オフライン&バトルフィールド
美洋とジキルの二人が参加権利を得ようとしている間、現実世界ではリーシャとピノッキオが不審な動きをしているアカウントを監視していた。
「チーター殺しの白兎、私の読みが正しければテイカーボウルという撒き餌に寄ってきたチーターを一網打尽にするつもり。恐らくそれは複数のイレギュラーに対して同時に処理できるアルゴリズムを持った何かだと思うの」
カタカタと背中を合わせてタイプするピノッキオにそう言うとピノッキオはいくつか考えを巡らせた後に言う
「恐らくはワンダーランド、あるいはマッドティーパーティーの手の者ではないでしょうか?」
マッドティーパーティー、そしてそれらの非公式会員のようなワンダーランドの住人と呼ばれた、枷の外れた一般人たち。
身をもってその危険性をリーシャは感じ取っていた。そして、悲しい事にピノッキオが考えた答えとリーシャもほぼ同じ結論に到達していた。
「水城真希奈、あなた死んだんでしょ? なら静かに土の下で眠ってなさいよ。貴女がSNSにいる限り、あなたの弟は人でなくなってるのよ?」
水城真希奈の名前はカリスマであり、ある種のカルト的な人気を誇っていた。そんな真希奈のSNSアカウントを使えば、囲いや信者を作る事も容易いだろう。
マッドティーパーティーと呼ばれた連中はまさにそれだろう。日野元アリスも東雲亮も意味は違えど水城真希奈に陶酔していた人物。
今回の白兎という存在もそれら水城真希奈のアカウントによって操作された何者かの仕業だろうと検討はついていた。
「美洋達が滅茶苦茶やってくれていれば、絶対に白兎が仕掛けてくると思っていたけど、白兎から罠を張ってくるとは思わなかったわね。ピノッキオはどう思う?」
リーシャは大量のジャンクデータを用意して待っていた。白兎が美洋達に接触した瞬間、それら全データを送り込み動きを止める。
あとはその情報を逆探知し、追い詰める。あるいはそのプログラムを手に入れる。と思っていたがそんな簡単には掴ませてはくれない。
「今回も、水城美洋の知人や知り合いではないかと思います」
リーシャは頷く、あの水城美洋の事は少しずつ調べていた。彼は姉である水城真希奈の死から二人の知人に保護者扱いとして助けられている。
一人がこの前の事件の犯人であり、そのままマッドティーパーティーに切り捨てられた東雲亮。そして、もう一人、メイ・
彼女は仮想現実に関して人間の脊髄反射、そして感情をシステム化させた天才。あの生前、水城真希奈をして右腕と読んでいた存在なのだ。
「もし、この人物が犯人なら、仮想世界において美洋の勝率はゼロよ」
何故なら、今回のVRゲームの基盤を作ったのも彼女、メイ・瀬江利である。いわば彼女はこのVRという異世界の造物主にして創造主なのだ。
言葉通り、人が神に挑む事になる。そしてその結末は考えずとも見ている。
「ピノッキオ、メイ・瀬江利の現在の居場所を調べるわよ! 次は私達が美洋を守る番だから」
「リーシャ、よほど前回の件が応えましたね? 貴女にとって初めての汚点」
追い詰めるハズのリーシャが追い詰められた。確かにあれは酷くプライドを傷つけたが、それ以上にリーシャは次は二度と負けないという強い気持ちと、美洋へのほのかな想いを抱いていた。
「私は悔しいけど、美洋とあのジキルって子には敵わないわ」
「そんな事はありません。リーシャはまだ発展途上、これからがあります。そして自信をもってください。貴女は天才です」
そう自分を慰めてくれるピノッキオにリーシャはほほ笑んだ。
「ピノッキオ、ありがと。でも私はあなたが天才と言ってくれるからわかるの。天才という存在は自分の限界を理解している。でもあの二人は違うわ。何処までも限りなく無限に近い限界を持っている。そんな二人と私は並び立てない。でも右腕ならどうかしら?」
ピノッキオは電子の頭脳で考えた。
あのプライドの塊であった自分の相棒であるリーシャ、なんだって自分が一番だと思っていた彼女をして右腕になると言う美洋とジキル。それにピノッキオは答えを導き出した。
「私は貴女の為に存在するツールです。貴女を彼らの右腕としてふさわしい働きをお見せしましょう」
ピノッキオは自分とモバイル端末を繋ぎ、電子の海に転がるありとあらゆる情報を探し当てる。そしてリーシャにこう情報を提示した。
「先ほどまで、メイ・瀬江利と思われるゲームアカウントがログインしていたと思われるます。ですが、アカウントをログオフし、今はオフラインとなっています。街の監視カメラ映像より、車を使い何処かでに向かっています」
ピノッキオの言う事にリーシャは妙な胸騒ぎを覚える。彼女は何処に向かっているのか? それは……
