第7部 残念美少女、厄介払いされる

第47話 残念美少女、探偵になる


 商業施設に関する騒動がひと段落ついて、落ちついた日常が戻ってきた。

 まあ、戻ってきたと言っても、住む場所は商業施設にある宿泊所というか、もう、ホテルといっていいグレードのものに変わった。

 宿泊施設の支配人、副支配人になった『アヒル亭』のおかみさんとおじさんが、帝都にある一流宿泊施設からアドバイスを受け、そこを運営している。


 ただ、以前の『アヒル亭』もまだ密かに営業を続けており、私とドンの部屋もそのままだ。

 時おりそちらで息抜きするのが、なによりの楽しみになっている。

 商業施設だと、そこにいるだけで仕事が山のようにあるからね。


 それは、『アヒル亭』のおかみさん、おじさんも同様で、時おり元の宿で仕事をしている。

 人を使わない分、気楽なんだって。


 そんなある日、久しぶりに『アヒル亭』に、おかみさん、おじさん、私、ドンが揃った。

 

 ◇


「おばさん、『アヒルホテル』の方はどうです?」


「連日満員だからねえ。儲かりすぎて、怖いくらいさ」


「嬢ちゃんよ、しかし例の『カニの部屋』は、売りあげが凄いらしいな」


「そうなんですよ。陛下が一人一回銀貨一枚なんて言ったから、まさかこんなに人が入るなんて思わなかったんですけどね」


「あの部屋目当てに、他国から団体でやってくる人たちも、少なくないからなあ」


「そういや、この前、あの部屋の前を通りかかったとき、ヌンチさんを見たよ」


「えっ? なんで、彼があんなところに?」


 そんなに稼ぎがあるとも思えないヌンチが、銀貨一枚を払って何をしているのかしら。

 これは気になる謎ね。


「ほれ、噂をすれば、その当人がやってきたよ」


「こんにちはー。あれ? 今日は、みなさん、こちらにお揃いなんですね」


「ヌンチよ、その後、『赤い稲妻』での調子はどうだい?」


「おじさん、もう絶好調ですよ。リーダーのグラントさんが、『お前がいなきゃ、このパーティはダメだ』みたいなこと言ってたし、へへへ」


「そういや、あんた、この前、『カニの部屋』から出てきたよね。他の『赤い稲妻』メンバーも、あんたと一緒だったわね」


 おかみさんの言葉に、ヌンチは動揺を隠しきれなかった。


「え、そ、そんなこと……人違いです、きっと。うん、ボクに似た人がいたんですよ」


 これは何かあるわね。真実を突きとめないと。

 探偵ツブテに変身ね。


「そう、それなら『赤い稲妻』全員に似た人たちがいるっていうのね?」 

 

「ぐっ、そ、それはっ……あっ、討伐依頼に遅れちゃう!」


 ヌンチはそう叫ぶと、戸口から飛びだしていった。

 私たち四人は、顔を見あわせる。

 

「ヌンチは怪しい、それとも、怪しくない? あたしゃ有罪に一票だね」


 おかみさんが真剣な顔をしている。


「有罪だな」


 おじさんもヌンチを疑っているみたい。


「ボクも有罪だと思う」


 やはり、ドンもそう思うのか。


「私も有罪ギルティ。よし、ここは任せて。ヤツが何を隠しているか探ってみるから」


「「ヌンチ、可哀そう!」」


 おじさんと、おばさんの声がそろう。

 いや、まだ探偵ツブテとしては、何もしてないから。


 ◇


 私はドンに頼み、外見を変える魔術を掛けてもらった。

 これはどういう仕組みか知らないが、他人から見た時だけ、こちらの姿が別のものに見えるという地味な魔術だ。

 ただし、声は変わらないから要注意だ。


 私は変身するのに、よぼよぼのおばあちゃんを選んだ。

 男性になることも考えたのだが、ちょっと声色に自信が無かった。

 声優様、偉大なり。

 

 ◇


 ギルドの向かいにある路地で見張っていた私は、『赤い稲妻』のオリジナルメンバー四人、そして、少し遅れて新メンバーであるヌンチがギルドに入るのを見届けると、よぼよぼとギルドの扉を潜った。

