5.13 道義の騎士
トゥエンの訓練はまず考えることを求めた。クレシアから、
「相手の武器をいかにして封じるか」
と尋ねられたのに対して、すぐには答えず、
「どう考えるのだ」
と問いかえした。リーシャにいわれてクレシアの訓練をすることになってから、夜という休憩時間をはさみ、早朝の森での訓練でもつづいていた。
トゥエンもクレシアも練習用の騎士服を身にまとい、その下には鎖帷子をつけて、実践と変わらない形での訓練となった。ただトゥエンについては、手の甲から肘までを守る革製の防具を三重につけていた。また、トゥエンの武器は練習用斬撃剣だった。
「敵の攻撃を交わして剣をうけとめるところからどう剣を封じこめて奪うか、もっと考えてたちまわってください」
「はい、お願いします」
「一瞬の判断を信じるんです」
トゥエンは剣を後ろにひき、突く攻撃を繰り出した。クレシアは横に飛びのけた。剣が止まったところを武器の刀身とかぎ状になったつばとではさんだ。クレシアは剣を押さえる武器に右手も加えて、剣のうごきを抑えこむことにしたようだった。
クレシアのやり方は打ち合いをやるたびに変わった。最初は両方とも使って剣をはさんだものの、トゥエンがいともたやすく破ってしまい、クレシアの桃色ニット帽に剣先を向けて終わった。考える時間をあたえられたのちの十六回目では速攻をしてみせたのだが、剣を押さえこむ力をおろそかにして、攻撃をする前に攻撃を首にうけることとなってしまった。首ギリギリでとまる刀身にしたクレシアの表情は、まぎれもなくおののきだった。さらに考える時間をとり、三十九回目。
トゥエンは武器に対して横方向の力で封を破った。横方向からの攻撃にうつるが、右手の武器で受け止めた。今度は左手を抑えにして反撃の機会をうかがっていた。クレシアの目がせわしなくにらみまわした。目の強さに反して、腕はふるえていて、力の差は明らかだった。
クレシアが実際に戦うにはまだ腕の力が弱い。腕の力がつく前に戦うこととなれば、力まかせで攻撃するような連中とも相手をしなければならない。自分よりも力のある相手との戦い方も、クレシアには考えてもらいたいのだった。
「守ってばかりではほかの敵からおそわれますよ」
クレシアの目がよりうごきまわった。必死になって何かを探している様子、まだ相手を封じるための一手が分からないでいるらしかった。あるいは、手が分かってもそれにいきつくまでのやり方が見当たらない、といったところだろう。
再びトゥエンが封を破り、攻撃をしなおす。斜めに振りおろされる斬撃。
クレシアは剣をかわさなかった。ななめ下へのうごきがある中、左の武器で剣を受け、剣を地面にたたきつけるようにして力を受けながした。同時に右の武器ではトゥエンの手首めがけて一撃を打ちこんだ。クレシアの一手がきまった。
トゥエンが思いえがいていた答えでは、手首などの腕部分のほか、胴体だったり、脚にだったりといろいろな場所を考えていて、攻撃も武器だけではなくけりも、みぞおちにこぶしをたたきつけることもあった。ただし、トゥエンの中でのいちばんの答えは、『みぞおちにこぶし』だった。しかしともあれ、現状としては及第点ではあった。
トゥエンは二歩分、とぶように後ずさりしてから構えをといた。
「ウェルチャさん、そのような感じです」
「これで剣を封じることができたのですか」
「いえ、まだ不十分です。攻撃するのであれば、手首だけではなく、ほかの部位も連続して痛めつけてください。みぞおちをなぐるのが効果的ですね。息ができなくなるので、相手はひるみます。ともかく、攻撃が一度通っただけで油断してはなりません。あと、やってみて分かったと思いますが、ウェルチャさんにはその武器を使いこなすに必要な腕の力が足りてません。いいですね?」
「はい、精進します」
「では休憩にしましょう」
クレシアはすっかり息を荒くして、武器を左手に集めた。数十回というトゥエンの攻撃を受けていても、武器は少しもゆがんでいなかった。それぐらい武器がじょうぶで、その分重いりだった。そのため攻撃をあまりすばやくすることができない。そのため攻撃するタイミングが限られてしまうのだ。腕の力はここでも求められる。
トゥエンは訓練剣の刃に指をはわせた。根元のあたりは平らな面だが剣先へ近づくにつれて、デコボコが目立つようになった。バリのようになっているところもあった。真正剣ではないためにかたくっておらず、むしろデコボコがふえることがクレシアの武器が正常であることを示すのである。
トゥエンさんあの、と整った息づかいの間にクレシアが言葉した。
「戦争は本当にはじまるのですか? 何だか、ぜんぜんそのような感じがしないので」
「おそらく、人間や獣人が考えているような戦争よりもみにくい争いになるでしょう」
「近いうちに起きるのですか」
「いえ、もう起きてます。誰の目にもつかないところで、大きな計画が進んでいるのだと考えています。表にでたときには、かなり大きなものとなるでしょう。それでも、本当の目的を知るのはすくないと思います」
「トゥエンさんは知ってるのですね」
「正しいのか間違っているのかは分かりません。あくまで仮定があってのことですから。でも、獣人と人間の対立を悪用する輩がいることはたしかだと思います」
トゥエンはクレシアに背を向け、四歩ほどで樹のそばにいたった。左手で幹を叩いて、天を見上げた。視界の下からずっと幹が続いていて、葉でてっぺんは見えなかった。強く茂る葉で、空がどのような状態であるかを確認できなくて、二歩後ずさりしてみれば、曇り。それも黒っぽくて、いつベルクタープ・ギーエンが襲ってきてもおかしくなかった。
「なら、その悪用を利用しかえしてやりましょう。相手は誰ですか?」
「だいじょうぶです、そうなる前にオレが食いとめましょう」
「わたしには何かできないのでしょうか」
「できれば、力を借りたくはありません。訓練ははじまったばかりで、騎士をめざすなら、あと数年は訓練を続けなければなりません。知ってのとおりウェルチャさんは未熟です」
「でも」
「オレはウェルチャさんに戦場にでてほしいとは思っていません。あなたにはけがれを負う騎士ではなく、人々に精神をつたえる騎士であってほしいんです。だから、そのような人を切れない武器をあたえたんです」
トゥエンはもう一度葉っぱの間をのぞきあげてみたところ、色がますます暗くなっていた。訓練剣を鞘に差し込み、パンパンと手をうって訓練を終わらせる。すぐにでも天気が崩れそうだった。
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