5.7 パーティ

 クレシアの体にあうよう調整した二重構造の鎖帷子を一着、訓練生用の質素な騎士服一式を二着購入した。トゥエンがたずねたところというのがトゥエンの訓練生時代からの顔見知りの防具職人で、防具や服のほとんどを面倒してもらっているのだった。トゥエンが愛用している鎖帷子に騎士服も、その職人が作りあげたものだった。



 クレシアがとりあえずきてみたいと口にしたので、トゥエンは彼女を連れて鍛冶場にかえった。すこしばかり通りを歩かなければたどり着けない酒場と比べて、トゥエンの家兼鍛冶場は街のはじにあるため、クレシアには都合がよかった。



 上の階にある寝室でクレシアが着替えている間、トゥエンはクレシアの言葉を考えなおしていた。昨晩酒場を訪れたフードは、シモフと似た恰好をしていたものの、声は全くの別人だとしていた。シモフが直接手を出したわけではないとしても、なんらかの関係がありそうな予感がした。貝のボタンというのは庶民が手をだせるものではなく、ボタンをもっているだけでもステータスになる。



 ただリーシャのいうボタンが本当にトゥエンの考えているボタンであるかは分からなかった。彼女はあくまで『ボタン』と告げたのだ。貝のボタンであるとはかぎらない。庶民が買える服のうちボタンが必要な服というのはあまりないが、飾りとして木のボタンをぬいつける庶民はすくなくなかった。むしろ若い人たちの間ではきそうかのようにきれいな色あいのボタンをつけて着こなしを楽しんでいるし、クレシアに買ったニット帽にも、藍色に色づけされたボタンがついていた。トゥエンは着飾りに興味がないので、それ以上のこと、今どきの流行にはおいてけぼりだった。



 とにかく、ボタンから正体を明かすには、シモフの近辺を調べることぐらいしか広げることがなかった。ボタンとつながるものといえば、トゥエンにはシモフしかいないのだ。仕立て屋で調べてみるものアリだが、全ての仕立て屋を調べていては勘づかれてしまう。



 ウワサをすればナントカというものである、扉を叩く音が二度して、トゥエンいるか、と男の声だった。ああ、と答えれば、入るぞオ、とかえってきた。たしかに意識して耳をそばだててみれば、彼は女を虜にしそうな声の持ち主だった。



「シモフ、仕事はどうしたんだよ」



「今日の分はぜんぶ終わったさ。お前にきのうのことを聞いて、それを報告する以外はな。さ、そっちが一団を追い払うまでの一部始終、これを教えてもらおうか」



 イスにすわるまでのシモフを、トゥエンは頬杖をつきながら目で追った。シモフが席に着いて対峙してから、トゥエンは頬杖をやめて、肘はついたまま腕をテーブルに寝かせた。そして話しはじめるが、かなりざっくりしたものだった。



 『人を殺せ』と声がしたから獣人が襲撃しにきたと悟った。敵は騎士団員二人とほか庶民と思われる人員多数。トゥエン一人に対して多数だったため、かつ一般民と思しきゆえ、殺害や応戦よりも撤退させることを優先した。ただし、撤退のために相手側のエルボー駐在所の団員を殺した。けっきょくのところ、敵勢のなかに獣人がいたのかどうかはわからない。



 最後のひとつ以外は事実だった。



「本当に相手がおおかったから撤退させることを優先させたのか? 実のところ、わざと逃がしたのではと考えてる連中もいるんだ」



「オレは撤退させることを優先した。騎士団が来るまで応戦してれば、オレが相手をしていないところでけが人がふえてた、状況としては撤退させるよう仕向けるべき。オレに死ねっていうなら話は別だが」



「けが人を最小限に抑えるために撤退させた、ってことでいいのか?」



「その通りだよ」



 シモフが不満そうな声をあげて背もたれにのけぞった。イスの背からきしむ音がするなか腕を組むシモフを、トゥエンはふたたび頬杖をついて眺めていた。



「イーレイがエルボーにもってかれて、エルボーの襲撃の次はこっちに直接。やはりイーレイが関係してのか?」



「おそらくなんらかの関係があるとはいえるだろうな。でも、それ以上はなんとも」



「なんとも、ってなんだよ」



「今回の襲撃はおかしな点があるんだ。敵勢力のなかに主導者とみられる人がいなかった、もちろんイーレイもいなかった。つまりだ、今回の件はイーレイとは別の人が企てて実行、でも捕まることを恐れて直前にとんずら、どうだろう?」



