第15話 解放
────大いなる虚無だった。
全身を蝕むような黒だった。
心の深淵を映すような闇だった。
視界を全て覆う影だった。
---
それから。
どのくらいの時間が経過したか、分からない。
一面の認知できる空間が、微かな白いドットのようにポツポツと一部が切り替わっていく。
「君のお陰で! どれだけ私が苦しんだことか!」
そう弾劾するかのように悲痛な表情。
どういうことだろう?
とぼけてもしょうがない。心当たりはある。
自己嫌悪とか自傷行為をしてきたことの業。
その業の解消が、月白が引き受け、この辺獄の塔に永久的に幽閉されることだっただろうか。
答え合わせをしてくれる先生なんて、いないわけだからどうとでも解釈出来るが。
これは、自分の責任。自分が後始末をするべきもの。
自分の環境・過去・人生に向き合っていくべきことをせずに、目を背けて延命措置を図った結果なのだ。
その結果。
【永劫回帰】なる、孤独の世界で永遠の時間を強いられる生き地獄。
これは、月白に対し他ならぬ自分が与えた仕打ち。
なんて酷い奴なのだろう。
自分がこの辺獄に迷い込み、そして月白と会ったことは何かしらの意味があるはずだ。
人生に目を背け続けてきた自分に何かしらの意味があったと思いたい。
でも、こんな結果じゃ……ずっと戦い続けてきた彼女は報われない。
報われないじゃないか……。
後悔の念に押しつぶされそうだ。
もしこのまま自分の意識が消えてくれなかったら。
それこそ後悔の念が永遠に残り続けるとしたら。
そんなのは……絶対に、絶対に嫌だ!!
嫌だ……!
---
それじゃあ。
それを回避するにはどうしたらいいか?
何かしらの外部の第三者に期待する?
そんなので解決するなら、そもそもそういう奇跡が起きたところで自分の人生は変わらないだろう。
そう、自分で分かってる。
自分のことは、自分でやらなければいけない。
もちろん、誰かから手を借りることだって大事なことだ。
自分はそれをしてこずに、1人で目を背けてきたからこそ、こうなってしまった。
でも、この塔で彼女と会ってからは、彼女から教わってきたはずだ。
さて、では自分でどうにかしなければいけないわけで。
【永劫回帰】に囚われ、人格が失われている彼女を救う?
今まで自分のことですら、救うことすらできなかったのに……。
今更何が出来る……?
あ。
そうやって、過去で自分を規定していることこそが、自分を縛り付けている考え方なのか……。
現実から目を背け、変わろうと行動しないことで「いつか」という存在しないはずの世界に残していた「理想の自分」。
その可能性にすがることを止め、自ら変わろうと決別する何か。
それがなかった。
”今さら何かしたところで〜”、という考え方は過去を基準にした考え方だ。
過去で自分を規定するのは、何とも虚しい考え方だろう。
でも、実際に自分は、それを頑なにそれを守ろうとしていた。
理由は分からない。
ふと立ち止まって考えるのが面倒だったのだろうか。
いや。1人ではその後ろ向きな考え方にハマるだけ。外部からの手助けが無ければ、そこから抜け出すことが出来なかった。
それが、俺にとっては月白だった。
しかし、彼女に依存するだけではだめだ。
いつか、は永遠に来ない。
そのいつかに依存するのはやめよう。
彼女は扉への前へと導いてくれたが、その扉を開くのは自分なのだ。
ではその扉を開く為には何が必要なのか?
それは、月並みな言葉で、使い古されていて。今までただの記号としか感じ取れなかった。
物語の世界でしか存在し得ない、自分には全く無関係の概念──のはず。
でも違う。
自分の人生に、今向き合っているのだ。
自分の心の在りよう──心象が具現化された世界。
それが何の因果か、あの世の1つ。辺獄とリンクし、こんな不気味な世界へと至った。
自分のトラウマを抉る影、影、影。
自分を導く、協力者の月白という少女。
その役割を終え、最終的に最大の敵として立ちはだかる何か。
元の世界に戻るには、必要な要素なのだ。
自分の在り方を定義し、世界に向き合う力。
人生をより良く生きようという活力。
そして────
今ここを見て、未来へと向かっていく─────
勇気。
それを今、持とう。
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ずっと自分に居座っていた闇に、一筋の光が生じて瞼の裏からでも徐々に眩しく感じる。
そう。
俺は、この世界に迷い込む前、視界に映る日常は灰色のフィルターにかけられ曇っているようだった。
でも今は。
どこか、遠くに置いてきたものを取り戻したような感覚が拡がる。
俯いていた体勢から、顎を引き、顔を上げ。
同時に閉じていた瞳を開く。
見える。
灰色フィルターを取り外され、感じるのは鮮やかな色彩広がる世界。
思い込みの牢獄から解き放ってやる。自分自身の為に。
そうだろう? 月白イツカ!
────それは何と表現すべきなのだろう。何かが壊れた。
自分を閉じ込めていたガラスの壁が割れる音。自分を縛っていた鎖が断ち切れる音。
その破片が春の桜の花びら様に、宙を舞う。
そう。
牢獄から解放される時が来たのだ。
辛い時には逃げたっていい。
でもそれは、なかった事にはできない。
そして……いつか何らかの形で向き合うべきなのだ。
それが今。
「─────!」
背筋に悪寒が走る。いや確かにぞくぞくとしたものが背中を走っているが、悪寒とは違う。勇気が漲るのだ。
己が踏んでいる床。
その一面が、空の青と、雲の白の色でいっぱいに拡がっていき、黒い闇を上書きしていく。
それが心象によるものか、神秘現象と言うべきなのか今は置いておくべきだ。
とにかく足場を踏みしめる。
「何を……?!」
月白の動揺を帯びた声。
その声を聞いたのは、何年ぶりだろう、と思ってしまうくらい時間が経過した気がする。
床の張り替えと同時に、彼女の顔を覆う黒い泥も、胸の中心に収束し剥がされていくよう。
自分を縛る何かから解放される音が響いてから、彼女に剣を突き立てるまでの間。
ここまでの思考と動作が、1秒に満たずに凝縮されているなんて。
それは脳科学の未発見の領域だとか、精神世界の神秘というのか分からない。
けれどそれは今重要なことじゃない。
やるべきことは決まっていた。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
いくら戦闘経験、戦闘技術が彼女に軍牌があがっていようとも、ここは己の心が作り出した、完成のない世界。
俺が彼女と決別し「勇気」を持つことを決めた時点で、物理的な因果の法則は破られ──勝負は決まっていたのだ。
己の力を撃ち抜く。
迷いなく正面に振るわれた剣は、彼女の胸部を貫いた────
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