 五人が座っているテーブルの隣にある椅子に腰を降ろす。


「ん、なんだいばあさん、見ねえ顔だな」


 グラントさんが声をかけてくる。


「ああ、なにを言っているか、聞こえんのじゃが」


「おばあさん、何の用だい?」


 グラントさんが、一語一語はっきり区切るように、大きな声で言った。


「あ、ああ、孫、孫と待ち合わせじゃ」


「孫? なんて名前だい?」


「マサ、マサムネじゃ」


「変わった名前のお孫さんだなあ。それより、おばあさん、娘っ子のような良い匂いがするなあ」


「な、なんのことじゃ?」


「匂い袋か何かか? 今度、あいつに買ってやろう」


 すると、『赤い稲妻』のパーティメンバーが話に割ってはいった。


「だけど、匂い袋って高いって言うぜ」

「そうそう、銀貨五枚はするって話だ」

「俺もそう聞いてる」


「そんなにするのか。じゃあ、また、うまい討伐依頼があるまで待つか。今は、あれのために金を貯めねえとな」


 ヌンチが声を上げる。


「そうですよー、あれもいつ終わるか分かりませんから。今のうちに楽しんでおきましょうよ」


「ちげえねえ、あんなに面白えもんは、そうそうねえからな」


 この人たち、何か面白いことにお金をつかっているようね。


「じゃあ、昨日の討伐で資金もできたことだし、今日も行くか?」


「「「おおーっ!」」」


 グラントさんの誘いに、みんなが乗った。


「なあ、お前さん方、たまたま聞こえてきたんじゃが、何か楽しい事をするのかい?」


「ああ、そりゃもうな。一度行ったら病みつきになっちまうぞ」


「ほうほう。そりゃええのう。頼むから、あたいも連れていっておくれな」


「そりゃいいが、婆さん、お孫さんのことはいいのかい?」


「孫とは、また今度会えばええんじゃ。老い先短いこの身じゃ。楽しいことがあるなら、ぜひ見てみたいのう」


「そうかい、そうかい。俺にも故郷に残してきた母ちゃんがいるからな。他人事じゃないぜ。ばあさん、金までは出してやれねえが、そういうことならついて来な」


「お前さん、ありがとうよ」


 席を立った『赤い稲妻』五人の後を追い、私もギルドの外へ出た。


 ◇


 グラントさんはゆっくり歩いている私に気を遣い、ときどき立ちどまっている。

 彼らがやって来たのは、複合商業施設『青の店』だった。


「ここだぜ。この扉は少したつと勝手に閉まっちまうから、気をつけな」


 店の中に入ると、ヌンチが先にたち、奥へと向かう。

 彼らが入ったのは、やはり、『カニの部屋』だった。


 入り口の係員に、ヌンチが慣れた感じでお金を払う。

 私もあらかじめ懐に入れていたお金で支払った。

 しかし、こんな場所で、そんなに面白い事なんてあるのかしら?


 ◇


 クリスタルで仕切られた『カニの部屋』には、ポチ(カニ)たちがいた。

 親子連れの声が聞こえる。


「お父さん、あの椅子に座ってる女の人が、『青い悪魔』さん?


「そうだよ。だけど、『悪魔』って言ってもね、悪い人じゃないんだよ。この国を救ってくれた凄い人なんだから」


「へえ、すごいんだね」


「あなたも魔術学校か騎士養成所に入って、立派な大人になりなさい」


「うん、お母さん!」


 ほのぼのしてるな~。

 だけど、自分の事が褒められるのを聞くと、ちょっと恥ずかしいかも。


 ガラスの向こう、水辺では、ポチ(カニ)たちがのびのび遊んでいる。

 最初は違うカニを放すつもりだったのだが、試しに彼らを放すと、ここが気に入ってしまったのだ。

 だから、私が討伐などで出かける時を除き、彼らの家はここになった。


 ヌンチたちは、じっとカニの方を見ている。

 一匹のカニが、ヌンチたちに近づいていく。

 よく見ると、それはポチだった。

 長い付き合いで、私はカニたち一匹づつの違いが分かるようになっている。


 クリスタルガラス越しにヌンチが何か話しかけると、ポチがしきりにハサミを振っている。

 ポチが水辺に戻ると、他のカニが彼の周りに集まった。

 ポチがそのハサミを大きく振る。

 他のカニも同じ動作をした。


 なんだこりゃ。


 しかし、驚くのはその後だった。

 水辺に置いた椅子に座っている私の人形に、カニたちが一列で向かっていく。

 人形の足を伝いその身体に登ると、四匹が顔へ向かい、残りが左右の手に三匹ずつ分かれた。


 最初に人形の右手に取りついた三匹のカニが、思い思いの指をハサミではさむ。


「おおーっ! よくやった!」


 ヌンチが叫び声を上げる。

 となりの男の子が、不思議そうに父親に尋ねる。


「お父さん、カニさんは『悪魔さん』の友達じゃないの?」


「あ、ああ、きっとあれは握手なんだよ」


「ふ~ん、痛そうな握手だね」


 人形の左手に取りついたカニが、やはり指をハサミではさんだ。


「おおーっ! いいぞ、いいぞーっ! もっとやれー!」


 おじさんたちから声が上がる。

 人形の顔に取りついたカニが、左耳、右耳、唇を爪ではさむ。


「「「おおーっ!」」」


 部屋にいるおじさんたちが歓声を上げる。


 最後にポチが人形の鼻をハサミではさんだ。


「「「あはははっ、最高だぜー!」」」


 おじさんたちが声を揃えている。


「いやーっ、日頃のうっぷんが晴れますな~!」


「おや、あなたも『悪魔』にひどい目に遭わされたんですか?」


「同じギルドですからね。しょっちゅう、えらい目に遭ってますよ」


「この腕を見てください。私はね、前国王の命令で出かけただけなんですよ。それをなんですか、あいつは! 問答無用で跳ねとばしやがって。あのトラウマで、私は鎧が着れなくなったんですよ」


「そりゃ、ひどいな。だけど、俺はもっとひどいぜ。ケーキを買いに行ったら、『悪魔』につき転がされ、挙句の果ては騎士から一兵卒に格下げだぜ。母さんには泣かれるわ、親父はどなりちらすわ、恋人には逃げられるわで、もう死にたくなったよ」


「おいおい、そりゃ可哀そうだな。だが、俺に較べりゃまだマシさ。お前ら、城の地下に巨大な昆虫型魔獣がいるのを知ってるか? まあ、巨大なGなんだが、『悪魔』は、それを潰してこのくらいのボールを作ってよ、俺、それを頭からかぶらされたんだぜ。一瞬で意識を失ったからまだよかったが、あれから虫を見ただけで、吐いちまうんだ」


「「「ひでーっ!」」」


「だけど、この部屋に来ると心が洗われますねぇ」


 ヌンチがそんなことを言っている。


「「「全くだ!」」」


 もう十分だ。

 私は変化へんげの魔術を解く呪文を唱えた。

 そして、おじさんたちの背後に立つ。

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