夢見る少年と憧れの兄



 交錯する想いは、時にあなたの運命を大きく動かす。

 その時、あなたはどんな運命を選択しますか?





 「約束だ!」



 荒涼たる広野が、燃えるようなみずみずしい夕映えに包まれる時刻。

 二人の少年が互いの拳を合わせ、それぞれの想いを誓い合っていた。


 少年たちの名は、ユリハス・ハルトレイジ。そして、兄のツァイス。北西大陸に位置するディシティニア王国。そこから南東に位置する小村で暮らす兄弟であり、唯一、血の繋がった家族である。


 「じゃあ、先に王都で待ってるからな!」


 兄のツァイスは、十七の青年ながらも、どんな状況においても冷静に対応できる強い精神力を持ち、剣技においても、天賦の才に恵まれ、その実力は過酷な訓練や実践を重ねた王国騎士団員と損失ないと比喩される程であった。

 先日、王都で行われた、騎士入隊試験の際、華麗な剣さばきで、他の入隊希望者を圧倒した。


 入隊試験を観戦しに来ていた部隊長の一人が、ツァイスに興味を持ち、突如、試験に乱入し、自分との手合わせを申し出た。他の試験官らは制止を試みたが、聞く耳も持たず、手合わせを強行した。突然の出来事且つ、部隊長との一騎打ちに誰もがツァイスの敗北を予想していたが、結果は彼の勝利で幕を閉じた。


 部隊長の慢心が仇となったとはいえ、受験者が部隊長に勝利したという事例は、建国134年の歴史の中で前例がなく、他の受験者たちが歓声に湧くと共に、彼らの試験へに対する士気を上げる要因となった。


 この勝利が決め手となり、特例ではあるが、王国最強の部隊、エルギス隊への配属が決定している。


 それほどの実力者であるにも関わらず、その容姿はそれらを感じさせない程に、美しく、線も細い。だが、その体は精密なほどに鍛え抜かれた体つきをしていた。


 「うん! 俺も必ず、騎士団に入るよ! 兄ちゃんみたいに飛び級で入隊とかは無理かもしれないけど……」


 弟のユリハスは、兄とは打って変わって、十二の幼さを露わにし、他人の意見などにも耳を貸さず、魂の赴くまま、自由に行動するような天真爛漫な性格である。

 剣技もまた然り。


 全くと言っていいほどに剣技や運動の才がなく、また、この世界の誰しもが生まれながらにして受けるマナの恩恵すらも、適応していない。

 そのせいからか、幼いころから体が弱く、ことあるごとに体を壊していた。


 「お前はまず、体力をつけて、剣の腕もあげないとな。一人で、ウリ坊すら狩れないようじゃ、騎士なんてまだまだだぞ」


 馬鹿にしたような薄ら笑いをするツァイスに、多少の苛立ちを覚えながらも、――俺は、必ず強くなるんだ!! と一喝した。


 「そんでもって、体が弱いのもなんとかして、絶対に兄ちゃんより強くてかっこいい騎士になる!」


 ツァイスは、そんなユリハスの必死な眼光をじっと見つめ、安心したように、微笑み、ユリハスの頭に手をやり、二度、撫でた。



 「じゃあな、頑張れよ」



 別れの一言だけを言い残し、ユリハスに背を向けると、王都への道を歩みだした。


 一歩、また一歩と、離れていく兄の姿じっと見つめ、笑顔で見送ろうとするが、視界はどんどん滲んで、よく見えない。

 兄の旅立ちを笑顔で見送りたい。何度も目を擦り、霞んだ視界に映るのは、自らに向けられた期待感や、安心感。しかし、別れの寂しさをも伺わせる兄の背中。


 だが、ユリハスには、それすらも高く、大きく、勇ましく見えた。


 十二年。早くに父母を亡くし、貧しいながらも助け合い、共に笑いあっていた兄の新たなる旅立ち。


 嬉しくない筈がない。兄を心から応援したい。

 だが、一歩一歩と遠ざかっていく兄の背を、今すぐ追いかけたい。


 それをしてはいけないことだと、自覚する度に、寂しさや孤独感が込み上げ、涙が溢れてくる。


 いかないで……。 にいちゃん……。


 声にすることは許されない。

 そんなことは幼い心でも、ちゃんとわかっていた。

 けれども、涙だけは言うことをきいてくれない。

 小さい拳を硬く握りしめる。

 今の自分にできることは、声を殺し、唇を噛みしめ、霞んだ視界の中の兄を見送ることだけ。



 「いってらっしゃい……」


 必死に絞り出した、その声にならないほど、か細い言葉は、聞こえない筈の兄の歩みを止めた。


 「ユリハス!」


 ユリハスに背を向けたまま声を上げる。


 「楽しみにしてるぞ! お前が俺を超えて、この国の英雄になる日を!! 」


 兄という存在は実に頼もしい。ユリハスの心に渦巻く、不安や寂しさを一言でかき消し、自らを超える存在と認めてくれたような自信に変えさせる。


 「……おう! 」


 硬く握りしめられた小さな拳を、天高く突き上げ、兄の想いに応えた。

 目の周りは赤く腫れ、涙交じりの汚い顔ではあったが、そこには満面の笑みが浮かんでいた。




 春を告げる風が、にわかに濃密な肌触りで、兄弟にこれから訪れるであろう未来を、祝福で包み込んでいた。

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