ギルティ&ジャッジ

 いくつか稼働できるドローンがあったが、街の回線を完全に停止させる事で美洋とジキルに襲い掛かる敵は大幅に減らす事が出来た。



「一気に行こう。イリジウム回線を開いて現状を他地域に報告」



 世界中どこでも使えると言われているイリジウム電話の回線を使いジキルは外に応援と連絡を送る。



「……ダメだよ。美洋、全部あのサーバー施設が中継になってるよ。あのサーバー施設をなんとかしないと応援は呼べないみたい」



 どの道そこに向かっているわけで、舌打ちをした美洋はハンドルを強く握るとジキルに話しかけているのか、それとも独り言なのか分からない事を言う。



「日野元アリスが異様なまでに僕に執着する理由、それが段々分かってきたような気がする」

「真希奈のフリをした誰かに騙されてるんじゃないの?」



 美洋は全く車の動いていない高速を飛ばす。しばらく臨港線を走りそれを抜けたところに見える要塞のようなその姿。



「あの大きなサーバー施設、あれは姉さんが構想した物。そうだろう? 分からないとは言わせない」



 ジキルは口を閉じているつもりだったが、ここで黙っているわけにはいかなくなった。それは否定。



「本当にボクは何も知らないんだ。君といつかあそこに向かう必要が出てくる。それがボクの作られた心に刻まれた命令、信じて……くれるかい?」

「あぁ、僕とジキルはパートナーだ。最後まで君を信じるよ」



 それにジキルはぱっと笑顔が戻ると美洋に抱き着く。ジキルは美洋に見せないようにしながら少し寂しい顔をみせる。

 VRゲームのサーバー施設前、バイクから降りると美洋とジキルは一人の少女、いやドレスに身を包んだ少年と対峙する。



「久しぶりだな。日野元アリス、いやトランプ兵か」



 クスクスと笑うアリス。それはとても可愛らしく、そしてあざとく、狂気じみた笑顔を二人に見せる。



「お兄ちゃん、久しぶりだね。私はトランプ兵じゃないよ。マッドティーパーティの切り札という意味ではそうかもしれないけど、私の真名は赤の女王」

「ハートの女王じゃないんだな?」

「だってー、私ハートって柄じゃないじゃん! お兄ちゃんもそう思うでしょ?」

「どっちでもいい。お前をサイバーテロ及び、騒乱罪の現行犯で逮捕する」



 美洋の言葉に再びアリスはクスクスと笑う。



「お兄ちゃんはサイバネティクスハンターじゃん。その職に逮捕権はないと思うんだけどなぁ!」



 それに次ぎは美洋が笑う。



「サイバネティクスハンター条項、第二十四条。第一級災害等においては限定的に逮捕権を所有するものとする。そして今は僕達とお前しかいない。よってこれが適用される」



 美洋は手錠を取り出すとそれをアリスに見せた。これはアリスにとっては予想外の一手だった。



「なるほど、美洋。日野元アリスと電子戦をしない方向を取るんだね」

「無論だ」



 美洋のその判断は最善、最高の一手だったが、それにはアリスは怒り狂う。だんだんと地面をけり、美洋に言う。



「は? 何言っちゃってんの? お兄ちゃんは私と電子戦をして見事に散ってもらわないとお姉様が認めてくれないじゃない! だからさ、私と本気で戦ってよ! 私の最終兵器。エディション・レッド・ジャジメント赤の女王の裁判



 アリスの足元が盛り上がる。それは二十メートルはあるような高い塔。その一番上で三枚の赤いモニターと三枚の赤いキーボードを携えたアリスの姿。



「お兄ちゃん、今から私は街に向けて米軍のミサイルを発射するから、お兄ちゃんは死ぬ気でそれを止めてね」



 アリスはそう言うと動きを始める。アリスの後ろには巨大なプロジェクターが現れる。それが一体何を意味しているか……



「美洋、とりあえずあのシステムをハッキングして止めるよ!」

「嗚呼、頼む。僕はあいつの頭をひっぱたく」



 美洋は青に跨りアクセルをふかした。そして塔を登る。が、上手く青が上がっていかない。全くグリップが聞かない。



「ふふふ、お兄ちゃん。その厄介なバイクの対策はしてあるから、簡単にはこの塔は登れないよ。あの街が消えたら、次は私をおかしくした私が生まれた街を全部焼き払ってやるんだから、人類は弱すぎる。だから私が滅ぼしてあげる」



