第41話
──俺の『作者』としての力が、いわゆる『正夢体質』にこそ基づいているだと?
「ええと、今更ですが、一応確認しておきますけれど、あなたの自作の小説等の作品のうちで現実化したものって、そもそもが夢で見たものを小説にしたためたものばかりなんですよね?」
「あ、ああ、そうだけど……」
「ふうん。やはりいわゆる事件誘引体質に絡んでの、『小説化による正夢の実現率の向上化』を基本としているのですね。ということは原則的には、あなたにとっては本家筋に当たる、
「未来予測能力の原理って………………ああ、おまえが何かとしつこく口に出している、『夢の中の自分』を中心としての総体的シンクロ化とかいうやつのことか?」
「はい、そうなのですが、その節はちょっと調子に乗って複雑な話ばかりしてしまいましたけれど、実はもっとシンプルに考えることができるのです。──言うなれば、『どんなに不思議な現象だろうと、必ず論理的にその発現を促す原因を解明できる』と。例えば未来予測のあり方の一つに、鶴屋家においては
何と。つまりたとえ実際に夢で見たことが現実となろうとも、別にそれは『予知夢』などというSF小説もどきの超常現象によるものではなく、ちゃんと量子論に基づいた現実的に十分あり得る、『夢の中の自分とのシンクロ現象』が起こっているだけというわけなのか⁉
「もちろんそれは現在問題となっている、『小説の現実化』についても同様なのです。別にこれは神や悪魔等の超常的存在の仕業によって実現されているわけではなく、単に現実のあなたと『小説の中のあなた』とのシンクロ現象が起こっているだけなのですよ」
「いやいやいやいや。何だよ、『小説の中の自分』とのシンクロ現象って。そんな馬鹿げたことなんて、起こりっこないだろうが⁉」
「いえいえ。無論これについても、ちゃんと量子論や集合的無意識論に基づいて、論理的に実現可能性を説明することができるのです。というか、これってまさしく『夢の中の自分』とのシンクロと、論理上まったく同じものとも言えるのですよ。何せこの世のすべての物質の物理量の最小単位である量子というものが『形ある粒子でもあり形なき波でもある』という二重性を有していて、形なき波の状態の量子はほんの一瞬後の自分の姿である無限に存在し得る形ある粒子の状態の量子──つまりは形ある無限の『別の可能性の自分』と常にシンクロし合っているようなものであるという、量子論においては『重ね合わせ』現象とも呼ばれている、形なきミクロレベルにおける量子ならではの特異なる性質に準拠しているからこそ、極論すれば原理上、まさにその量子によって構成されている僕たち人類も、形なき『夢の中の自分』と実際に目覚めるまでは無限に存在し得る形ある『夢から覚めた後の現実世界の自分』のすべてとがシンクロし合っている可能性があり得ることになるのと同様に、やはり量子論に基づけば原理上、我々形ある現実世界の人間は、夢と同じく形なき小説の世界の中に描かれた、自分とまったく同じ属性を有する『小説の登場人物としての自分』とシンクロできることになって、そしてその結果として先ほど申しました『夢と現実とがシンクロし合っているからこそ、夢で見たものが現実化する可能性が生じる』理論に準拠する形で、小説に書かれたことが現実となる可能性すらも生じることになるといった次第なのですよ」
「なっ、まさか⁉」
正直言って、夢と現実とがシンクロし合えることすら眉唾なのに、そんな胡乱な理論に上乗せする形で、今度は言うに事欠いて、現実世界と小説の世界とがシンクロし合うことができるだってえ⁉
「──ああ、ここで一応お断りしておきますけど、小説に書いたことが現実化すると言っても、あなたが小説に書きつづったものが何から何まで本当に──つまりは物理的に現実化するわけではありませんよ? あくまでもあなたのみならず周囲の人たちまでもが、あなたが小説の基にしたのと同じ夢を見たかのようにして、現実世界においても『夢の記憶』に取り憑かれているみたいに行動してしまうという、精神的な現実化に限られているのです。──まさしくそれこそが、あなたが周囲の人々をも巻き込んで『自分の見た夢を現実ものとすることができる』という、強力なる『正夢体質』の持ち主であるということなのですよ」
小説の物理的な現実化に、精神的な現実化だと?
