第六章 返上
第1話 ラブレター と 羊羹
◇1◇
誰もいない廊下を眺め、小豆の鞄と自分の鞄を両手で持ちながら早退していた俺。
小豆の担任より早退の報告が明日実さんの元へと届いてから、既に十数分ほど経過している。
一応念の為ではあるが、昇降口で小豆の下駄箱をチェックしてみた。
下駄箱の中には上履きが置かれていたから既に下校はしているようだ。
……その際に、三通ほどラブレターが入っていたので持って帰ろうと鞄にしまおうとしていた俺。小豆宛だから小豆の鞄にだけどね。
気分はミスターポストマンなのである。意味不明だけど。
一瞬、香さんに見せてもらった手紙が頭を
どう見ても『ラブレター オブ ラブレター』な手紙に安心していたのだった。
うん。ちゃんと丁寧に書かれた
そして、控え目に貼られたアニメキャラのシールと、ハートの封シール。
――って、こんなラブレターを男子が送ると「気持ち悪い!」って意見が続出なのかも知れないけどさ。
送る側の気持ちを考えているんだろうなって思える演出は好感が持てる。可愛いもの好きの小豆へのラブレターなんだからさ。とりあえず、あいつは普段から何に対しても「キモッ!」なんて言わない。
「お兄ちゃん、きもちいいことしてぇ~♪」とは俺によく言ってくるが。いや、マッサージだから!
……うん、その情報はどうでもいいことにして。
とにかく妹は負の感情を抱くどころか「きゃー♪ かぁわぁいい~♪」なんて嬉しそうに眺めているのだ。
そんな小豆の性格を知っているからこそ、妹に喜んでもらった方が送り側も嬉しいのだろう。だから男子も、普通に女子のようなラブレターを送ってくる。
そう、ささやかな
そんなラブレターは、可愛いもの好きなアニメ好きの俺的にも好印象だ。って、俺宛じゃないけどさ……。
それに、きちんと差出人も書かれているし――
「まままぁ♪ ――うぷっ……」
俺は差出人達の名前を見て、思わず俺の愛する美少女ゲーム。
『神にも悪魔にも凡人にもなれる男』と言う異名を持つ主人公と、ヒロイン達の織り成す恋愛アドベンチャーゲーム。
某『混ぜ合わせる』的なタイトルの作品に登場するサブヒロイン……のちの作品ではメインヒロインに昇格しているんだけど。
そんな、
なお、作品上ではこの言葉が妄想スイッチとなって彼女は妄想の世界へ旅立つのだ。
ところが……そんな彼女の口癖を真似した俺。
目を見開いて、
鼓膜を伝わる自分の声と、自分の今の姿を想像して、添えていた右手で口を
いや、本来俺も妄想は大好きなんだけどさ。
彼女が言えば可愛いんだけど、俺が真似をしたせいで自分で自分の
「……ふぅ。……どれどれ? ……」
とりあえず気持ちを落ち着かせる為に、俺は再び差出人の名前を眺めることにしたのだった。
いやいや、俺ってばミスターポストマンなので――
たまたま手紙の裏の差出人を見てしまっても不可抗力なのだと思うのです。って、何を言い訳みたいなこと考えているんだろう……。
そもそも、既に眺めているんだから『アフターフェスティバル』なのにさ。あ、中には『アフターフェスティバル』のことを『あとの祭り』と呼ぶ人もいるらしい。
――って、おいおい、これはバスケ部のエースで、女子から大人気の同級生男子からじゃん!
うおっ、こっちは学年トップの秀才男子!
更に、これは……内田さん芹澤さんに並ぶ三年女子のアイドル! って、女の子やーん!
うん、男女問わず人気がある妹なので、女子からのラブレターもテンプレートなんだよね。
まぁ、全校生徒ではないんだろうけど……確実に俺と香さんとあまねるを除くから、全校生徒とは呼べないけどさ。
それでも学校の半数以上の生徒からラブレターをもらっているんだと思う。
正確な人数までは把握していないけど、半数以上からはもらっていることを知っている俺。
うん、もらったラブレターはきちんとファイルに保管されて本棚に置いてあるし……俺の部屋に。って、なんで?
いや、まぁ……俺の部屋のファイルにはラブレターのコピーが入っているだけで、小豆の部屋に
あれは確か……。一学期も終わりに近い、ある日の夜――。
普通に、大事そうに抱えて部屋に持ってきたファイルを「はい、お兄ちゃん?」って差し出してきたから。
何も疑問に思わずに、「ん? なんだこれ……」って、ごく自然な仕草で開いたのにさ?