 美洋は何度か塔を青で登ろうとするがそれが出来ない事を悟るとジキルの元へと駆けよる。そしてこう言った。



「ジキル、手伝うよ。完膚なきままにあの日野元アリスを叩きのめす。いくぞ」

「うん! ボク等が二人で力を合わせれば絶対に負けないよ」



 ジキル一人と互角に渡り合っているアリスには驚かされるが、ジキルと美洋の二人がかりであればさすがのアリスもじわじわと押され始める……ハズだった。



「お兄ちゃん、前のあれやってよ! 私を一瞬で捕まえたあ……れ! 次は勝って見せるからさ。やってよ!」



 そう言ったアリスはじわじわとシステムを解除していたハズの元を再びイーブンにまでロックし返す。限界ぎりぎりまでの処理速度を見せているハズの二人だったが、逆に押し戻される。一杯一杯だったハズの器がいきなり広くなったような、そんな気分でいる美洋とジキル。二割程押し戻されたところで美洋は眼鏡をかけた。



「ジキル、仮想ブーストを使う」



 コクンと頷くと美洋の眼鏡にコードを繋いだ。ジキルの処理能力が倍増する。押し戻された分も含めて一気に王手にまで追い返す。それにはさすがのアリスも余裕の表情を崩してしきりなしに操作するがジキルの速度においつけず全ての機能を停止させられる。



「凄いな、お兄ちゃん……なーんちゃって」



 押し戻されたハズの機能は全て正常機能しており、まだ仮想ブーストを切っていないハズのジキルの処理がおいつかない。



「……そんな馬鹿な……日野元アリス、一体何をした?」



 アリスは席から立ち上がるとアリスの後ろにあるプロジェクターを指さしてみせた。そこには美洋とジキルの顔をしたアイコン、それが1ずつの計2であるに対して、アリスの顔に似せたアイコンは三桁、そして四桁を上回る数。

 あれが人数を意味しているとすれば、美洋は表情を変えずにこう言った。



「やはり、『帽子屋さん』アプリか」



 アリスは美洋に手を振ると可愛い笑顔を見せる。



「御名答、と言いたいけど、ざーんねん。あんな一般人向けのアプリじゃなくてこれは軍用モード、トランプ。そしてこのアプリ一つ一つが私と同じアルゴリズムを持つように作ってるから、今お兄ちゃんたちは千人の私と電子戦を行ってたんだよ! 勝てるわけ、ないよね? だって私、お兄ちゃんとお兄ちゃんの持つお人形とたった一人で対等なんだよ? 千人の私に勝つなんて不可能なんだから」



 美洋は目を瞑ると、再びジキルに言う。



「ジキルもう一度一から解除に入る」

「分かったよ」



 ジキルは笑顔で、美洋はいつもと変わらない表情、それを見てアリスは歯を食いしばる。自分は圧倒的な差で美洋とジキルを確かに下した。それはもう決定的な事実のハズ、なのに……なのにアリスは何なのか分からない怒りに打ちひしがれていた。



「何よそれ……なんで諦めないの? なんで? そんなに弱いのに、なんで? ずるいよ……私はずっと一人だったのに……お兄ちゃんはずるい。お人形を壊しちゃえばいいんだ。全機能オープン、エルデロイド・ジキルの破壊フェイズを開始」



 アリスはジキルのシステム掌握を始める。そこでジキルに特殊なプログラムがある事に気づくアリス。



「さすがは真希奈お姉様の作ったお人形だわ……今までのどんなパズルよりも面白い。でも、私に解けないパズルなんてないんだよ!」



 異変を感じたジキルは美洋との通信を遮断し、頭を抱える。それは苦悶の表情だった。今、ジキルにないが起こっているのか美洋は一瞬分からなかった。



「ジキル、回線を遮断しろ! まさか、ジキルのクラッキングをしてくるなんて」



 美洋ですらブラックボックスの多すぎるジキルに関しては分からない事が多い。それをアリスは恐らく感覚的に理解している。

 美洋は眼鏡にジキルのケーブルを指すと再び繋がろうとするが、ジキルがそれを拒絶する。



「ジキル! 僕のいう事を聞け僕の処理能力を使ってブロックを!」



 弱弱しくジキルは首を横に振る。そして電気が走ったかのようにビクンと反応すると機能が停止した。



「おい、おいジキル」



 美洋がいくらゆすってもジキルが反応する事はない。それを塔から眺めているアリスを見て美洋は呟いた。



「ジキル、すまない。本来であれば僕は怒らないといけないハズなんだろうけど、僕にはそういった感情が存在しない。そして現時点では日野元アリスを攻略する手段も見つからない……ここが僕等のデットエンドのようだよ」



 美洋は完全敗北を認め、それを嬉しそうに塔の上から見下ろしている日野元アリス。アリスが街に向けて発射指示をしているミサイルによってこのままでは全ての人々が眠るあの街が火の海と、地獄と化す。

 そんな状況を考え美洋は小さく呟いた。



「……くそっ」

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