27.合わせ鏡




 私は、日に日にさゆりの様子がおかしくなっているのに気が付いていた。


 あの海で話をした後から、いつもの余裕がなくなった。

 そして学校生活でも、周りに気づかれて心配されるぐらいには、それは分かりやすい。


 上手く取り繕えないほど、精神的に追い詰められているのか。

 その様子は痛々しくて、見ていられないほどだった。



 だから私は、そんなさゆりの気分を少しでも変える為に一計を案じた。





「合わせ鏡?」


「そう、ちょっと面白そうだからやってみない?」


 今までなかった私からの提案に、さゆりはぼんやりとしつつも驚いていた。

 少しでも彼女の気分転換になればと、更に私は畳みかける。


「夜の十二時に合わせ鏡をやると悪魔が出るか、もしかしたら過去か未来が見えるのかもしれないんだよ。興味出て来ない?」


「……ええ、そうね。」


 強引に行けば、疲れたような顔をしながらも彼女は頷いた。

 了承を得られればこっちのものだと、私は今までのさゆりみたいに時間を勝手に決めていく。


 特に文句も言われないので、私は次の休みに予定を合わせて、そして彼女の頭を軽く撫でた。


「絶対に来てね。」


「心配しなくても、行くわ。」


 一応念を押して言えば、何の感情もこもっていない言葉が返ってくる。

 やはり前よりも全く違う様子に、私の心は不穏なものを感じたが、それを振り払って大げさなほど笑った。

 それでも不安は、少しも消えなかったが。





 待ち望んでいた休みの日。

 私は遠足前の子供のような気分で、さゆりを待っていた。


 今回は、私の家でやる事になっているので、親がいない日を指定している。

 まず、ちゃんと来てくれるのか。

 それが一番の不安要素だったから、時間が来るのが怖かった。


 そわそわと落ち着き無くしている内に、とうとう指定した時間になる。

 そしてちょうどその時、チャイムの音が鳴り響いた。

 私はさゆりだと確信して、モニターを確認せずに扉を勢いよく開ける。


「時間通りに来たのに、どうしてそんなに焦っているの。」


 顔があまりにも焦ってしまっていたからか、彼女は少し変な顔でそう言った。

 それが笑みを浮かべようとして失敗したものだと分かったので、頭をかいて苦笑する。


「いやー、何か待ちきれなくて。」


「そうなの。じゃあ、お邪魔します。」


 さゆりは私の脇を通って、さっさと中へと入った。

 その後ろをついていきながら、私は来てくれた事に安心する。


 彼女は静かに部屋の隅に座って、特に何もしていなかった。

 時間まではまだまだあるので、私は隣に座って一緒にぼーっとする。


 しばらくの間、私達には会話はなく、それが別に苦痛とは思わない。

 向こうがどうなのかは、分からないけど。

 それでも随分と長く、そのままでいた。





 午前0時まで、あと10分前。

 私とさゆりは、鏡を2つ用意して向かい合わせていた。


「どうなるか楽しみだね。」


「ええ。」


 そこまでワクワクとしなさそうな彼女だったが、ちゃんと手伝ってくれるので嫌では無いのだろう。

 それでも、少しは気分が変わってくれればいい。

 私は彼女に気づかれないように見ながら、ゆっくりと微笑んだ。



 ついに時計の針が、どちらも上を指していた。

 さて何が起こるのかと、私は期待を込めて鏡をのぞきこんだ。


「……駄目、かな。」


 しかしいくら隅々まで見ていても、全く変わった所が無かった。

 これは、このタイミングでスカの情報を引いてしまったのか。


 さゆりに申し訳なくて、死にたくなってしまう。

 私は自分が許せなくなりそうになりながら、恐る恐るさゆりの方を見た。



 そして息をのむ。


「さ、ゆり?」


 私の口が勝手に彼女の名前を呼ぶが、返答はない。

 彼女はポロポロ、ポロポロ、そんな音が聞こえてくれるのではないかというぐらい、ただただ泣くのに忙しいから。


 こんなにも泣いているのを見るのは、本当に久しぶりだった。

 彼女の泣き方は、こちらの胸が苦しくなるので、出来れば見たくなかったのに。

 私が、そんな顔をさせてしまったのか。


 心臓が痛くなって、どう声をかけるべきか迷う。

 しかし、とても小さく聞こえて来た言葉に、考えは変わった。


「おか、あ、さん。」


 鏡をまっすぐに見つめて、無意識にこぼれてしまったのだろう。

 それを聞いてしまったら、私がする行動は1つだった。



 邪魔をしないように、ただその場を離れるだけ。


 扉を静かに閉めた私は、ずるずると床に向かってしゃがみ込む。

 そして頭を抱えながら、絞り出すようにうなった。


「ああ、何か選択肢間違った気がする。」


 部屋の中でさゆりが何をしているかは想像に難くないが、本当にそれでよかったのかと、自問自答する。



 結局、答えは出なかったのだが。




 次の日、目をはらしたさゆりは晴れ晴れとした顔で帰っていった。

 私はそれを微妙な気持ちで見送りながらも、元気になったのなら目標は達成したと自分に言い聞かせた。




 しかしもっと深く考えるべきだったと、後悔する日が来るのは、そう時間が経たない内で突然だった。




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