ファイルを開いた瞬間――
『君はボクのイーグルシャークパンサーだ!』
なんて言葉が目に飛び込んできたから心臓が飛び出そうだった。
本当、『イーグル』が飛び込んできた時点で『ジャンプ』して――
思わず『ニューゲーム』に突入しそうになったじゃないか! そう……『妖精の物語でがんばるぞい!』とか考えそうになったではないか!
……つまり、それだけ混乱していたと言うことだ。
おい、待て? えっと、二年C組、出席番号三番の……懐かしの特撮好きな
あっ、学年と出席番号と名前は手紙に書いてあるのだ。実際に会ったことはないけどね。
なんで会ったこともない彼を『懐かしの特撮好きな』などと断言できたのかと言えば。
俺も生まれる前……と言うよりも、親父達が小さい頃の特撮。
太陽をテーマにした戦隊ヒーローが『イーグル シャーク パンサー』の三人なのだった。
つまり、たぶん彼は『君はボクの「太陽」だ!』と言う意味で使ったのだろう。
――いや、この時点では憶測に過ぎないけどさ。後日、彼に会って聞いてみたら正解だったのである。
って、いやいやいや……こんな「月がきれいですね?」っぽく暗号化された言葉なんて誰も理解できないだろうが。
俺だって親父が知っていたから知っているようなもので……。
などと、困惑した表情を浮かべて見ていたんだけど。
「すごいよねぇ~? 私って……いないとぉ~、お花が
興奮状態で、ものすごく鼻息を荒くしながら近づいてきた妹は。
いつものように俺の腕を
俺の頬に鼻息を吹きかけながら言い放っていた。って、近い近い近い熱い熱い熱い!
本当に太陽なのかと思うくらいに、風呂上りのせいか、熱さが増した小豆の熱風を受ける俺の頬。そして全身に火照りを感じていたのだった。
「むふぅ~」
「……」
弱まるどころか更に熱を帯びて吹きつけてくる鼻息。いやいや、お前のそれは無風ではなく熱風だろが。もちろん、そう言う意味ではないんだけど。
そもそも拘束されている俺には何も解決策が見当たらない。
そう言えば、昔お袋に朗読してもらった――旅人のコートを脱がそうとした太陽と北風の話。
あれって結局、太陽が勝利したんだけどさ。
あの時点で手に手を取り合い
つまり、対立ではなく「互いの
そんな現在の『ハイブリッドの
そもそも。
「愛は太陽じゃない?」なんて、このかちゃんの楽曲にもあるのだから。
俺に向けて愛と言う日差しを降り注ぐ小豆は、本当に太陽なのかも知れない。……うーん。寒いギャグを言ったつもりなのに余計に熱くなってきたな、恥ずかしさで。
……などと、熱風を受けすぎて既に脳が溶けそうになっている頭で、こんな意味不明なことを考える俺なのであった。
まぁ、最初から全身が熱いのは小豆の鼻息を受けているからではないんだけどね。
なお、小豆が言ったのは太陽の戦隊作品の主題歌の歌詞である。いや、当然だけど電波ソングではない。まぁ、小豆の台詞はソングですらないのかも知れないが。
と言うより、お兄ちゃん限定ではなく『人』が微笑みをなくすのだ。
いや、お前がいなくなったら、確かにお兄ちゃんは微笑みをなくしますけどね。せめて、自分の周りにいる人達にも権利を与えてやってください……。
とにかく、アニオタである小豆さんは俺の知っている知識は
って、俺がハマっていたのは家を飛び出す前――と言うよりも今の智耶くらいの頃だぞ?
あの頃のお前は幼女じゃねぇか……戦隊ヒーローには興味を示さず、お姫さまや魔法少女に憧れていたって記憶しているぞ?
