第34話 北の塔

「本当にそっくりですね。触ってみても?」

「いいわよ」


 お言葉に甘えてイチゴ人形の右手を掴んでみた。普通の、女の子のすべすべした可愛い手だ。見た目も触り心地も本物そっくり。だがしかし、人形は人形であり何の反応も見せない。


「これは喋ったりしないんですか? もしそうならかなり時間が稼げると思いますけど」

「そうね。ある程度の受け答えができる魔法人形を作る事は出来るんだけど、手間と時間がかかるの」


 俺の無茶振りに返って来た回答に驚いてしまった。


 できるんだ。

 マジか。


 ま、シャリアさんならやってしまいそうな気がする。


「じゃあ、行きましょうか。壮太君、上着、貸してくれるかな?」

「はい。俺のジャージで良ければ」


 そう言えば、俺の服装は部屋着に使っている紺色のジャージの上下だ。普通に考えればダサい服装になるが……目の前のシャリアさん、いや、イチゴなら何を着せてもセクシー美少女になるだろう。


 俺はジャージを脱いでシャリアさんに渡した。彼女はそれを受け取って羽織り、真ん中のファスナーを上げるのだが……やっぱり胸の部分がつかえてしまった。


「これは……かえって恥ずかしいわね」


 ファスナーを降ろした。

 下着の上にジャージを羽織っただけの素っ気ない服装なのだが、まあ、俺にとってはメチャエロい事に変わりはない。


 そんなこんなで、俺たちは地下の拷問部屋から脱出する事に成功した。拷問部屋のドア、建物のドアの外にはもちろん歩哨が立っていたのだが、そいつらはシャリアさんが簡単に眠らせた。何かの魔法だと思うのだが、俺にはさっぱりわからない。


 城の正門側は何やら騒がしく、大勢の人が集まって叫んでいるようだったが、ここは城の奥まった位置なのでその様を直接見ることはできない。


 シャリアさんはこの城の中をよく知っているようで、まるで自宅の庭を歩くように先へ先へと進む。


「シャリアさん。どこ行くんですか?」

「このお城には二つの塔があるの。一つは南の塔。正門の方ね。そこは遠くが見渡せるので戦術的に重要なの。見張りも多いし通信用の魔法装置も設置してあるから、そっちに行くと直ぐに捕まっちゃうわ」

「じゃあ今向かっているのはもう一つの塔ですか?」

「そう。北の塔。あまり高くないから戦術的な価値は低い。でもね」

「でも?」

「要人を幽閉するために使用されている重要な施設なのよ」

「それって、その塔に誰かが閉じ込められているの?」

「さあ、どうかしら。誰かが閉じ込められているかもしれないし誰もいないのかもしれない。でも、そこを調べると何かヒントが見つかると思う」

「なるほど」


 ヒントとは恐らく、このリドワーン城の城主ラウル・ルクレルクが変貌してしまった理由だ。きっとそうだと思う。しかし、それが何なのか俺にはさっぱりわからない。多分あの女、カリア・スナフの正体に関係する事なのだと思うのだが。


 俺たちはその北の塔へと向かう。城の母屋(と言っていいのか?)から少し離れた場所に石造りの二階建ての建物があり、その中央部分から更に5階くらいの高さの塔があった。塔と言えば円筒型のイメージがあったが、この塔は四角い形状、つまり四角柱だった。


 西洋の昔話などで塔に閉じ込められた姫君の話などがあるが、地価の牢屋と比較すれば塔の方が環境が良いのかもしれない。換気は良さそうだし昼間は明るい。ただし、冬場はメチャ寒そうではある。


 さて、ここにどうやって忍び込むのだろうか。今は表門の方に警備が集中していると思うのだが、だからと言ってここが無人って訳じゃないと思う。シャリアさんはまるで自分の家にでも入るかのように、極めてお気楽に鉄の板で補強してあるドアを開いた。何と、鍵がかかっていなかった。


「不用心ね」

「ですね」

「私が先に入ります」


 先ほどの拷問部屋から拾って来たのであろうか、刃渡り20センチほどの包丁を構えたエリザが先に中へ入っていく。その後にシャリアさんと俺がつづいた。


「誰もいないわね」

「ええ。でも、これは?」


 壁には魔法と思われる照明がほんのりと灯っていた。エリザが包丁を向けている方向、テーブルの上には大きめのバスケットが置かれていたのだが、中からパンのようなものが見えた。その隣には革袋……多分水が入っている……が置いてあった。


「これは食料……パンと水だけね。他に何かないかしら」

「シャリア様。こちらの調理場に……ほら、野菜の煮込み。腸詰めもありますよ」

「これは……当番の夕食かな。頂いて行きましょう」


 当番?

 頂く?


「はーい。じゃあ、鍋ごと持って行こうね」

「ええ」


 何かメチャ重い鉄鍋を持たされた。エリザは腸詰めの入ったずん胴鍋を抱え、シャリアさんはバスケットのパンと革袋の水を抱えた。そして奥へ続くドアを開く。


「鍵をかけてないわね。何かおかしいわ」


 確かに変だ。上の部屋に届けるための食事はそのまま放置されていたし、他の料理も用意されている……。シャリアさんは当番の夕食と言っていたが、上の部屋の住人のための食事なのかもしれない。


 疑問を抱きながらも、俺たちは階段を登っていく。建物の北側に木と金属で作られたらせん状の階段があり、南側にも部屋が設けられているようだった。一番上、下から数えて七階の部屋へとたどり着いた。


 そこのドア、鉄の枠と板で補強された頑丈なドアも施錠されていなかった。


 エリザがそろりと中に入る。その後にシャリアさんと俺が続いた。


 外はそろそろ日が暮れようとしていた。夕日が差し込んで来るうす暗い部屋の奥には大柄なベッドが設置されていた。その上には白髪のやせこけた老人が横たわっていた。

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