それって確か、『世界の改変』についての蘊蓄解説コーナーの時にも、同じようなことを言っていたよな?
「──さて、ここから先は、今回の主題である、『本来現実世界においては絶対に存在し得ないはずの「名探偵」を、「作者」としての反則技的な力によって、どうにかこうにか現実の物としてみよう♡』に添って、特にあなたが『ミステリィ小説そのものの夢を見て、それを小説にしたためることによって、現実の物としていく』パターンに限定して、ご説明していくことといたしましょう。それというのも、ミステリィ小説そのままの怪事件の夢を見た後で実際にもそれとよく似た事件に巻き込まれるといった、いかにもフィクションじみたことも、可能性の上ではけしてあり得ないことではないですしね。とはいえ、たとえあなたが強力無比なる『正夢体質』だとしても、あなた自身はともかく、その他の少なくとも十数名ほどの──下手したら数十名以上もの事件関係者の皆さんまで、あなたが見た夢ほぼそのままに行動していくなんて、それこそ小説等の創作物の類いでもあるまいし、少々無理があるのではないでしょうか? これではまるであなただけではなく事件関係者の皆さん全員が『正夢体質』で、しかも同じ『ミステリィ小説そのままの怪事件の夢』を見ているようではありませんか。──いやむしろ、それ以外には考えられないのではございませんか?」
「はあ? 事件関係者の全員が『正夢体質』で、しかも同じ夢を見ているなんて。むしろそっちのほうが、よっぽどあり得ないだろうが⁉」
そんな俺の至極もっともなる反論に対しても、目の前の超能力少年の自信満々の笑みは微塵もゆらぐことはなく、むしろ「待ってました」とでもいったふうに、高らかに言い放つ。
「おや、お忘れですか? この世にはそれこそ夢の世界において誰もがアクセスすることのできる、集合的無意識という名の人類共通のデータベースがあることを」
…………あ。
「そもそもたとえ小説の中で描かれた世界であろうが、『どのような世界であろうとも将来本物の世界となる可能性がある』とする多世界解釈量子論に則れば、文字通り『未来の可能性』の集合体である集合的無意識のれっきとした構成要素に含まれているのであり、あなたがしたためたミステリィ小説そのままの夢を事件関係者の皆さんが集合的無意識を介して見て、そのフィクションならではの鮮烈なる記憶が脳みそに刻み込まれることによって、現実の事件の場においても『夢の記憶』そのままに──つまりはあなたの自作のミステリィ小説そのままに行動していくことも、十分あり得る話なのですよ」
「いやでも、それこそ無限に存在し得る『未来の可能性』の集合体である集合的無意識のうちから、事件関係者全員に俺の自作の小説そのままの夢だけを、限定して見せることなんかできるのか?」
「できるも何も、それを現に行なっているのが、あなた自身の強力無比なる『正夢体質』であり、それを基にしてのこの現実世界という小説の『作者』としての力なのですよ?」
……いやだから、『作者』としての力を現実世界に対して行使することは、鶴屋一族においては最大の禁忌だって、何度も言っているだろうが?
「例えばあなたが御自作の中で、あなた自身に『探偵役』を担わせている場合においては、まさしくあなたこそがミステリィ小説そのままの怪事件の場においてある意味『主人公』のようなものとなるのですが、当然のごとく『主人公』だけではミステリィ小説は成り立ちません。『被害者』や『犯人』や『すべての黒幕』や『その他の脇役』等々の事件関係者の皆さん全員に、あなたの夢を基にしたミステリィ小説の『登場人物』そのままに振る舞ってもらう必要があります。そこであなたは『正夢体質』に基づく『作者』の力として、事件関係者たちに夢の中で集合的無意識に強制的にアクセスさせて、無限に存在し得る『未来の可能性』のうち自作のミステリィ小説そのままの
なっ。実は俺は『作者』としての力を振るうことによって、本来なら無限に存在するはずの『未来の可能性』が自作のミステリィ小説そのままに限定されている集合的無意識に、事件関係者の全員を強制的にアクセスさせてミステリィ小説そのままの夢を見せて、おのおのに『登場人物』としての記憶を刷り込んでいるだってえ⁉
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。それじゃまるで俺が自分の見た夢をしたためた小説が、今や集合的無意識そのものになっているようなものじゃないか⁉」
「おお、言い得て妙ですね。実はその通りなのですよ。まさしく『作者』であられるあなたこそが、本来無限の可能性を秘めているはずの集合的無意識を御自作のミステリィ小説として形を与え限定させて、夢を通して事件関係者全員を強制的にアクセスさせているわけで、もはやそれは『夢の中の自分』とのシンクロではなく『小説の登場人物としての自分』とのシンクロとも言うべきものであって、これぞ『作者』ならではの自他を問わない、自作の小説との強制的なシンクロ能力なのです」
「そんなまさか。いくら強力な『正夢体質』によって他人を自分が見た夢そのままに誘導できるからって、集合的無意識などという人智を超えた超自我的領域を、自作の小説そのままにカスタマイズしたりできるわけがないじゃないか⁉」
「いえいえ、現にある分野の達人たちは、集合的無意識を自分たちに都合がいいようにカスタマイズして、自由自在に使いこなしておられるのですよ?」
「ある分野って……」
「例えば、将棋の真剣勝負の場なんかが、よく知られているんじゃないでしょうか」
へ? 将棋の勝負の場で、集合的無意識が使われているだと?
