第18話 変身ヒーローが異世界でハンターやる⑥
大地が震えていた。
巻き上がる土埃、まき散らされる岩や土隗。
そして轟音と共に振るわれる巨体。
空気を切り裂く咆哮と、灼熱の余韻が漂う狩りの場――
猛る巨竜、
その眼前に、鬼崎ケンスケの足音が、重く、そして確かに刻まれていた。
彼の全身から蒼白いエネルギーが噴き出し、空間をゆらゆらと揺らしている。
――
そう、低く呟いた瞬間、彼の瞳の奥に淡い光が灯った。
同時に右胸から立ち上る緑がかった力の波。
甲高い稼働音と共に、ケンスケの全身に破壊的なエネルギーは駆け巡り始める。
《星光炉起動:戦闘モード選択》
ケンスケの意識に、かつて聞き慣れた電子音が響く。
――神経加速は使わない。倍力機構稼働率上昇
《確認。制限モードで戦闘システム起動》
ドクン――
全身の毛細血管が一斉に膨張し、人口筋肉が蠢くように反応する。骨格が軋み、かすかな金属音を上げた。
変身できない今、星光炉の全力稼働では体がもたない。
そして、これだけの巨竜を仕留めきれないまま、強制シャットダウンなんて事態だけは避けなければならない。
ましてや、感覚加速は――使用後、確実にシステムが強制シャットダウンされる。
「……なら、まずは物理で殴って弱らせる。マリアの恨みもあるしな」
そう言って、彼はグリロティアードの前に進み出た。
灰岩殻地竜グリロティアード――それはもはや災厄と呼べるものだった。
マリアの放ったドゥヴシェフがその身を焼き、喉奥を穿たれたにもかかわらず、未だ動き、暴れ、ケンスケの命を刈り取ろうとしている。
巨大な身体。山を削るかのような尾。
そして、全身を覆う鉱岩のような外殻――まるで動く岩山だ。
だが、ケンスケは戸惑うことなどなく、その視線を巨竜に向ける。
「真っ直ぐいってぶっ跳ばす。・・・ってな」
言い終わると同時に、ケンスケは弾丸のように走り出す。
倍力機構が全身の筋肉を強化している。尋常ではない脚力が足元の岩を踏み砕き、加速した身体が空気を裂いて宙を舞う。
真っ直ぐいって――
「ぶっっっ跳ばすっ!!」
放たれた拳が、グリロティアードの眉間へ叩き込まれる。
衝撃。爆風。岩のような皮膚が砕け、甲殻に亀裂かが走った。
――――ガアアアアアアアアアアアアア!!!
咆哮と共に、巨竜がのけぞってたたらを踏む。
更に駆け寄り、再び顔面に向かって拳をふるう。
甲殻の亀裂がさらに大きくなり、飛び散る甲殻。
「どっせいっ!!!」
拳の引手の遠心力で体をひねり、その勢いで打ち下しの蹴りを入れる。
轟音と共に地面に叩きつけられるグロリティアードの頭部。
盛大な土煙がまき上がり、巨体が倒れ込む。
ケンスケは落下しながら腰のナイフを抜き、落下の勢いそのまま、砕けた甲殻のすき間に、全体重をかけて打ち込む。
金属音。火花。
切っ先が滑りながらも、肉へ届いた感触がある。
更に金切り声が上がる。
「もう一発!!」
続けて右のストレート、更にナイフで斬り込み、拳、踵――すべてを連携させて顔面を叩き続ける。
その度に悲鳴と、砕けた外殻の破片が宙を舞う。
だが――
「ぅおっとぉ……!」
グリロティアードが頭を振ると、その反動だけでケンスケの身体が吹き飛ばされた。
危うく背中から岩に叩きつけられるところだったが、空中で態勢を立て直して着地する。
(さすがに、これだけ質量に差があると、ちょっとした動作で致命傷になりかねないな)
マリアはよく一人でこれを凌いだもんだと感心する。
一呼吸後、今度は一気に距離を詰めず、円を描くように遠巻きに駆け寄っていく。
それを見たグリロティアードがわずかに頭を傾けた。
その瞬間、地面を叩くように尻尾が動いた。
「おわッ――!!」
ぎりぎりで飛び退きながら、再びグロリティアードに駆け寄る。
今度は脚部、次は尾の付け根と、次々にターゲットを変えてケンスケが切り込んでいく。
その度に甲殻にひびが入り、グロリティアードが転がされる。
―――――しかし。
何度目かの尻尾の一撃をかわして、ケンスケが不意に叫ぶ。