うん。俺が「太陽戦隊やるから、悪役やれ」って言っても、「わたし、月にかわっておしおきしたいから、おにいちゃんが、ようま、やってよぉ~」なんて口答えをしていたのだ。
なお、俺も小豆も親父達の影響なので、口にしている作品のリアル世代ではないことを付け加えておく。……そうでないと俺達、何歳なんだって話になるからな。
そんな俺だけど、
うん、三次元から遠ざかって二次元の世界へと近づいていたのだね。
……それから更に時間が経過した現在。俺の方が魔法少女にハマっているんだけどさ。サブリミナル効果なのかな? まったく違うけど。
だから、正直アニオタの小豆でも、まだアニオタになる前に、俺だけが興味のあった戦隊ヒーロー。
更に、主題歌までを覚えているなんて考えていなかったのだ。
「……それで、これはなんだ?」
とりあえず俺は小豆と視線を合わせずに。いや、合わせようと横を向いたら唇が合っちゃうので無理です……。
ファイルを見つめたままで
「ラブレターに決まっているでしょ?」
そんな呆れた口調で紡がれた言葉が鼓膜を伝う。あ、決まっていたんだ……世界ラブレター協会が制定したラブレターの定義が、俺の知らない間に改正されていたのかな。って、そんな協会ないけどさ。
まぁ、これがラブレターでもファンレターでも果たし状でも招待状でも関係ない。
「いや、俺……関係ないだろ?」
そう、そもそも俺には関係ないのである。だって『霧ヶ峰小豆様』って書いてあるんだからな。
なんで小豆宛のラブレターを、まったく関係のない俺が見ているのか理解に苦しんでいると――
「妹がもらったラブレターなのに、お兄ちゃんに関係ないはずないでしょ!」
「――イッ! ……」
とか、突然耳元で
「……ぁ……はむっ♪」
「――ッ!」
「……あむあむ……」
そんな「認められないわー!」な暴論に
すると自分の言動の間違いに気づいたのだろう。小豆が突然俺の耳たぶを甘噛みしてきたのだ。って、なにゆえー!
うーん……俺も詳しくはないのだが。
耳鳴りを解消するのには、耳たぶを甘噛みすると効果的なのだろうか――って、そんな訳あるかー!
「――くっ!」
「ぬぉ?」
「……ぉぉぉ」
「……ん~、はむっ♪」
「――ッ!」
「……あむあむ……」
耳たぶに伝わる生暖かい感触から解放されようと、俺は首を誰もいない方向へと傾けて小豆の唇から逃避しようとしていた。
唇からの回避に成功した耳たぶ。それまでの湿り気を帯びた生暖かい空間から、一転して外気に晒されたことで。
エアコンと扇風機の共闘した冷風によるヒンヤリとした感覚が俺の耳たぶを襲い、思わず
ところが、一度は解放されたものの、すぐに再び小豆の唇に包囲される俺の耳たぶ。
まぁ、腕を拘束されているんだから逃げ切れる訳もないんだけどね。
そんな感じで未だに耳たぶを「あむあむ」している小豆さん。
……俺、風呂で顔は洗ったけど、耳って大丈夫かな?
耳たぶに生ぬるい感触を覚えながら不安になっていた俺なのだった。
現在の時刻は午後九時すぎ。
霧ヶ峰家では日常と化している『ペットとのふれあいイベント』開催中の俺の部屋。
とは言え、ペットが勝手に俺の部屋に来て「ふれあって?」と強制してくるのだが、気にしないでおこう。
つまり俺も小豆も用事を済ませて暇な時間。当然俺も小豆も風呂に入ったのだ。
まぁ、だからさっきから……石鹸やらシャンプーやら歯磨き粉やら。そんな小豆の香りが鼻腔に注がれてはいるんだけど。そこは日常なのでドギマギするくらいなのである。それはそれで、どうだろう……まぁ、いいや。
風呂に入っているのだから洗顔も洗髪も問題はない。だけど「口に入れても安全だ」なんて衛生レベルではないのである。
それこそ?
本人が望んで口に含んでいるとは言え、お腹を壊さないか心配なのである。
……これで明日「お兄ちゃん食べたら、お腹壊したぁ~」とか言われた日には、お兄ちゃんが罪悪感で精神を壊しかねませんからね。
「……ほれ? よう――」
「わっ♪ ……あむあむ……」
と言う訳で、小腹がすいたら食べようと思っていた一口大の
うん、俺が「よう噛んでお食べ?」とダジャレをかます暇もなく、な。
やっぱり甘いものは正義と言うことだろう。まぁ、食べている本人も甘いものではありますが。
うむ、この際『共食い』が食物連鎖的に大丈夫なのかって食物学的なことは
耳たぶが乾いていくのを待ちながら、
の、
……いや、食べるなら離れて食べてくれませんかね?