「実はプロアマを問わず凄腕の将棋指したちは、皆己の頭の中に自分だけの集合的無意識を持っておられるのです。──そう。『脳内将棋盤』と言う名のね」
「の、脳内将棋盤、だって⁉」
「脳内将棋盤とは文字通り、プロ棋士や凄腕のアマチュア棋士の皆さんなんかが自身の脳内において見ることができるという、いわゆる現在の盤面の未来予想図のことですが、このように言うと何だか予知能力の一種みたいにも聞こえますけど、別に特別なものではなく、ある程度の将棋の腕前があればプロアマを問わず誰でも持ち得る、現在の盤面を踏まえてこれから先の対局の推移をあれこれと検討するための、言わば脳内に設けた仮想的な『思考実験用の将棋盤』のようなものに過ぎません。それに何よりもこれは本人の知識や経験や努力によって培われたものなのであって、別に超能力の類いなんかではないのです」
「脳内将棋盤──つまりは集合的無意識を自分の頭の中に有するようになることが、本人の知識や経験や努力の賜物だと?」
「脳内将棋盤を有することで将棋の対局中に集合的無意識にいつでもアクセスできるということは、まさに超ハイスペックのコンピュータを使いながら将棋を指すようなもので、すべての定跡や過去の棋譜をいつでも参照できるのはもちろんのこと、これから先の展開の
「それってつまりは凄腕の棋士の皆さんはたゆまぬ努力の末に、自分自身の脳みそを将棋関係に特化した知識や情報が集まっている集合的無意識そのものとしてしまっているってことかよ⁉」
すげー、将棋指しの皆さんってば、すげー。
そこら辺の三流SF小説の超能力者なんて、お呼びではないじゃないか。
あまりの想定外の話に完全に度肝を抜かれてしまった俺であったが、それに対してなぜか苦笑を漏らすSF的ミステリィ小説家。
「何をおっしゃっているのですか? ネットオンリーとはいえあなたのような小説家だって、けして凄腕の棋士の方々にも引けを取らないではありませんか?」
「え?」
な、何でここでいきなり、ネット小説家なんかが、引き合いに出されるんだ?
「確かに数千数万にも及ぶ過去の名勝負の棋譜や常に進化し続けている主だった定跡をすべて記憶し己の血肉とし、無限とも言える対局の行方の分岐を余すところなく
は?
