の街で覗きなんてできる筈がなかろう。そういうのは賢くおれみたいに『気配察知』を使えばいいんだ。気配察知は優れもので直接像を捉えることは出来ずとも大体の行動は察知できる。その性能は手の届きそうで届かない楽園を脳内に再現してくれる。湯に肩まで浸かり、スラリとした手足を伸ばし寛ぐ気配、ヒタヒタと湯船の端を歩く気配に、火照った身体を椅子に腰掛け冷ましている気配…。と、女湯の光景に妄想を膨らましていると、ある違和感に気付く。あれ?気配が多過ぎる。女湯の。昨日は多くの人が入ってる時間帯だったからわかるが、今は早朝の朝風呂だ…。こんな朝早くからここまでの人がいるだろうか?実際、男湯にはおれ一人しか浸かっていない。湿った顎を撫でて考える。湯霧に霞む石造りの浴槽の端に腰掛け思考を巡らせる。手を伝い、肘から垂れた水滴が静かにお湯を打つ。
ぴちょーん…、、、
あー、なんだそういうことか。これはあれだ、妨害系のスキル…。ジャミング。いや、女湯の様子を再現してる辺り、幻惑系との複合の上位スキルか?なかなかこれは手強いな。口から自然と笑みがこぼれる。
ふっ…、
「くそがあああああ!!!!!」
朝焼けの露天風呂に怨嗟に満ちた絶叫が木霊す。
「ったく…、なんだよソウ。朝から機嫌悪ぃな…」
おれに叩き起こされたラッシュが綾のダンジョンへと向かう道中、愚痴を垂れた。おれは「なんでもねぇよ」とだけ素っ気なく返す。露天の別天地が露と消えたおれは、部屋でまだ眠りこけているラッシュを蹴起こすと、さっと準備をすませダンジョン攻略へと出かけたのだ。
「それよりもダンジョン攻略の作戦の確認しとくぞ」
「あぁ、そうだな…!」
まあ話題は逸らしておこう。聞かれると面倒だ。と…、まあ作戦と大袈裟に言ってみたもののダンジョンの現状をそこまで知らないわけだし大したものではない。ダンジョンの入口に到着したおれ達は手筈通りにまず『隠密』スキルを発動する。これは気配を殺すスキルで、相手のスキルに感知されなくなる。勿論目視や物音などではバレる訳だが、ダンジョン内全ての気配を感知できるダンジョンマスターの綾に見つからないというのは大きなメリットだ。そうしてダンジョン内に潜入したおれ達は『気配察知』と『鷹の目』を駆使し戦闘を避けながらダンジョン深部を目指す。
「なあソウ…。このダンジョンこんなに明るかったか?」
ダンジョンの岩陰から小部屋の様子を伺っていたラッシュが口を開く。確かに前回潜入した時も明るさには助けられたものの、こんな青空さながらの小部屋には記憶がない。ダンジョンも様変わりしたという訳だ。おれはラッシュに相槌をうつ。
「あぁ、ここまでは明るくなかった。それに『フォレストボアー』や『ハニービー』なんてモンスターもいやがる…。当然と言えば当然だがダンジョンも成長してやがるな…」
言葉と共に自然と溜息がもれた。前回の潜入から約1週間…。流石に時間をあけすぎたと思うし、何より綾のダンジョンの情報を手に入れてなかったのは流石に我ながら間抜けだ。こっちは最後まで温存しておく予定だった炎魔法まで切ったってのに、こちらが得た情報はネームドモンスターがいることくらいだ。せめてもう一度くらい軽く探索してから特訓にでてもよかったかもしれないなと、少しだけ反省する。
そんなことを考えながら曲がり角に差し掛かろうとした時に、背後の方で気配察知に何かが反応する。何か探すようにふらふらと、だが分かれ道を違わずにこちらへと接近してくる。
「おい、ラッシュ。何かに付けられてる。恐らくポチウルフだ。2匹…、臭いを辿られてるな」
「はっ、臭い消しでも持ってこりゃよかったか。どうする?」
おれはもう一度ポチウルフと思しき気配に意識を傾ける。このペース、臭いを辿りながらとはいえおれ達よりも進むのが速い。これ以上こっちが急ぐと別のモンスターと遭遇する可能性も高くなる。挟み撃ちという展開だけは避けたいところだ…。
目配せをするとラッシュは素早く弓矢を構え矢を引き絞る。おれは片手剣を抜き放ち魔導書を構えた。とるべき手段はシンプル…
「速やかに仕留めるぞ…!」
ダンジョンマスター:10日目(前半)
「ねぇ、クロ…。ポチウルフが2匹倒されたみたいなんだけど、ほら、ここのリザルト…」
私はいつもの肩の特等席に座るクロの喉をかいてやりながら、ダンジョンメニューを指差す。