耳たぶが羊羹に変わっただけで、俺達の姿勢はそのままなのである。つまり耳元でモグモグしているのであった。
とりあえず補足しておこうかな。
一口大と言うのは俺基準の一口大であって、世間基準では市販されている――
何等分かに切り分けて食べる大きさ。つまり、一
前に香さんに話したら、苦笑いされながら「それ……よんちゃんだけだから」って言われてしまったのだ。
そう言う訳で、別に小豆が食べるのが遅いのではなくて一棹を食べているから未だにモグモグしているのであった。
まぁ、可愛い子の咀嚼音は控え目に言って好きだ。変態お兄ちゃんですから。
つまり小豆の咀嚼音だって例外ではない。どちらかと言えば、こいつの咀嚼音を聞き続けているから好きになったのかも知れないけど知りたくない。
さすがに、普段はこんな高音質なヘッドホン推奨の『ダミーヘッドマイク』仕様の音声ではないけどな。
……隣で人の腕を拘束しながらモグモグしている程度なのである。
そうそう、ダミーヘッドマイクって凄いと思う。動画とかを視聴していると素直に感動できるのだ。
『ダミーヘッドマイク』とは、ダミーのヘッドマイク。人の顔の形のマイクのこと。たぶん両耳に、それぞれマイクが内臓されているんだろう。
つまりヘッドマイクの耳元で囁けば、聞いている人の耳元で囁かれているような錯覚に陥るのである。
きっと今世紀最大の発明だと言えよう……うん、俺の中では。
いや、お金がないので他の発明が凄いのかは知らないしね。あと、声優さん好きとしては可愛い声が聞けることが最大の基準なのである。
だから、そんなダミーヘッドマイクが使われているらしい……好きな声優さんの『添い寝CD』は、喉から手が出るほど入手したい代物なのだが、残念ながら俺は入手していない。
うん、俺にはアニオタの小豆さんがいるのです。これは自ら首を
だって絶対にバレるからさ。小豆も同じ円盤を入手するからさ。
前にも言ったが、妹の声は俺の好きな声優さんの一人。ほとりちゃんの声に似ているのだ。
いや、ほとりちゃんを演じている声優さんの声に、ですけどね。
情報さえも入手していないから実在するのかは知らないけど、あるのだったら真っ先に入手するであろう彼女の円盤。
そうなりゃ、こいつの思考なんて考えなくても想像がつく。
それこそ毎日アドリブ満載の『添い寝CD』。それも
うん、豪華絢爛な特装版の名に恥じない代物。
『添い寝CD』なのに質感だとか体温だとか香りだとか。そんな五感を刺激するリアル感までフル装備されているのだ。そもそも『CD』ではないけどな?
更に進化して『EFG』を通過して次の文字へと突入させる代物なのである。
世間では、この代物を『よ●い』と呼ぶ者もいるらしい。あと、現代のネットショッピング社会の中でも絶大な品数を誇る某密林。
通常の円盤は売っていても、この豪華絢爛な特装版は売っていないのである。
……どこで買ったんだろうね?
ああ、うん。入手はしていないんだけどさ。
考えなしに動画を視聴して、ダミーヘッドマイクの凄さを
添い寝CDと言う存在を知って。
つい興奮状態で「添い寝CDって最高だよな!」なんて小豆に言っちゃったんだよな。……誰だよ? 「こいつの思考なんて考えなくても想像がつく」とか言ったのは? 俺ですね。
本当、簡単に想像がつきそうなのに、なんで口走ったんだろう……。
そうしたらだな。
その日の夜に届けられたのだった。なんなのその、お客さま満足度ナンバーワン的な
まぁ、仮にレビューをするならば、満足はしましたが寝不足になった点を減点しまして。
「ブラボー! マーべラス! マンマミーヤ!」と、心の中で
当然ながら朝にクーリングオフ制度を
土下座して引き取りを要求したら、不満そうな顔をしながら理解をしてくれた妹。
きっと、それで味をしめたのだろうな。
それ以降は、ことあるごとに俺のベッドに潜り込んでくるようになる。
それが『お兄ちゃんを抱き枕にする権利』へと発展していたのである。
つまり、想像ではなく現実に起きることは実証済みなのであった。
――いや、そもそもだな?
