勇者:5日目

馬車に揺られながら街道を過ぎ行く草原を眺めていた。おれとラッシュは今、初まりの街を出て2つの村を過ぎ、3つ目の村に着こうとしていた。先日、綾のダンジョンであえなく撃退されたおれ達は、また無謀に突っ込むなんてことはせず、しっかりと鍛え直すことにした。そこで今目指している村、『サザメキ村』の側にある天然ダンジョン『さざめきの樹海』、そこのボス『ジャイアントシザース』のネームド、『樹海の辻斬り』討伐を目標に掲げた。このモンスターはこの世界では転生者最初の難関であり、コイツが一人で倒せれれば一人前といったとこらしい。

やがて馬車は草原から木立へと入り、視界がふっと薄暗くなる。そよ風と木漏れ日に交じり、小鳥の囀りや草むらからガサガサといった音が漏れてくる。どんどん深さを増していく木々の隙間からログハウスのような建物がチラチラと見えてくる。目的地の『サザメキ村』だ…。村の門のような木のアーチを潜り視界が開けるとそこは異世界そのものであった。いや異世界ですけれども…!一言で言うなら、エルフの村!異常な程に大きく育った木々には窓がつき、大きな枝には梯子が渡してあり、所々ログハウスのような建前が立っている。そして道行く人は…


「おい見ろよ、ソウ!!ここの住民耳が尖ってやがる!!マジもんのエルフだぜっ!」


ラッシュが声を弾ませる。勿論おれだってこんなとこへ来ればテンションは上がる。興奮するおれ達に、御者のおじさんが広場の手前で馬車を止め声をかけてくる。


「ハッハッハ!!よォ!着いたぜ!兄ちゃん達、この村は初めてか!まあ楽しむこった!じゃあ達者でなァ!」


馬車を降りたおれ達は村をみて回りたいのを我慢し、まず飯屋へと入った。空いてるカウンター席につくと、ラッシュと店内の内装や小物に目を奪われる。どれもハンドメイドといった具合の木製のものに魔法で細工がなされていた。オサレだ!お土産屋かなんか売ってねぇかな…。おれとラッシュがすっかりエルフの調度品で盛り上がっていると若干頬をほころばせた店主がやってくる。白い肌に長い金髪。そして極めつけはなんと言っても、その尖る耳!エルフだ!エルフの店主がやってきた!


「いらっしゃいませ。ご注文は何にされますか?」


これぞエルフか!と言うべき優雅な仕草だった。おれ達にサービスのお水を出してくれると注文を聞かれた。そこでおれ達はメニューに目を落とす。メニューのページをめくっていくと、そこには森の恵をふんだんに使った料理が並ぶ。


「あぁー!決められねぇ!なぁマスター、何かオススメってあるか!出来ればこう、エルフの村!って感じのものが食いてーんだ!」


ラッシュが決めきれずそう呻くと、店主は嬉しそうに笑みを更に深めると、顎に手を当てて考え込む。


「エルフの村らしいものですか…!ふーむ…、エルフのイメージは人や世界によって若干違いますしね…。ウッドホーンのハーブステーキなんて如何でしょう?それかワイルドフェザーの串焼きなんてものもありますが」


「おっ!それ美味そうだな!じゃ、おれはウッドホーンのステーキで頼む!」


「ならおれは串焼きの方にするかな!なぁ、ところでマスター!エルフのイメージってのは個人とかでそんな違ったりするのか?」


料理を注文するとおれは店主の言葉が気になったので尋ねてみる。店主は厨房の方にオーダーを伝えると愛想良く応じてくれた。


「そうですね…。狩人のように野山を駆け巡る方もいらっしゃれば、狩りなどはせずのんびりなんて方もいらっしゃいますし、自分の工房に篭もりきって魔術の研究に没頭なんて方もいますね。まぁ、人それぞれです」


店主の言葉に頷きつつも何か違和感を感じていた。すると店主がそれを感じとったのか何かに気づく。


「あぁ、もしかしてお客さん、転生したてとかでしょうか?」


店主の言葉に困惑しつつも頷く。それが何か関係あるのだろうか…?


