行動
晴明の帰還は三月三日。その知らせは、晴明から式神を介して御所の陰陽師へ、そして頼忠に伝えられた。二月の末日のことであった。
三月三日は、毎年恒例の「
頼忠は武弘に言伝を託した。決戦は三日後。言伝は武弘から沙霧、並びに、息子の武久と、道満の息子の道兼へ、そして、沙霧から絵師の良秀へと伝えられる。三日後、刺客たちが――良秀は式神を呼ぶのみだが――黄金の塔のもとへ結集する。
晴明にしてみれば、塔を出た後、躊躇する理由は何もない。ただちに冥界の門をこじ開け、百鬼夜行を起こすだろう。それは、帝や大衆の目には、間一髪間に合ったと映るわけだ。
故に、間髪を入れず、討たねばならない。万全の態勢とは言えないが、やるしかない。
しかし、いざやるとなると、道満の死は大変な痛手であった。聞けば、あの男の術こそ晴明が最も苦手とする類のものだったという。あの男なしで――女と子供ばかりで――本当に晴明を倒せるのか? 沙霧の率いる義賊の一党も加勢するというが、決め手にはなるまい。
やはり今からでも現役の陰陽師を説得すべきだろうか? いや、もし説得に失敗し、計画が露見すれば、私が捕らえられるだけでは済まない。警戒され、襲撃の成功率が格段に下がってしまう。
陰陽の才なき自分には、ただ刺客たちの勝利を祈ることしかできないのか?
それにしても、と、頼忠は思う。何故これほどまでに、晴明は悪なのか? 自分の力を他人の為に使おうとする人間もいる。何故、晴明は、その絶大な力を私利私欲の為に使おうとするのか?
実は私利私欲でなく、何か深い考えがあってのことなのか? あるいは、幼少期に心を歪められてしまうような経験をしたのか? それとも、特別な動機など何もなく、人間は、ただ欲望の為に、悪になり切ることができるものなのだろうか?
できる、ということなのだろう。人間の欲望は底知れない。
民を飢えさせてまで、風雅な暮らしを続けたがる貴族。辟易しながらも、私自身も貴族なのだ。民を思おうが思うまいが、他の貴族と同様に、私が飢えることはない。今までに飢えたことは一度もない。
私財をなげうてば、何人かを飢えから救うことはできる。けれど、それはしない。何人かを救うだけでは意味がない……と、もっともらしい言い訳をしているが、そんなものは詭弁だ。救えるのに、救わないのだ。何故なら、他人より、自分の方が大切だから。
大切な他人――例えば家族――が死に瀕していたら、人は救おうとするだろう。けれど、それは大切だからだ。大切でない他人なら、おしなべて救わない。
晴明のように、他人を欺き、多くの犠牲を出してまで英雄であろうとする巨悪と、ただ他人を救わないだけの我々との間には、実のところ、根源的な違いはない。私は貴族の家柄に生まれたことに感謝している。もし私が、晴明ほどの力を持って生まれたなら……抱き得る、彼と同じ野望を。
しかし、そんな風に考えたところで、状況は少しも改善されないのだ。誰もが魔王になる素質を秘めている――そんな理由で、奴の凶行が許されるわけがない。自分は、今、偶然にも、魔王ではない。止める立場にいる。責務を全うしなければならない。
行動だ。沙霧と子供たちが勝算を度外視して戦おうとしているのに、自分だけ安全な場所にいて理屈を捏ねている場合ではない。
晴明が欲しているのは、名声。英雄であり続けること。ならば、真相を暴かれることを最も恐れているはず。
語ったところで、大部分の人間は信じまい。何よりまず帝が決して受け入れないだろう。
それでも、誰かが声を上げれば、奴は少なからず動揺するに違いない。まったくの無関心でいられるとは思えない。平静を装いながらも、内心は焦る。たとえ言葉が誰の耳にも届かなかろうと、奴の心を少しでも揺さぶることができれば、刺客たちの一助にはなる。
頼忠は遺書をしたため、油紙で包むと、大きく息を吸い込んだ。そして、決戦の場にて、声を張り上げる自分を想像した。何度も思い描き、備えた。三日間、そうやって過ごした。
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