第20話 虎獣人のエリザべス

 ぽかぽかと温かいものに包まれている気がする。これは動物の匂い? 葉月の実家で飼っていた猫? そんな感じだ。そういえば、もふもふの柔らかい毛皮のような感触が頬に触れている。

 あれれ? 俺は猫なんて飼ってないはずなんだが。俺が飼っているのは熱帯魚であって、その天敵の猫なんて飼うはずが無かろう。何かおかしい。


 目を開いてみると、目の前にでっかい猫がいた。

 いや、猫じゃない。

 黄色に黒い縞模様の……虎? タイガー?


 虎の子が俺の上に乗っかってんの?


 そう思ったがのだが、何かが違う。


 この虎は服を着ていた。そして、何だか柔らかい膨らみが胸に押し付けられていた。


「あ、起きた?」

「はい。起きました」


 虎が喋っている。声はどこぞの魔法少女と言った風な、高めの可愛らしいものだ。


「ねえねえ。これは朝立ちってやつかな」

「ええ?」


 虎にアソコを掴まれた。

 しっかりと朝立ちしてしまっていた。


「ねえねえ。したい?」

「いや、何を?」

「え? だって、あそこがおっきくなってるって、エッチしたいって事なんでしょ」

「いや違う。それはいわゆる生理反応という奴でレム睡眠時に自動的に活動しているだけなんだ」

「そんな難しい理屈はいいからさ。気持ちいい事しようよ」


 下着っぽいシャツに包まれた豊かな胸元を押し付けてくる。

 柔らかい女性の胸の感触。


 この娘、顔は虎だけど体は人間と同じ?


「ごめん、トイレに行きたい。おしっこ漏れそう」

「そうなの? じゃあ連れて行ってあげる」


 僕の上から起き上がった虎娘。生成りのノースリーブシャツに黒いホットパンツ姿だった。体形は完全に人間と同じ。しかし全身が黄色と黒のもふもふだ。つまり、人型の虎娘ってことだ。しかし、胸元はいわゆるノーブラ状態で、乳首の膨らみがつんとシャツを内側から押し上げている。お尻でゆらゆらと揺れている尻尾も同じく黄色と黒の縞模様だった。


 俺は彼女に手を引かれてトイレへと向かった。そこはいわゆる石造りの壁があり下側にくぼんでいるところがあって穴が開いている。ここで小用を足せということなのだろう。しかし、彼女は俺の横に陣取って俺の挙動を見逃すまいと目を光らせていた。


「あの。虎のお嬢さん」

「何かな?」

「じっと見つめられると、しにくいんですが」

「いいじゃん。減るものじゃないし」

「恥ずかしいんですけど」

「へえ。恥ずかしいんだ」

「お嬢さんも、おしっこするところを見られたら恥ずかしいでしょ?」

「私は平気だよ。見てみたい?」

「んぐっ」


 思わず「はい」と言いそうになったのをこらえる。


「冗談だよ。後ろ向いてるから、さっさと済ませちゃいな」

「はい」


 俺はジーンズのファスナーを降ろし、小用を足す。かなり溜まっていたようで、結構ない勢いで石の壁へと噴き出していく。出し切った所でアレを振って雫を落し、ズボンの中へ仕舞おうとしたのだが、横から虎の鋭い眼光がそれを見つめていた。


「見ないでって言ったじゃん」

「え? そうだっけ? でも、イイもの見せてもらった。ありがとね」

「ぐぐぐ」


 何の漫才だろうか。ファスナーを上げた俺は回れ右をして元の部屋へと戻ろうとしたのだが、背後で水が流れる音がした。振り向くと、石の壁を水が流れていた。まるで水洗トイレだ。


「あの。水が流れるの??」

「そうだね。ここはエイリアス魔法協会の宿舎だから、トイレは水洗式なんだよ。もちろん、ウンコの方もちゃんと流れるよ」

「ええっと。自動なの」

「そう。魔法でね」


 手動なら分からなくもないが、自動とは驚いた。魔法も生活に密着しているものなんだ。


 部屋にもどってから改めて彼女を見つめる。この虎娘、案外可愛らしいと気づく。


「俺は山並壮太です。あなたのお名前は?」

「あ、まだ言ってなかったね。私はエリザベス、エリザベス・スタウトです。エリザって呼んでね。これでも私、エイリアス魔法協会の魔導士なんだよ」

「え? 魔法、使えんの?」

「もう、壮太が怪我してたから私が回復魔法をかけたんだよ」

「そうなの?」

「そう。最初はシャリア様が施術されました。私はその後を引き継いだの」


 シャリアって、あの青白い髪の僧侶っぽい服を着ていた人だ。


「壮太の怪我が思ったより酷くてね。背骨を傷めてたんだよ。でも、もう大丈夫でしょ」


 エリザが俺の背を撫でる。くすぐったいので体を捻ってかわすのだが、背は全く痛まなかった。


「あの、ちょっとおデブなイチゴ姫を守ったんだから仕方がないよね。二人分の衝撃が背骨に加わったから」

「そうだったんだ。イチゴは怪我してなかったの?」

「うん。大丈夫だよ」

「会って話がしたいんだけど」

「それはダメ」

「どうして?」

「壮太も魔法使いだからね、一緒にしておくと不味いんだって」

「そもそも、俺が魔法使いなんて信じられないし。それはともかく、何んで一緒だと不味いのさ」

「壮太がいるとイチゴ姫の位置がバレるからだって、シャリア様が言ってたよ」

「あっ」


 そういう事なんだ。ヘイゼルさんからも〝のろし〟みたいなものだと言われたし、アルちゃんにも異世界転移魔法の使い手だと言われたし。全く自覚は無いのだが。


「納得した?」

「する訳ない。自分が魔法使いだとか信じてない」

「うーん。そこは自覚してもらわなきゃ。自覚のない魔法使いの力が暴走したら大事故になるんだよ」

「そうなの?」

「そう。だからね、大人しくしてて」

「大人しくしてると、俺はどうなるの」

「うん。今の所はシャリア様の客人って事になってるよ」

「客?」

「そう」

「イチゴは?」

「イチゴ姫はエイリアス魔法協会が責任もって保護します」

「じゃあ何で誘拐したのさ」

「詳しい事は知らない。でも、あなたの世界、日本だと姫が危険だと聞きました」 

「危険って……アルちゃんが来なければ平和だった」

「そうかしら。ラグナリアの皇太子が最強の親衛隊長を引き連れて押しかけたのに? 他の危険人物もイチゴ姫を狙ってたのに?」

「他の危険人物?」

「やっぱり知らなかったんだ」


 何の事なんだ?

 俺はこの虎娘、エリザの言っている事がまるで理解できなかった。

 

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