「恐らく、郊外に設営されたこのVRのゲームのサーバールームだと思われます」
そんな所になんの用がと思ったが、リーシャはすぐに理解した。意識をフルダイブしているゲームの中で突然のサーバーダウン。
「その意識は一体どこに行くんでしょうね。成程、これが日野元アリスが実行しようと思っていた都市麻酔計画。恐ろしいわね。ピノッキオ、私達もサーバールームに行くわよ! サイバネティックスハンターなのに、オフラインで戦う事になるとは思わなかったわ」
以前、傷つけられた部分も修理した前時代的なMT車が待つ駐車場へと向かう。助手席をピノッキオが開けてくれるので「ありがとう」とお礼を言うと助手席に座る。ピノッキオはエンジンをかけて走り出す。
「リーシャ、貴女はやはり天才です」
「どうして?」
備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すとそれを飲みながらピノッキオの運転を眺める。このミッションの運転に関してピノッキオ程上手にシフトチェンジをして車を操れる存在がどれだけいるだろうかとリーシャは思う。
「こうなる可能性を予測していて私を強化したんでしょう? 対人戦闘、オフライン化における電子戦。貴女は今、この情報化社会の中で人はオフライン無くして生きていけない事を正確に理解した初めての人間です」
ピノッキオがなんとも大げさな事を言うのでリーシャは笑うよりも驚いた。このピノッキオは自分の想像を超える程度にAIという心を育てた。
「大げさよ。それにどうしたの? あなた人間っぽいわよ?」
「恐縮です」
ピノッキオが冗談を言ってみせたので、さすがにリーシャも噴出した。そしてリーシャは運転するピノッキオの肩をぺしぺしと叩くと笑って言った。
「この仕事が終わったら、あなたの見た目をより人間らしくする事でも考えようかしら? 案外素敵かもしれないわよ」
「楽しみにしています……リーシャ、SNSアカウントよりメッセージが届いています。再生しますか?」
怪訝な表情を見せるリーシャ。そしてゆっくりと頷いた。
「いいわ。再生してちょうだい」
「メッセージの相手は、水城真希奈です」
「さすがに笑えないわね」
そしてピノッキオが再生したメッセージはなんとも意味不明なものであった。
『あなたはお茶会には呼んでいないよ? 天上の頂に挑戦する権利はない。お人形遊びはここでおしまいにした方がいいよ? 何でもない日万歳』
リーシャにも分かる事はいくつかあった。
自分とピノッキオはお呼びではないという事、確かにあの東雲亮ですら到底勝てるとは思えないような電子戦を繰り広げてきた。
この水城真希奈を語る人物が欲しいのは水城美洋だけなんだろう。だからと言ってもはい、そうですかと引かないのもまたリーシャだった。
「貴方達天才を越えた者に、天才が何処まで食らいつけるか見せてあげるわ! ピノッキオ、急いで!」
VRゲームのサーバールームは厳重に管理された何もない砂漠のど真ん中に聳え立っている。扱うデータ量の多さと、その前述した危険性から誰にも手出しできないシェルターのようだった。
「あら、お客さんを読んだつもりはなかったのだけれど?」
リーシャとピノッキオは先回りし、入口の前で彼女、メイ・瀬江利を待っていた。少し驚いた表情を見せただけでメイは全く余裕の表情を崩さない。
「サイバネティックスハンターです。貴女をサイバーテロの容疑で拘束します! メイ・瀬江利……いいえ! マッドティーパーティー幹部。シェリー・メイ!」
その名前を聞くとメイの表情が悪い笑顔に変わった。
「ただのちやほやされたいだけの女の子かと思っていたけど、それなりにはやるのね。ご褒美にお話しをしてあげる。ついていらっしゃい」
ごくりと生唾を飲み込み、リーシャはメイの後ろについていく。絶対的に優位なハズのリーシャは心音が高鳴り、段々と彼女シェリー・メイに飲み込まれそうな気分になっていた。
案内されたのはサーバールーム内の広い事務所のような場所。
「私が何をしようとしているか分かっているようね?」
「当然でしょう? こんな危険な事、絶対に止めて見せるわ」
「止めれる物なら、止めてみなさい! このシェリー・メイの最高傑作。白兎をね!」
そう言うとシェリーメイは小さなシェルターに包まれる。そして部屋が割れた。ガチャガチャとルービックキューブのようにつながっては離れ、生きているかのようにサーバールームという名の巨大施設は動き出す。
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