「エル!! 聞こえているか!?」
戦闘圏から離れる事300メートルほど先、遮蔽物の陰から返事が返る。
「いるっス!ここっス!!」
「火力が足りない!いけるか!!」
「もちろんいけるっス!!」
夕陽に照らされて意気揚々と跳び出したのは、黄金の髪を短く刈り揃えたエルフの少年――エル。
彼の背には、
「特訓の成果、見せてやるっス……!」
アラハバキがうなりを上げ、表面を走る模様に光が走る。
――――
―――――
模様を描く光はアラハバキを持つエルにも伸びていき、全身を覆う。
一瞬、眩い光に包まれたかと思うと、黄金の髪が長く伸び、その目にその髪と同じ色を宿したエルが立っていた。
「行くっスよ、ケンスケさん!!」
アラハバキを振りかぶりエルが走り出す。
――――
幾何学模様が再び輝き、アラハバキがその形状を変える。
光の中から現れたの両刃の長大な剣。
厚く硬い外殻を持つグロリティアード。その骨を砕き、一撃で仕留める形態。
「俺が引きつける!! お前はその間に仕掛けろ!!」
「了解っス!!」
二人の意思が一致した瞬間、再び戦いが動いた。
【side:ダーマッド】
「……やはり、私の見込んだ通り化け物だったな、あの男は」
石造りの城壁の上、事の成り行きを見守るダーマッドが、崖の縁にしがみつくように、手すりに身を乗り出していた。
夕日が赤く平原を照らし、グリロティアードの巨体がその中で暴れ回っている。
だが、その前に立つ人影――鬼崎ケンスケは、なおも退かず、むしろその圧倒的な怪物を正面から殴り倒していた。
「……これを現実だと言って誰が信じると思うね」
彼の後ろに控える秘書のグラーナに問いかける。彼女は答えない。
恐らく彼女もまるで夢を見ているような光景だと思っているのだろう。
ほんの数週間前だ。ギルド長室で、ケンスケの資料を読んだ時のことを思い出す。
カバルクトスの討伐。山火事の消火。
確かに下位のハンターとしては破格の活躍だ。
だが、誰が城壁を溶かす様な巨竜と、真正面から殴り合えると思う?
マリア・アイゼンファウスト――その名を見た時、ああ、あの一人ぼっちの子か。と思った記憶がある。
実用性がない無色の魔力の持ち主。バフ効果があるアイテムの方がコスパが良いと、利用されては捨てられていたハンター。
確かにギルド長室で会ったときは、以前の印象とは違って、かなり成長したと感じた。
だが、誰が戦闘配備の城壁をぶち抜くブレスを止められると思う?
「あんなことが出来てしまっては、人間の範疇を超えているじゃないか」
今――目の前の光景はどうだ。
化け物に立ち向かう、もう一人の“化け物”鬼崎ケンスケ。
そそして先ほどまで奮戦していたたった一人で巨竜を相手取った魔導の使い手。
金色の剣を振るう獣のような少年は、見覚えがあるが、たしかエルフ族のハンターだったか。中位に届かないくらいのクラスをうろうろしていたソロハンターだったと思ったが、彼も鬼崎ケンスケと出会って変わる事になったのだろう。
三人が三人とも、見事に狩場に馴染んでいた。
―――恐ろしいな
その力も成長速度も恐ろしい。
この短期間に、彼らに何があったのか。
ケンスケの拳が巨竜の顔を殴るたび、ダーマッドは心臓を殴られたような気分になる。
ギルド長として、ゼードラの街を守るために幾度となく戦場を見てきた。
だが、あの戦場に立っている三人ほど鮮烈な者は見たことがない。
「……ああ、なんとも羨ましい」
思わず、握った拳が震える。
もう自分には無理だ。実力と体力の上限が見えてしまったあの日、俺は引退を決めた。
まだ俺が剣を握り続けていたら、あそこに立てていただろうか。
せんない仮定だとは自覚している。
だが、それでも――それでも、憧れてしまうのだ。
あんな戦場に立てる若者たちがいることが。
「……英雄ってのはな、生き残ってこそ英雄として持ち上げられるんだ。
死ぬなよ。」
この街に、本物の“英雄”が生まれる――その瞬間に立ち会えること願い、ダーマッドは夕日に染まる戦場を見守り続けていた。
【side:ラルフ&アデネラ夫妻】
