第36話 墓地の暗渠


 あれはわたしが小学校3年生の時でした。

 わたしは海と山に囲まれた田舎のほうで育ちまして、町の山沿いには墓地があってよくそこを遊び場にしていたんです。

 山に行くと段々畑ってありますよね。ああいう感じに段になるようにして、平地から山に向かってお墓が何百基と建っていました。

 その場所の真ん中を縦に割るようにして、下の広場から石の階段がずーっと上に伸びていたんです。

 石段の片側には側溝が続いていました。側溝といっても土を掘ってセメントを手塗りしただけの、雑な感じのU字型の側溝です。 

 ところで墓場を遊び場にするなんて不謹慎、とか思うでしょう? でも時々お参りにやってくる大人は、遊んでいる子供を見ても叱ったりはしませんでした。

 明治かそれよりも前かわかりませんが、かなり昔からあるらしいお墓場なので、大人も子供の頃には遊び場にしていたんだと思います。

 そう言えば、大人の中にもうるさく言ってくるおばあさんがいました。機嫌が悪そうな時は子供を蹴散らしにくるおばあさんでしたが、まあそういう事は滅多にありませんでした。

 それである日の、日曜日でしたかな。雲がまばらに浮かんでいた午後だったと覚えています。

 学区の子供たちが広場に10人ほど集まっていて、「今日はかくれんぼをしよう」みたいな流れで遊びが始まったんです。1年生から4年生くらいの間の子が集まっていたと思います。

 かくれんぼのルールって土地によって違うんでしょうかね。わたしのところでは隠れた子を探しきれなくなった時には、『降参!』と叫ぶことで終了できることになっていました。

 だけど鬼役の誰もがそう簡単には降参はしませんでした。かくれんぼなんてものは、しょせんは遊びだから気楽にやればいいと思うでしょう? でも子供はそういう所に変なプライドがあって意地になって探そうとするんです。

 なぜなら降参してしまうと仲間たちに冷やかされてしまいます。子供はそういったものに自尊心を傷つけられる傾向がありまして、まあとにかくよほど探すことに時間がかかって、すでに見つけた子たちにうながされないと降参なんてしませんでした。

 それでその日の最初の鬼はわたしになりました。

 まず100を数えます。それから捜索開始というわけですが、開始早々に下の広場からこうね、手をひさしにして墓地全体を眺めるんです。そうするとちらほらと見えるんですよ。

 遠く離れたお墓の陰に隠れている子の服とかがね、青とか黄色とか目立つ服を着ているからわかるんです。あれは何年のなになに君だという具合に、先に服装を覚えていますから。

 こっちを陰からチラチラ覗いていたりして、墓石の色にあわせた灰色の服とか着れば迷彩になる……なんて、子供はあまり考えませんから、わたしは何人かが隠れているのを見つけて、まずあすこからだ! みたいな感じに石段を駆け上がっていきました。

 でもそこでふと、誰かに呼ばれた気がしたんです。方向は背後からです。

 呼ぶとはいっても声をかけられた、とかではなく、耳のうしろの髪をこう、ふわっと持ち上げられるようにして、撫でられた感じがしました。

 寒気はありませんでしたが、気にはなりました。だからすぐに足を止めたんです。なんだろう……。というふうにして、ふり返ってみました。

 すると、5メートルくらい降りたところに暗渠の入り口がありまして、何というか〇のかたちを下だけ切ったような狭い暗渠なんです。そんな地面の下に、誰かが後ろ向きでうずくまって隠れていました。

 場所が狭いですから、Tシャツの背をまるめて半ズボン姿で、ズック靴も見えていました。

 わりと奥のほうにいたと思います。たぶん1メートルくらい奥でした。

 うす暗くなってるところでしたし、顔が見えないから誰だかわかりません。小柄な姿でしたから、1年生くらいだろうとあたりをつけました。

 わたしはさっそく1人捕まえられると思って、わくわくしながら側溝にそぉーっと降りたんです。

 雨の日以外はあまり水は流れていることはなく、だけど苔が生えていて枯葉も落ちている場所なので、わたしは手を石段にそえて、転ばないようにそろそろ下りていきました。

 でもうずくまったその子を見ながら、しっくり来ない感じがあったんです。なんだろう、この不安な感じは……みたいにして。

 それでわたしが、しゃがむような姿勢になって、暗渠の上部を持ってですね、『見つけた!』と声をかけてやろうと思った時です。ここでまた誰かに呼ばれた感じがしました。

 墓地にはわたしの祖父母が眠っているお墓がありまして、小走りで向かえば1分も経たないところなんですけれど、横に向かって行けば辿り着ける場所にあるんです。

 わたしは、あ……お婆ちゃんか、お爺ちゃんが、呼んでる。というふうにして、暗渠からそっちに目を移しました。なぜか骨壷に入った骨が頭に浮かんできた覚えがあります。

 それで側溝から上がって、祖父母のお墓に向かって走ったんです。目の前にかくれんぼの子供がいるのに、それを放って走っている自分に違和感がありました。でもそうしないといけない焦りみたいなもののほうが、頭を占めていたのです。

 そして墓場の小道を駆けていると、途中で墓石の裏にかがんでいる子がいました。目が合うと知っている子だったので、わたしは声をかけて捕まえました。

 それをきっかけにして、わたしは祖父母の墓に向かうことはなく、かくれんぼを再開したんです。

 墓場のあちこちを移動して、やがて全員を発見することができて、みんなで広場に集まっていました。次は誰が鬼かを決めるために、じゃんけんをするからです。

 その時わたしはふと思い出しました。暗渠の中にいた誰かのことを。

 全員を発見した、と言いましたが、子供の遊びというものは途中から参加する子がいるので、そういう子が混ざっているのだと思いました。

 1人で見に行こうと思いましたが、まずみんなに話をすることにしたんです。

 こういう靴を履いてて、白いTシャツと紺の半ズボンの子って誰だった? みたいにして。

 だけどそこで、「あっ!」というふうに気づきました。先ほどのしっくり来ない感じの正体に。

 どういう事かといえば、その日は確か11月の後半でした。そしてその場の誰もが長袖と長ズボンの格好なのです。いえ、1年じゅう半ズボンや半そでで過ごしている子はまれにいましたが、その日は寒かったこともあって、中には上着をはおっている子もいたんです。

 けれどもわたしは、暗渠の入り口で人を見たのは間違いなかったので説明をつづけました、しかし誰もが知らないと答え、半ズボンの子を見たという話は挙がりませんでした。 

 そんな不思議な体験をする日があった以降も、わたしはその墓地をみんなと同様に遊び場にしていました。

 だけど大人になった今でも、あの時、暗渠の中にうずくまっていた子の姿が、陰気な思い出として脳裏によみがえってきます。

 結局あれは何だったのか今でも謎です。


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