「そういうことでしたか…!それは分からないわけですよね…!ま、ここだけの話、エルフなんてこの異世界にもいなかったのですよ…!それで異世界でこんな村に住みつこうなんて人は大抵エルフとかが好きで、みんなエルフのロールを演じているのです…!まあ演じているっていっても変質魔法とかで耳を弄って!とかってレベルですけどね…」


あぁ、絶句。夢は打ち砕かれた。これが現実というものだ…!ファンタジーな異世界まで行こうともファンタジーはファンタジーなのか…!おれ達が唖然としていると、店主が苦笑しながら付け加える。


「本当のことを知った時は私もそんな感じでしたよ…!でもエルフがNPCで人間味を感じないってよりはマシかもしれませんけどね…。それに子供達はどうやら親の変質魔法の影響も受けるみたいで、その子達はれっきとしたエルフなんじゃないですかね!ま、なんにしろ楽しんだ者勝ちですよ!」


店主はそういってウインクすると店に入ってきた別の客の対応へと回る。まだ上手く事が飲み込めないおれ達は自然と視線を合わせる。そして…


「ハハハ!いやー!ここはエルフの村だ!そういうことにしとくか、ソウ!!」


「だな!見事にイメージ通りだ!」


細かいことは無視して大声を出して笑った。なんせここはゲームの世界だ、楽しまなくちゃな!おれ達は運ばれてきた料理にがっつく。エルフらしさを感じる串焼きは美味かった!おれ達は食事を済ませると、すぐにダンジョンへと向かった。


おれ達の向かったダンジョン『さざめきの樹海』はダンジョンといっても綾のダンジョンのような洞窟ではなく、その名の通り樹海だ。ただ周辺の森とさして違いがあるわけではなく、ダンジョンとその境は曖昧で、この世界では特定の野良モンスターが特に徘徊したり、野良モンスターの数が増えるエリアを天然ダンジョンと呼ぶらしい。まあ現実にダンジョンを作ろうとしたらこんな所が限界なのだろうか?とにかく、おれ達は今日のところは深いところまで入り込まず、すぐに脱出できるエリアでまず肩慣らしをするつもりだ。森の浅いところを歩いていると、突然あたりからガサガサと何かが勢いよく近づいてくる…!


「おい、何かいるぞラッシュ!!」


「フォレストウルフだ!喰らえ、風の矢!!」


いち早く敵の位置をスキル『鷹の目』で捉えたラッシュが先制攻撃を仕掛ける。木々の木漏れ日の中を矢が駆け抜けると、茂みのおくから「キャウン」と鳴き声が聞こえるが、近づく足音は無くならない。


「来るぞ!避けろ、ソウ!!」


おれがラッシュの掛け声で素早く横っ飛びをすると同時に茂みから3つの影がおれのいた場所へと襲いかかる。


「フレイムッ!!」


受け身をとりながら素早くカウンターで炎の渦を叩き込む。だが息つく間もなく炎の中から影が飛びかかってくる。眼前に迫る爪をすんでの所で片手剣で弾く…!だが攻撃を弾いたフォレストウルフの背から、さらにもう1匹が飛び出してくる…!クソっ!ガードが間に合うか…?!


「ブラストショット!!」


フォレストウルフの牙がおれに届くよりも早く旋風を纏った矢が吹き飛ばす。仲間が弾き飛ばされフォレストウルフに一瞬隙が生まれる。見逃すかっ…!!


「クイックスラスト!!」


高速の突きがフォレストウルフを貫くと、身を翻し素早く次の攻撃を仕掛け、トドメを刺す。額の汗を拭いながらラッシュの方を向くとあちらも弾き飛ばしたフォレストウルフに浴びせかけるように追い討ちの矢を連射し、トドメを刺したところだった。


「ふぃ〜、お疲れさん!いきなり敵が強くなったな!」


そう言いながらもまだまだラッシュは余裕そうにみえる。だがまあまだ最初の戦闘を終えただけだ、まだまだ油断できない。


「とりあえず『辻斬り』戦の前にネームドじゃない『ジャイアントシザース』と一戦やっておきたいな…」


おれ達は辺りを警戒しつつリザルトを済ませ、体力とマナを少し回復させると樹海の更に奥へと進む。


樹海に入ってから小一時間程過ぎた頃、おれ達は一休みすることにした。この森はジャングルって程ではないが、かなり見通しが悪い。ラッシュの鷹の目スキルをもってしても索敵には苦労した。既にモンスターと何回か遭遇したが全てモンスターに先に気付かれてしまっていた。うち一回など完全に不意討ちを許し、かなり苦戦をしてしまった。また索敵をラッシュ一人に全て任せっきりと言うのも問題だから、おれは貯まった経験値で『気配察知』という索敵スキルを取得する。ラッシュの鷹の目程の索敵範囲はないが目視できずとも察知できる優れものだ。こうゆう見通しの悪い場所ではうってつけのスキルだ。他にもいくつか攻撃スキルや強化スキルを取得して、探索を再開させる。