「にゃー、まだ流石にこのダンジョンの野良モンスターじゃポチウルフには勝てない筈にゃ、サーペントの毒なら分からないかもにゃけど、2匹同時となると確かに変だにゃ…」
クロも隣で首を傾げる。考えても仕方ないだろうし、とりあえず何か異変がないかこのダンジョンの防衛隊長でもある山賊うさぎに会って聞きに行くことにした。山賊うさぎのいる防衛部屋ではコンダクターバードの指示の元、子分うさぎと兵隊イタチ達が鼻歌鳥を乗りこなす訓練が行われていた。まだまだ鼻歌鳥にしがみついて、乗りこなしているというのには程遠い。なんとも微笑ましい。自然と頬が緩む。と、私がその様子をにやけながら眺めていると、1匹の子分うさぎが鼻歌鳥に振り落とされ、私の方へと飛ばされてくる。そしてポスリと私の腕の中へと収まる。……。着地する前に受け止められ驚いている子分うさぎを既に私が撫で回し始めていると、コンダクターバードがフワリと私の前へと優雅に舞い降りてピッとお辞儀する。
「おぉ、マドモアゼル!気付かずに、これは失礼いたした!それにこんなお見苦しい所まで見られてしまいお恥ずかしいものですな!何かワタクシ共にご入用で?」
「あぁ、うん!まあそんなとこ。ダンジョン内でポチウルフが2匹倒されたみたいなの。でも何か新しいモンスターが侵入したみたいでもなさそうだったし、こっちで何か変わったことなかったかなって」
私がその事を伝えるとコンダクターバードも不思議そうに頭の飾り羽根を揺らす。
「いいえ、こちらはいつも通り穏やかなものですよ、マドモアゼル。ダンジョン内の鼻歌鳥達も特に変わったことはないとのことですが、そちらの意見はどうですかな、頭どの?」
そうコンダクターバードが投げかけると、切り株で作った椅子に腰掛ける如何にも荒くれ者といった風貌のうさぎが応じた。片耳は欠け、眼帯に大きな古傷、ワルイドさ満開の山賊うさぎだ。頬杖をついて煙草のように齧っていた木の枝をポキリと折り、半分をそのままムシャムシャと食べ、山賊うさぎがこちらに顔を向ける。だがこの粗暴にみえる山賊うさぎも兵法には心得のある切れ者さんだ。
「あぁ、こっちもダンジョン内のモンスターから何かあったなんて報告はねえぜ、ボス」
どうやら私の杞憂だったみたいだな、と私が「そっか」と胸をなで下ろすと、山賊うさぎが神妙な顔付きで目を細める。
「ただまぁ、このダンジョンの生態系のトップの捕食者連中が2匹も倒されて何もねえっつー異常事態だがな」
「ですよねー!」
まさか本当に何も異常がなかったなんて本気で思うほど私はバカじゃない。ほ、ほんとだよ?で、問題はどう対策を打つかになる。あー、まあなんとなく相手の察しはつくけど、いきなり決めつけては不味い。
「ねぇ、お頭。お頭は今ダンジョンで何があったと思う?」
「十中八九『潜伏』持ちの仕業だろうな。か、その派生系。で肉食モンスターが狩りをしに来ただけなら『ポチウルフ』なんかより、穴掘りねずみとかに被害がある筈だ。それもねぇってことは冒険者が最有力候補っつーわけだ。来そうな冒険者に心当たりがあるだろ?」
コクリと頷く。勿論ある。そーちゃんだ。
「ならあれ使う?でも潜伏してるってなると作戦変えないとダメだよね?」
"あれ"とはそんな勿体ぶるものでもない古典的なあれだ。まあ異世界ならではの嫌がらせもしてあるし、ここ数日で色々とやりたい放題してやった。とりあえずそのトラップにどう嵌めてやるかが問題だ。
「なんにしろ奴さんを見つけ出す術がねぇと誘導もクソもねぇ。最悪は"あれ"は諦めてここで迎え撃つだな」
「あ、待って!なんかちょっと思い付きそうなの!こーゆー時のそーちゃんって確か…、、、」
額に手をあてて考え込む。いえ、思い出す。昔の、懐かしい思い出を。記憶の奥底から引きずりだした過去に少し頬を緩ませる。昔からそーちゃんは慎重なのかと思えばいきなり思い切ったことして、案外適当で…、自然と笑みが深くなっていく、と言うよりも段々と悪い顔になる。私の肩にのったクロが私の様子に気付きビクリとしても気にしない。ふっふっふっ…!
「あのね、みんな聞いて。いい作戦があるの。私、こーゆー時の読み合いでそーちゃんに負けたことないんだから」
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