第61話 残念美少女、遠足に行く3
「セイっ! トウっ! ヤアっ!」
早朝、小鳥の鳴き声が聞こえる木立の中で、私は古武術の型を鍛錬していた。
これは小さなころからの習慣だから、一日でも怠ると気持ちが悪いのだ。
それに、マサムネ兄さんと一緒にこの型を練習した思い出は、私を温かい気持ちにさせてくれる。
練習が終わり、かいた汗を拭っていると、風向きが変わった瞬間、何かの音が聞こえてきた。
あの音は、恐らく滝ね。
ちょうどいいわ。行ってみよう。
◇
滝は思ったより立派なもので、かなりの水量があった。
目を閉じ周囲の気配を探る。
誰もいないと分かったので、服を脱ぎ滝壺に入った。
水はかなり冷たかったけれど、昨日夜のタライ風呂とは比べものにならないほど気持ちがいい。
「ヘイクシュン!」
突然、木立の中に気配が立ちのぼった。
「誰っ!」
私の声に答えるように、お爺さんの姿が茂みから現れた。
「ふぉふぉふぉ、若い
私は、じゃぶんと首まで滝壺につかると、水中で足元の石を拾った。
「変態っ!」
私が投げた石が、お爺さんの方へ飛んでいく。
お爺さんは、丸めた紙のボールを捕まえるように、それを手で受けとめた。
彼に当たらないように投げていたとはいえ、このお爺さん、ただ者ではないわね。
「なかなかの技じゃの。ほれ、ワシは後ろを向いておくから出ておいで」
お爺さんは後ろを向いた。
もう一度、足元の石を拾い、それを投げる。
驚いたことに、お爺さんは、くるりとこちらを向くと、その石もキャッチした。
「こりゃひどく怒らせちまったかのう。ほれ、嘘は言っとらんぞ。今のうちに上がるといい」
彼は再び背中を向けた。
私は滝壺からさっと上がると、素早く服を身に着けた。
お爺さんは、まだ背中を向けている。
「もうそちらを向いてもええかのお?」
お爺さんは、こちらの返事も待たず、ゆっくりこちらを向く。
その顔は思いっきり舌を出しており、胸の所に手鏡を持っていた。
「エ、エロじじい!」
全身を手鏡で見られたと気づいた私は、その辺にある石を彼に向かって投げた。
今度は手加減なしだ。
お爺さんの手足ぐらいはへし折るつもりで投げた。
しかし、お爺さんは、そのことごとくを音も立てずにキャッチする。
「おうおう、若いのに、かなりの遣い手じゃな」
お爺さんは、手に持った石の一つを滝へ向け投げた。
それは流れ落ちる水にぶつかると、なぜか「爆発」した。
実際に石が爆発したわけではないが、石がぶつかった部分の水が爆発したように四散したのだ。
その衝撃がどれほどのものだったかは、二、三秒の間、流水の落下が停まったことからも分かるだろう。
「あなたは一体?」
「ん? ワシ? 宿泊所の管理人だが?」
そう言えば、昨日ここに着いた時、紹介されたお爺さんだわ。
確か名前はトゥルースだったっけ。
あの時は腰が曲がっていたのに、なぜか今はそれがピンと伸びている。
「お前さん、ワシに弟子入りせんか?」
お爺さんは、思いもつかないことを言った。
◇
ロッジの外れにある小屋のような所へ私を案内すると、トゥルースさんは一度外へ出ていった。
木の椅子に座り、意外なほど美味しいお茶を飲んでいると、彼が戻ってきた。
「あなた、何者です?」
私は滝の所でした質問をもう一度口にした。
「まあ、まずそのお茶を飲みなさい」
穏やかな声で言う彼は、さっきまでのエロ爺と同じ人物とは思えなかった。
「ごちそうさまでした」
「ふむ、そのセリフと黒髪。そなた迷い人じゃな」
それには答えず黙っていた。
しかし、私の沈黙は長く続かなかった。
「そして、魔闘士に覚醒しておるな?」
「ど、どうしてそれをっ!?」
思わず言葉が漏れてしまった口を手で押さえた。
「心配せんでええ。秘密にしておきたいんじゃろ?」
彼はそう言うと、自分のカップにもお茶を注いだ。
「それより、さっきワシが滝の所で見せた技、知りたいのではないか?」
ぐう、痛いところをついてくるわね。
確かに、私は滝の流れを停めるほどの技に興味があった。
だから、わざわざこんなところまで着いてきたのだ。
「あなたは一体?」
「ワシはお前の先輩じゃよ」
「先輩?」
「ああ、ワシも魔闘士なんじゃ」
「ええっ!!」
これはさすがに驚いた。
しかし、次の言葉を聞き、私はさらに驚くことになる。
「ワシはトゥルースと名乗っとるが、これは偽名での。本当の名は、イヤンと言う」
「イヤン?」
「ああ、そうじゃ。モウ・イヤンじゃよ」
目の前に、伝説の魔闘士がいた。
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