 シモフがのけぞったままうなり声をあげた。どうやらトゥエンの考えを検討しているらしかった。彼へむけている視線は眺めるというよりもみつめるとなっていて、熱かった。



 トゥエンは慎重に言葉をえらんでいた。シモフは親友とはいえ疑わしい関連がぬぐえたわけではなかった。むしろ疑いは強まるばかり。ちょっとした失敗でシモフに勘づかれてしまう――もし犯人の一味だとしたら、そのうえ彼はトゥエンと同じ流派の『騎士』だから考える力もある――ただでさえ不利な状況がよりわるいものとなってしまう。



「騎士団員が主導者なんじゃないのか?」



「騎士団員は指示を出してなかった。ただ、騎士団員を殺したことで全体の統制が崩れたのはたしかだ」



「やっぱり主導者は騎士団員だった、ってことだろ」



「最初に『人間を殺せ』って叫んだ声と、騎士団員の声がちがうんだ」



「そういうことは最初にいえよ。くそ、本当に主導者がいないことになるじゃないか。トゥエン、見当はついてるか?」



「ついてたら真っ先にそいつをつかまえて拷問してるさ。全く、何を考えてるのか。あんな少ない人数でアクソネを襲うなんて。国の都にたった三十人ちょっと!」



「あまり頭のいい主導者じゃないな」



「それどころか大バカだよ。ただ危険をおかしただけ、自分がバカだっていってるようなものだよ」



 トゥエンがわずかに語気を荒げたところをシモフはどっと笑った。トゥエンには何がおかしかったのかはさっぱりだったが、シモフの表情は誰かにあざけるような表情だった。首から下はすでにかえろうとしているようで、席を立とうとしていた。



「そろそろ俺はかえることにしよう。そうだ、あとひとつ、あさってうちでパーティをやるんだが、お前も来ないか?」



「おいおい、こんな時期に宴か? 獣人の攻撃があったというのに悠長だな」



「ああ、親父がこれから南の港町一帯を管轄する騎士団地区長として出向するんだ。出陣の前のパーティはウチの伝統でな、たとえ戦争中でもやるぐらいだ」



「初耳だぞ、お前とつきあいは長いが」



「あまり人を集めないこじんまりとしたものなんだ。で、どうだ?」



 トゥエンは腕を組んで、シモフの言葉を疑った。剣の修業で門を叩いて知りあったころからずいぶんとたつが、いままでそのようなことを聞いたおぼえはなかった。本当に宴を催すのか、そもそもどうしてトゥエンに声がかかったのか。



「どうしてオレを?」



「親父がだれかを数人連れてくるのがしきたりなんだが、今回は親父が出向する立場。となると、だれかを招く人となると俺ぐらいしかいないんだ。だからトゥエン」



「で、どこでやるんだい?」



「別館さ。アクソネの南のほうにいけばある屋敷、白い壁のコの字形をした」



「あああそこ、あれお前んとこの別館だったんだ」



 そういえば、トゥエンはシモフの邸宅をたずねたことがなかった。会うとなればたいてい、騎士団の教習のときか、シモフがトゥエンをたずねてくるときだけだった。トゥエンからシモフの家に出向いたことはなかった。



 もしシモフについていったら、トゥエンが知らない人脈から情報を得られるかもしれない。獣人に接触している正体さえ分かればこの先どうすればいいのか分かる。そうすれば、いつ戦いが起きてもおかしくない状況をなんとかすることができるのだった。



 裏でそのようなことを考えつつも、表には一切を隠して、あたかも来週の予定をおもいだそうとしているふうにふるまった。とうぜんながら来週の予定など決まっているわけがなかった。



「じゃあ、その日はごちそうになろうかな」



「あさっての日没後からはじまるから、そのころに間にあうようにきてくれればいい」



 シモフは立ち上がり、どういうわけか、そのままふりかえってかえればいいのにもかかわらず、トゥエンの方へ歩んできた。ニュウと耳元に口を近づけると、シモフは細い声で告げた。早口に告げると、シモフは背をむけて足早に立ち去った。



 ――左手でお前の剣がとれるよう装備して参加しろ。

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