「……そりゃあ一応は小説家の端くれとして、ミステリィ小説作成が世界そのものの創造のようなものであるというのは何となく理解できるけど、だからといってそれがゆえに俺の作品が現実化してしまうことになるなんて、話が飛躍しているんじゃないのか?」
「だからそのためのあなたの『作者』としての、事件関係者全員の自作への──すなわちミステリィ小説関係の知識や情報に特化された集合的無意識への、強制的なアクセス能力なのですよ。これによってこそ、小説の現実化といった超常極まりないことが、
「なっ。小説を現実のものとしながら、
「ええ。先ほども申しましたが、小説内で描かれた世界も将来にわたって実現し得る『無限に存在し得る未来の可能性』の一つなのであり、可能性の集合体たる集合的無意識の中にちゃんと含まれているからして、『作者』の力によって強制的にアクセスさせられている事件関係者たちは、あなたの自作そのままの夢を見ることになるのですが、その中に描かれている『登場人物』としての自分──いわゆる『小説の中の自分』として完全になり切り行動していくことによって、その記憶が脳内に鮮明に刻み込まれることになって、あなたがある『登場人物』に殺害行為を行わせるように小説を記述した場合は、当該事件関係者も本当に殺意を抱くようになり、目覚めた後の現実世界においても殺害行為を実行し、小説の内容を現実のものとしてしまうといった次第なのです。とはいえ、もちろんこれはいわゆる暗示効果や催眠効果の域を出ず、ぶっちゃけ『睡眠学習』のようなものでしかなく、絶対に夢の──すなわちあなたの小説の通りに行動することになるとは限りませんが、それならそれで構わないのです。何よりも大切なのは、夢を通して殺意を芽生えさせる等暗示をかけることによって、あくまでもリアリティを保ったまま、事件関係者の全員があなたの自作の小説通りに行動していく可能性を高めることなのであり、このことによってこそ本当に現実的かつ論理的に、小説の現実化などという超常なる現象を実現させることができるのですから」
「……何よりも大切なのは、可能性を高めることって」
「そもそも『小説に書いたことが現実のものになる』なんてことは、普通だったらあり得るわけがないのですよ。それに対して元々将棋の対局の場同様に
──‼
「……いやでも、本当に俺は、そんな大それた力を持っているわけなのか? そもそも事件関係者全員に同じ夢を見せるなんて、どう考えても不可能だと思うんだけど」
「それについては最初のほうでちらっと申しましたが、おそらくあなたは分家とはいえ鶴屋一族の一員だからこそ、『夢の中の自分』を中心として『目覚めた後の現実世界の自分』と特殊な形でシンクロできる力をお持ちだからですよ。ただし千代さんや万桜さんのような予言の巫女たちが、『夢の中の自分』を中心にして量子論における『重ね合わせ』現象に則る形で、無限に存在し得る『目覚めた後の自分』──すなわち『未来の可能性の自分』のすべてと総体的にシンクロして、無限に存在し得る『未来の自分の未来の記憶』をデータにして、量子コンピュータそのままの量子ビット演算処理能力によって
なっ、鶴屋家最大の禁忌である『現実世界そのものの書き換え』を行使するまでもなく、俺はこの現実世界の『作者』的存在になることができるだと⁉
「ただし『世界の作者』となれると言っても、ただ単にあなたが小説の記述を書き換えたり書き加えたりするだけでこの現実世界を現在過去未来にわたって思いのままにできるようになるなんていう、まさしく『おとぎ話の中だけに存在し得る何でもアリのエセ神様』となられているわけではないのです。何せ今更言うまでもないことでしょうが、そもそもどんな夢でも正夢となる可能性があり得るのですから。それというのも夢の中で
「……た、確かに。一応は似たような内容になっていたけど、何から何まで一緒というわけではなかったよな」
「つまり小説の現実化といっても、十分現実的出来事の範疇に収まっているということなんですよ。言わばあなた自身もこの世界の『作者』とかという以前に、ただ単に『夢の中の自分』とシンクロしているからこそ、世間一般に普通にあり得る『夢が正夢となる』効果を少々
──っ。やはり、そうなのか? 俺には夢見の巫女姫である万桜やくだんの娘である千代なんかと同様に、『夢の中の自分』とシンクロできる力が秘められているからこそ、強力無比なる『正夢体質』にして、自分や他人を自作の『小説の中の登場人物としての自分』と強制的にシンクロさせてしまうなんていう、超常の力を有しているわけなのか?
「ふふ、どうやら、納得していただけたようですね」
「……ああ、どうにかな」
「いや、そうじゃないと、困るんですよ、──これから先も、お話を続けるためにもね」
「は?」
……おいおい、こいつったら、こんだけしゃべりまくっておいて、まだ話し足りないっていうのかよ?
そのように心の内で、すっかりうんざりしていれば、
思わぬ不意打ちの台詞を、いきなりたたきつけられたのである。
「何せ実はあなたの『作者』としての力は、まさしく当の鶴屋家の予言の巫女姫たち──すなわち、千代さんや万桜さんとともに行使した際においてこそ、より威力を発揮できるようになっているのですからね」
──な、何だってえ⁉
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