本来の『添い寝CD』とは、夢のような甘い声を耳元で囁かれることで現実のイヤなことを忘れて、気持ちを落ち着かせる。そして聞き終わる頃には、幸せな気分が心を覆うことで快眠へと誘うのだろう。
ところが特装版は快眠へ誘うどころか快楽へと誘おうとするのだ。まぁ、幸せな気分が心を覆うだろうけどな。要は、眠れないのである。
まぁ、当時はそんな理由で入手できなかったんだけど。今となっては「入手しないで正解なのかも?」と考えている。
たぶん今の俺なら豪華絢爛な特装版を届けられたら。
きっと机の引き出しに隠してあるコンドーさんと契約書に「役目を与えてやろう」などと考えてしまうかも知れない。
だけど、今はまだ決めかねている状態だし、もし「そうなっても」俺の方から豪華絢爛な特装版を届けたいのだと思う。古い考えかも知れないけど、男から行動に出るものだと考えている。
まぁ、まだまだ先だと思うけどね。よし、代わりに話を先へ進めよう。
そんな感じで咀嚼音だけでなく、腕に伝わる質感だとか。
腕を包んでいたり肌にふれている体温だとか。
風呂上りの香りである石鹸やらシャンプーやら歯磨き粉に添えられた羊羹の甘い香りだとか。
豪華絢爛な特装版になった咀嚼音は……「美味しそうだな? ……小豆の小豆」なんて考えてしまう
もちろん、当時の俺のことだから羊羹を指して「小豆の食べている羊羹の小豆」と考えただけだと思う。いや、脳が溶けていたからな。何を考えていたのか
でも、まぁ……想いに蓋をしていただけな訳でして。真意については俺の今後の為にも追求しないでおこうと思う。
ただ、さ。
俺ってば無意識に思ったことが口から出てしまうらしいからさ?
もしかして、知らない間に口走ったことがあったのかも。いや、小豆が俺と一緒に小豆を食べるのは日常だからね。西瓜堂のおかげで。
……まぁ、俺は「あんこに飽きている」んですけど。
つまり、俺の言葉が聞こえてしまって……知っていた小豆が自分の唇を指差して。
「……美味しくできているよぉ~? と・く・に……ココとか?」
なんて言ったのかも知れないな。
「あむあむ……」
「……」
「ん? んふっ♪ ……んん~♪」
「……ほぉ~。ふ、ふぅ~ん……」
「んぅ~。……あぶっあぶっあっぶぅぅぅ……」
なんとなく小豆の小豆を凝視していた俺。いや時系列的に小豆の台詞は数ヵ月後の話だから、完全な無意識だったけど。
俺の視線に気づいた妹は俺に視線を合わせてきた。
すると突然何を考えているのか、小豆はクスッと笑みを溢すと瞳を閉じて。
口の中から
しかも本当にチロッと差し出してきた。俺がその羊羹を口に含めば自然と小豆の小豆にふれてしまうくらいの位置に。
「お兄ちゃん、美味しいよぉ~♪ 小豆を食べてぇ~♪」なんてオーラを
俺は
その気配を察したのだろうか。耳元で小豆の不機嫌な声が聞こえてきた。
直後。「カチッカチッ」なんて歯のぶつかる音が聞こえてきそうな勢いで、まるで羊羹を『
……いや、小豆さんのスイカは立派ですけど『アンディ』とか『フランク』なんて名前は付けていませんよね? ただ羊羹を、よう噛んで食べているだけですし。
あと、きっと向こうは同族だと思っていないと思うので勘違いしないでください。
『アンディ』とか『フランク』とは。
某オタクな主人公が自転車競技部に入り全国大会を目指す作品。
そんな主人公のライバル校の自転車競技部に所属する一学年上の彼の……
「アブ」と言うのは彼の口癖で、腹筋を意味する「アブドミナル・マッスル」から来ているのだとか。
そして『アンディ』と『フランク』は実在する人物から名付けられたそうだ。
まぁ、まったく周りの景色は変わらぬのだが。そんな声とともに猛スピードで羊羹を食べる妹の速度に
猛スピードでファイルを
……なお、
なにはともあれ、おめでとう、嵐山君!
副賞として……自腹でカレーライスでも食べてくれ! あっ、お代わり自由なので遠慮なく食べてくれてもいいんだぞ? ……自腹で。
◆
そんな感じで手渡されたファイル。
たぶんアニオタ的に自分の部屋の配置と同じにしたいからなのかも知れない。いや、知りたくない。
それと俺に嫉妬でもさせたいのかも知れない。だから、知りたくないのである。……本当に登校拒否したくなるから、やめてくれ!
