4.5 母親

 トゥエンの判断はあながち間違いではなかった。剣をもって強くなった気でいれば、もしものときに剣をどこかから持ち出してたたかおうとする。おおまかな戦術を組み立てる素地をすでにもっているクレシアならなおさらそのことがいえる。ゆえに、やるのだったらちゃんと自覚させなければならない。まだ彼女は、そんなはずはない、とでもおもっていることだ。もし自らが本当に弱いと知れば、強くなろうとすることだろう。



 風呂のあとに酒場へゆき、エルボーでのことをあらいざらい話してからのリーシャもまた、彼の考えに賛成だった。



「あの子、是が非でも自分でなんとかしたいってきもちが強いから、いっそのこと本当に強くさせてあげないとあぶないかもしれないわね」



「でも、リーシャとしてはいいのかい? ウェルチャさんを巻きこむことになるが」



「彼女は親をあの戦争で殺されてるんだ。ある意味ではもう巻きこまれてる」



 トゥエンは何度もコクコクとうなずいて、目のまえのハチミツ酒をあおった。だが同時に別の問いかけを体の中に取り込むこととなってしまった。なら、リーシャはどうして、巻きこまれていると『いってもいい』クレシアをその世界からはなそうとした?



 その問いかけを耳にしたとたん、となりに座っているリーシャは席を離れた。だからといってカウンターに入ることはせず、出口のある方へとあるいていった。彼女の髪の毛を目でおえば、リーシャはテーブルに手をついて体重をかけている恰好だった。



「だって、いやな思いさせたくないじゃん」



「人を殺させたくない、ってわけか」



「私のお母さんはきたないことを、こんなこといっちゃいけないけど、血だらけのきたないこともしてたのに、私にはなにひとつ不自由させないで学校に通わせてくれた。獣人がはいれない学校に。クレシアがきたとき、すぐに獣人だってわかって、親を殺されたって知って、何だかこれが運命だって思ったんだ。私がクレシアの『母親』みたいにならなきゃって」



「でも、クレシアはリーシャのために人を殺す。オレにも『助ける』っていうほどなんだから、リーシャのことも『助ける』っていって人をあやめるよ」



 リーシャは何も答えなかった。言葉をだそうと声は出しているのは聞こえるものの、つっかかっているようで言葉にはならなかった。彼女の肩がひくつき、声がついに引きつっていた。



 トゥエンはあまりのかわりように、リーシャのもとへゆこうと左足をカウンター下の足場から下ろした。木製のかかとの乾いた音が響いた。右かかともカンとなったところで、いきなりリーシャが振りかえった。かとおもったらトゥエンにかけよってとびつくようにしてだきついた。トゥエンの見えないところでガラスのわれる音、彼女は貴重なガラスのグラスを――その時代でグラスを作れるガラス職人は数えるほどしかいなかった――なげすててしまったらしかった。



 リーシャは声を抑えこむようにして泣いていた。トゥエンは右腕を彼女の腰にまわして、耳元でむせび泣く彼女の頭をもういっぽうで二回なでた。手で髪をとかすようにうごかして、それで、リーシャの頬と自身の首もととが密着するようひきよせた。



「私は、あの子を助ける方法が、分からない、母親になるには、あの子を助けるには、どうしたらいいの?」



 トゥエンは、嗚咽のなかに埋まるこの言葉だけははっきりとききとった。ほかの言葉といえば、なかった。そのさけび以外は、彼女は泣いていた。



 彼女がこわれない程度に力をいれて、トゥエンはリーシャを体にくっつけた。彼女のこわれかけたこころをもっと温めようと体をさすって、頭では、リーシャとクレシアのねがい両方に見あう答えをみつけだそうと躍起だった。

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