仲間
羅生門の前に忽然と現れた立て札を見て、沙霧は舌打ちをした。
「何と書いてある?」
二郎が言った。一党の中で文字を読めるのは沙霧だけである。
「三日後から、この門の修繕を始めるってさ」
「随分急だな。だいいち、今この都にそんな余裕があるとは思えぬが」
沙霧は立て札の前で長居せず、歩き出した。二郎も続いた。二人とも商人の姿である。
「多分本当に直すつもりなんてない。私らを炙り出そうっていうんだろう」
「なるほど」
「猪鹿の婆は? まだ番をしてるのかい?」
「ああ」
「そう。悪いことをしたね」
「なぁ、沙霧。そろそろ教えてくれないか。お前はいつも一人でどこへ行っている?」
沙霧は、黙した。
「皆、心配しているのだ」
「……すまないとは思ってる」
「陰陽の力に関係のあることなのか?」
その通り。だが、言うわけにはいかない。
沙霧は二郎にだけ、陰陽の力が発現したことを打ち明けている。一人で背負うには大き過ぎる宿命だった。
何故二郎なのか。愛しているから――ではない。一郎には言えなかったからだ。秘密を知れば、いつ、どんな危険に巻き込むことになるかわからない。二郎の、自分への好意を知った上で、沙霧はそれに甘えている。
いつか一郎と夫婦になる。これまで沙霧はごく自然に、そう思っていた。向こうも同じだったはずだ。しかし、このところ一郎は、沙霧と二郎が恋仲になったと思い込んで、嫉妬を隠そうともせず、日に日に粗暴さを増している。
一郎を守る為の秘匿であった。なのに、そのせいで、一郎の醜い面を見ることになってしまった。自分本位が過ぎると己を罵りながらも、気持ちが冷めるのを止めることはできなかった。
二郎に心変わりした、というわけではない。一郎の、潰れた片目の奥に潜む、飾り気のない真っ直ぐな心をこそ、沙霧は愛していた。先代の頭領が死んだ後、それまで無作為に人を襲っていた一党が、義賊として生まれ変わったのは、一郎の成したところが大きい。
「沙霧、話してくれないか。俺はお前の力になりたいと思っている」
二郎は、一郎の嫉妬を承知の上で、沙霧に想いを伝えてくる。が、沙霧はその想いに応えられない。
「あんたは知らなくていいことだよ」
「俺たちは仲間ではないか」
仲間――そう、仲間だ。
盗賊として襲いかかれば、晴明は歯牙にもかけず、同時に現れた巨大な妖魔の相手に集中するはず。その隙を突いて仕留める――当初、そういう算段であったが、沙霧は迷い始めていた。
晴明を討つ。それは一点の曇りもない、沙霧の決意である。だが、如何な正義であれ、他人に強いることはできない。真実を知らせないまま巻き込むなどもっての他である。遅くとも襲撃の間際には、全て話し、賛同者を募らなければならない。
ついてきてくれる者は、きっとあるだろう。だが、首尾よく晴明を討ち取ったとしても、奴が英雄でなく魔王であったことを立証する手立てがない。あの絵師は寝返ってくれたとは言え共犯者なのだ。証言は期待できない。となれば、無事逃げおおせても――それも困難を極めるが――生涯、英雄殺しの汚名を着せられることになる。
そう考えると、やはり――
「二郎、あんた、頭領を継ぐ気はないかい?」
一人で戦うべきだろう。検非違使が羅生門に現れたことも、啓示の一つに相違ない。
「何を言う、沙霧」
話せば、少なくとも一郎と二郎は、きっと一緒に戦ってくれる。けれど、それは二人の気持ちを利用していることになる。これ以上の自分本位は、自分で許すことができない。
「羅生門に隠した金品は諦めよう。検非違使はあそこから何かが運び出されるのを監視してるはずだ。新しい集合場所は、二郎、あんたが決めればいい」
「羅生門を捨てることに異存はないが、急に何を言い出すのだ。お前は俺たちを捨てるのか?」
「そうじゃない」
「わけを聞けぬなら、承服できぬ。お前は何を背負っているのだ。俺が半分請け負うわけにはいかぬのか?」
そうできたら、どんなに楽だろう。
沙霧は女に生まれたことを悔いた。色恋さえ絡まなければ、命を預けてくれと、堂々と言えたかも知れない。
立ち止まり、振り返った。今にも崩れ落ちそうな、羅生門の楼閣。今も猪鹿の婆は一人、あの場所を守っている。もう見張りはいいと、今夜、せめて自分で伝えに行くとしよう。
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