確かに『男子門を
学校の半数以上の敵……それも俺が敵意を向けることなんてしたくないのである。疲れるから。
そもそも俺、活躍しとらんし……。
うむ、頭では理解しているけどな。妹が愛されているってことは素直に嬉しいけどな。
だけど送った本人を目の前にしたら、きっと睨みつけてしまうだろう。凄く気分が悪くなるだろう。
絶対に「これでもか!」ってくらいの兄妹のスキンシップを見せつけてやるだろう!
……なんて、本当に嫉妬に狂って周囲に迷惑かけたくないので、やめてくださいおねがいします。
――うん……これって、小豆退学騒動から数ヶ月後の話なんだよね。
ちょうど平謝りしてきた連中の『昼飯おごり』が終わった頃である。
つまり、まだアズコンを認めていなかった時期なのだ。
いや、改めて思い返してみても……よく今まで「俺はアズコンなんかじゃない」とか思えていたよな。まぁ、それだけ
って、まぁ、それ以前に。
俺が小豆宛のラブレターを差出人無視して読んでいる事実。
そう、プライバシーの侵害について心配するのが先だと思われるだろうが。うん、俺も最初は思ったんだけどな。
送られてくるラブレターには、決まって俺のことが書かれているのだ。
どうも、小豆の『逆イ●テ●プロセッサー搭載』の噂が全校生徒に広まっていたらしい。口コミって恐いね……。
それに、とりあえず俺の目を通したラブレターには、あまり公開されても困るようなことは書かれていない。
なんとなくブログみたいな感覚で読んでいた俺。
もちろん、小豆が
でも、それは当たり前だと思う。相手の真剣をからかうなんて、そんな最低の行動を小豆がするはずがないんだからな。俺が「見せろ」って言ったって絶対に見せないんだと思う。いや、言わないけどさ。
相手を気遣える妹だ。別に俺に見せたいが為に見せているのではないのだろう。
見せても問題ないと判断した上で見せてくれているのだと思う。
まぁ、それで俺が読んでも問題ないとは思えないのだが……公言しなければ問題ないかな?
そんな軽い気持ちで読んでいるのであった。
だからなのか、当たり前のように俺にも嬉しそうに渡してくる妹。だけど俺が少しでも嬉しそうに眺めていると、「ぷっくり」と頬を膨らまして泣きそうになりながら無言で見つめてくる小豆さん。いや、その理論はおかしいだろ。
そんな、もらったラブレターすらも共有している兄妹なのであった。まぁ、十割『小豆宛』なんだけど……。
先に進めようかな。
そんな理由で俺の部屋にも同じ数だけ置かれているファイル。それが既に数冊も並んでいるのだ。
とは言え、さすがに最近は一日にもらう量は減っているけどな。
それこそ以前は、アニメとかで見かける『下駄箱あけたら
いや、だって、あいつ――
もらったラブレター全部に返事を書いて送ってんだよ!
それもご丁寧に返信なんだよ。ちゃんと手紙を読んだ上での返信な。
別に送っている側は、返信が欲しくて書いているのではない。
……ああ、うん。中身を読んでいるから知っているんだけど。正確にはラブレターより、ファンレターに近いんだと思う。まぁ、大半部分はブログですが。
唯一のプライベート部分も普通に「付き合ってください!」じゃなくて、単なる「好きです!」であり。
せいぜい「友達になってください」とか「自分を知ってください」でしかないんだよ。まぁ、その分告白タイムでは、そこそこ
本当、最初の頃は……それこそ明け方近くまで小豆の部屋の蛍光灯が消えることはなかった。朝も眠そうにしていた。
だから心配になって「無理に返さなくても、いいんじゃないか?」って伝えたんだ。だけど。
「わざわざ私に書いてくれたんだもん……ちゃんと返事しないと、ね?」
そんな風に眠そうな顔に、どこか寂しさを含ませた笑みを溢して伝えていた小豆。
過去のトラウマ。
中学時代、周囲は小豆に背中を見せていた。そんな現実に耐え切れず、妹も背中を見せていた。
そんな暗い過去を経験しているからこそ、自分に向けられた好意を無下にできない。いや、きちんと向かい合おうとしているのだろう。
もちろん、そんな妹の気持ちは痛いほど理解できる。俺だって同じだから、さ。それでも。
ただのエゴだと思われても、俺は小豆の辛そうな顔は見たくない。無理をさせたくなかった。だから――
俺は小豆に内緒で各教室を回り、頭を下げて事情を説明し。
「各クラスで当番制にしてもらって……そして、一日に三通までにしてもらえませんか?」
そう、お願いしていたのであった。
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