3.3 はちみつ

 町のいろんなところを見てまわって、獣人が異様におおい印象をうけた。局地的にではなく、全体で。かぶりものにくわしいクレシアにたずねてみれば、麻は誰でも手にいれられるから、獣人はフードとしてよく使うのだそうだ。対して、クレシアが使っている染めもののフードは、人間の手が入っている、とのことできらう人がおおいのだといった。



 そして、もうひとつの点は、分かりきってはいたが、ハチミツがおいしいということだった。宿に入って二人が飲んでいるのは、彼がハチミツ酒と、彼女がカラスサンショウの蜂蜜を湯にとかした飲みもので、二人とも、三杯もおいしいといいながら飲んでいた。



 わずかに耳たぶを赤くしているトゥエンが、クレシアに感想を求めたところ、彼女は頼まれごとにからめて話しはじめた。トゥエンとしてはハチミツ湯四杯目の感想のつもりだったが、クレシアのするに任せた。



「どうして騎士団のところにいったのでしょう。わたしには理由がわかりません」



「はっきりとした理由はオレにもわかりませんが、ある程度までは絞れます」



「脱獄犯だからですか?」



「それにくわえて、です。駐在所に入ったあとのハナシを盗み聞きしようとしていたわけでしたが、ひとことだけ、しくじったようだな、とイーレイではないほうが言葉にしているんです」



「騎士団の人間がそんなことをいったのですか」



「信じられません。この言葉がどれだけ大きな意味をもってることか」



「手を組んでいるのですか」



「分かりません。ただ、どちらにせよ、いいことではありません」



 トゥエンはハチミツ酒を飲み干して、ビンから黄金色をそそいだ。目の前の暖炉ではだいだい色の火が揺れて、その上の鍋に閉じこめられた湯が怒り狂っていた。グラスの八分目までそそいだところでやめて、クレシアを見てみれば、つぎの一杯のために腰をうかそうとしているところだった。



「ハチミツ湯はどうですか?」



「こんなハチミツ湯のんだことがありませんよ。スーっと鼻にぬけるすがすがしいかおりと、とてもサッパリとしたあまさがなんとも」



「でしたら、ちょっと酔いがまわってきたようなので、つぎからはそちらを飲むことにしましょう。ところでウェルチャさん、一杯ぐらいならハチミツ酒を楽しんでみてはどうですか? リーシャが仕入れているのとは別のもののようで、エルボーのとはおもえないほど味がちがいますよ」



「まあ、ほんの少しなら」



 ようやく感想をきくことができたが、しかしタイミングがわるかった。ここでクレシアのグラスにハチミツ酒をそそぐことができればまだ話がつながるというものだが、あいにく、グラスのなかでは、ハチミツ湯が作られようとしていた。グラスに入ったハチミツにめがけて湯をながしこむ。温度でやわらかくなったハチミツがたちまち湯とまざりあい、ハチミツ酒のような色になる。色だけみれば同じようだが、クレシアがもつこがね色には、『人を酔わせるもの』は含まれていなかった。



 トゥエンの話は単に雰囲気を気まずくするだけだったのだ。だからか、できあがったハチミツ湯を口にするクレシアは、自分側にある窓から見えるたいまつの色あいを眺めていたし、トゥエンは暖炉の炎を見すぎて、熱で耳たぶをよけい赤くしていた。近くの部屋の扉がしまる音の大きいことといったら、二人のあいだの静けさがもうひどいぐらいだった。



 無意味におもくなった空気をかきまぜるのはクレシアだった。トゥエンさん、と窓にむかって口にして、振りむくトゥエンを待ち構えた。



「ずっと考えてたんですが、剣を教えてはもらえませんか」



「また急なことを、なぜです?」



「わたしは、ジーンさんとトゥエンさんといっしょにいることがおおいです。だから、その分あぶない目にあうこともあると思うのです、最近起きていることからすれば」



「そのときは守りますよ」



「でも、自分の身を自分で守れれば」



 そこでクレシアはハチミツ湯を口にした。意図せずトゥエンの前にさらされる腕は剣をもつには細すぎた。クレシアがいう通りに、彼女に剣の技術があれば万が一のときに心強いかもしれないけれど、トゥエンの専門は剣の『心』だ。技術を教えるだけでは、それ以外のものはつたわらない。



「オレが教えるのは剣じゃありません」



「わたしは剣を勇ましくふるう騎士になるつもりはありません。ただ、自分のことを守る、『自分ひとりで』できる方法がほしいだけです」



「ですが、ウェルチャさんは剣をもつには非力です。剣の技術をそのまま教えるのは無理があります、力の使い方が」



「わたしはそこまで頭がわるくありません。ちゃんと調節することぐらいできます」



 調節なんかできっこない、トゥエンはわかっていた。どんなにうまく体を使ったとしても限界がある。これだけ緊迫した状況にあるなか、地道に訓練して力をつけるにもむずかしい。いざ軽い武器、たとえば小ぶりの剣を使うにしても、重さがないために、力がでない。



「トゥエンさんは、剣術についてたずねられれば答えていただけますか」



「それはときと場合によりますね」



「ならば構いません。明日、武具屋にいきたいので都合をあわせてもらえますか」



 クレシアはハチミツ湯を一気に飲みほして、ついにハチミツ酒に手を出したのだった。しかも、びんにのこっているもの全部をグラスにあけてしまった。

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