「……嘘でしょう」
ダーマッドとはまた別の城壁の淵。
「アレ、本当にマリアちゃんなの……?」
ラルフを膝に抱きかかえながら、アデネラが目を疑うように呟いた。
赤い夕日を背にして――先ほどまで一緒に戦っていたマリアが、たった一人で巨大な竜と渡り合っていた。
巨竜の不意を突き、打倒したと思った次の瞬間、彼女はどんどん追い詰められていた。
もうダメと思った瞬間、その男の人は忽然と現れた。
巨竜を殴り倒し、金髪の少年とたった二人で戦っている。
巨大な尾をその身で受け止め、片腕で押し返す男。
長大な剣をふるい、怪物の外殻を裂き割る少年。
「あのお嬢ちゃんが言ってたよな。『あの二人なら大丈夫』って」
「……きっと、あの二人のことなのねぇ…」
納得と共に、恐ろしさが沸き上がる。
「とんでもねえな。なんなんだあいつら」
「そうねぇ。でもあの子は私たちの為に、逃げない事を選んだわ。
守って、もらっているのよねぇ私たち」
じゃあ、やることは一つだなと、ラルフが呟く。
「ええ、祈りましょう。あの子たちがちゃんと帰って来られるように。
そして、帰ってきたらちゃんとお礼を言わなくちゃ」
そうでしょう?とアデネラは問いかける。
ラルフは「ああ」と答え、その視線を夕日に染まった戦場を見つめる。
【side:再びケンスケ&エル】
ケンスケがかき回し、エルがアラハバキをふるう。
蒼と黄金が駆け巡る度に、グロリティアードからは鮮血が噴出していた。
自身の危機を悟った巨竜が、再びブレスを吐く体制を取る。
背中の排熱甲からは熱を帯びた血が噴き出し、喉からはゴボゴボと沸騰した体液が流れ出る。
熱と蒸気を纏った巨竜は脚を止め、獲物を睨みつける。
その瞬間。
「エル!今だ!お前に合わせる!!!」
「了解っす!とどめいくっスよおお!!!」
ケンスケは右へ。エルは左へ。
同時に走り出し、グリロティアードの注意を分散させる。
黄金の髪をたなびかせ、風のように駆け抜けたエルが高く跳ぶ。
高く、高く――朱い空に一条の黄金の剣が掲げられる。
それは命を絶つための飛翔。
断頭台の刃が持ち上げられた。
「喰らうっス!!」
――――
金色の大剣がグリロティアードの首に叩き込まれ、甲殻が砕ける。
「ケンスケさん!! 合わせるっス!!」
「行くぞ……!」
言葉と共に、緑を帯びた光がケンスケの全身からあふれ出る。
――――
甲高い音共に膨れ上がった光は、夕日に染まる地を照らし、一瞬で左腕に輝く刃を作り出した。
弾かれた様に加速する。
地を駆け、巨竜の喉元へと光刃を振り上げる。
「宣言通り、その首もらい受けるっ!!」
――――
上下から迫る、黄金と翠、二振りの斬撃。
グロリティアードの首の中心で交差する。
放とうとしていたブレスはおろか、悲鳴すら上げられぬまま
――巨竜の首が、空へと舞った。
沈黙。
ぐらり、と身体を揺らしたグリロティアードが、ついに崩れ落ちた。
地響き。砂塵。震えるほどの重圧と共に、巨体が地に伏す。
ケンスケはしばらく肩で息をしていたが、やがて左腕の刃を解除し、拳を握った。
「……終わったな」
マリアが、後方から歩いてくる。気付いたエルがとっさに支えに走る。
満身創痍ながらも、目ははっきりと前を見据えていた。
「ケンスケさん……エル……ありがとう……」
「ふっふーん!見たっスか? 自分らの特訓の成果を!」
エルが笑いながらガッツポーズを作る。
ケンスケは、ふっと息を吐いた。
夕陽が沈みかけた空に、赤い光が差し込む。
倒れた巨竜の影が、長く伸びている。
その前に立つ三人の姿は、誰よりも鮮烈だった。
ゼードラの城壁から見守っていたハンターたちが、一斉に歓声を上げる。
「倒したぞぉおおお!!」
「やったああああああ!!」
「英雄だ! あれが、俺たちの――!!」
そう、彼らは知らずに叫んでいた。
この瞬間――
ゼードラの街に、新たな英雄が生まれたのだと。
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