新たにスキルを取得して気付いたことなのだが、やはりというか森というだけあって小さな気配があちらこちらに感じられた。たいていは小型のモンスターだ。コイツらは経験値の低い雑魚モンスターと侮っていると毒や麻痺といった状態異常を付与してくるから厄介だ。下手に刺激しないように無視をして、そのまま探索をしていると遠くになにかモンスターの気配を感じた。勿論小型モンスターではない。おおきさが違う。ラッシュに合図を送る。


「おい、あっちにモンスターがいる。かなりデカい…。お前のスキルで確認できないか?」


「あ?そんなんどんなモンスターだってまずこっちから先制攻撃を…。ビンゴだ、ソウ…。巨大なカマキリ…、ジャイアントシザースだ…。見た感じネームドではなさそうだぜ?やるか…、ソウ?」


おれはジャイアントシザースに意識を向けたまま小さく頷く。


「やるぞ…!!」


ラッシュは素早く射線を確保すると、矢を番え、おれはモンスターに気付かれないように距離を詰める。おれは十分近づいたところでラッシュにハンドシグナルで合図を送る。


(『風の矢』!!!)


音もなく放たれた三本の矢が素早く森を駆け抜けジャイアントシザースに襲いかかる。ジャイアントシザースは命中する直前に矢に気付き、うち1本をその大きな鎌で弾く。残りの二本が胸に命中するがこんなもので仕留められる相手ではない。ジャイアントシザースが矢の放たれた方に向かって威嚇をする。大丈夫だ…、まだ気付かれていない!おれは息を潜め、じっと機を窺う。


シュシュッ!!


茂みから再度矢が放たれ、ジャイアントシザースを襲う。だが先程とは違い矢は躱されてしまう!矢の放たれた方へとジャイアントシザースが草木を薙ぎ払いながら突進する。無造作に振り回された鎌は森の木々をザクリといとも容易く切り倒す。まだだ!慌ててはいけない…!おれは素早く激昴するジャイアントシザースの背後に回り込むと最高の好機を窺う。ラッシュが木々の合間を縫うようにしながらもう一度矢を放つ。今だ…!!おれは身を隠していた茂みから静かに飛び出ると、矢に気を取られているジャイアントシザースに思いっきり炎魔法を叩き込む。


(『フレイム』!!!)


無防備な背後から炎の渦を撃ち込まれたジャイアントシザースが怯む。かなりのダメージが入ったようだ。そこにラッシュの矢が次々に追い討ちをかける。ジャイアントシザースは大きく威嚇するとおれにターゲットを絞る。周りの木々諸共薙ぎ払す大きな鎌から放たれる斬撃はモロに食らったらヤバそうだ…!それに鎌は二本ある、おれの片手剣1つでは受け止めきれない!おれは片手剣で斬撃を逸らしつつ躱し、脚を切りつけていく。中々有効な攻撃にはならないが、ジャイアントシザースの動きは少しずつ鈍くなっていく。そして、その間もラッシュの矢はジャイアントシザースを襲い続ける。ラッシュの矢でジャイアントシザースが怯んだ隙に、素早く距離は放すと炎魔法を撃ち込んでいく。


「フレア!!」


だがジャイアントシザースは火の玉をものともせず突進してくると、その鎌を荒々しく振り抜く。回避が遅れたおれは片手剣で受けるがそのまま弾き飛ばされてしまう。クソっ!!所謂、削りってやつでこれか!おれは追撃を横っ飛びで躱しつつ、炎魔法を撃ち込んでいく。鎌の振り下ろされたタイミングで放たれた炎魔法を、ジャイアントシザースが上手く捌けず脇腹に直撃する。そこにラッシュの荒れ狂う突風を纏った矢がジャイアントシザースに追い討ちをかけると、ジャイアントシザースがガクリと鎌を地面に着いて崩れ落ち大きな隙ができる。チャンスとみたおれは鎌を踏みつけジャイアントシザースの上へと駆け上がると、高く飛び上がり大きく身体を捻る。


「『ムーンスラッシュ』!!!」


ジャイアントシザースの首筋に後ろから高火力の斬撃をねじ込む。だがこのスキルにはまだ派生技が続く…!!いくぜっ!これぞ浪漫っ!!


「トドメだ!!『フォールブラスト』!!」


素早く空中で身を翻したおれは剣を地面に突き刺すように急降下し、ジャイアントシザースを地面に叩き伏せると、轟音と共に炎魔法が爆ぜる!! 爆風の中から素早く離脱し、ジャイアントシザースの様子を窺う。が、もう動かない…。


「ッッシャ、オラァ!!」


茂みから姿を現したラッシュとガッツリとハイタッチをする。ジャイアントシザース討伐!異世界生活五日目、かなりの進歩だ…!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る