第13話 月白の正体

この世界で、永遠の時を過ごす。

それは一体何を意味するのだろう。


この世界では歳を取るのだろうか。

少なくとも、飯を食べる必要も無いし水分補給をする必要もない。


ただ必要なのは、影の脅威を振り払うだけ。

あとは、青空の綺麗な風景をいくらでも眺め、美しい白亜の塔の主人になれる。月白と共に。


でも、それは本当に幸せなのか?

元の世界に戻るという選択肢がありながら、ここに居残るのは結局、自分の人生から逃げているだけではないのか?


あのヘリオンという天使曰く、ここは辺獄という「あの世」だ。

一時的に死んでいる臨死状態であるわけで時間が経てば経つほど元の世界に戻れなくリスクが高くなることには間違いない。


それは──望んでいることではない。


「どうして、何を言ってくれないのですか?」


「いや、単に驚いただけさ。俺なんかと一緒に過ごしたいなんてとんだ変わり者だよ、月白」


「そんなに可笑しいことですか?」


「これまでのことは、もちろん感謝している」


「私は言ったはずです。君との出会いから何かが変わるのだと期待して──だから一緒に行動してきました」


月白は胸に手をあて、真摯な瞳を向ける。

「それでは。水無くんにとって、私は何者なんですか?」


目の前にいる彼女は、他人を慮ることができて、毛品があり、理知的。かつ立ち向かうべき相手には堂々と戦うことができる。


自分にとってのヒーロー像。

自分が酷く悲しい感情に浸っている時、手を差し伸べてくれるヒーローを望んでいた。いつだって助けに来てくれるヒーロー。

そして、自分もいつか、そうありたいと願ってきた。


何時か……イツカ。


でも、そういう風に変わろうと努力したわけではなく、出来ない理由を頭の中に並べ、行動しないことで、そういう理想の自分になれる可能性を残そうとしていた。


行動して、そうなれないと現実で知ってしまったら、より深い絶望に自身を突き落としてしまうからだ。


君にとって私は何者──その質問に対して彼女を定義する。

月白、と俺は言う。そしてもう一度。




「月白。お前はもう1人の俺────憧れていた理想の自分だ」




その可能性に至れる確率はなんて1%も下回るだろう。

そして、目の前の月白イツカという存在がそうなのだと、断言出来た。直観でそう感じた。


その可能性を何もせず、来るはずのない未来に先送りにすることによって彼女を【永劫回帰】──擬似的に時間から隔絶された未完の世界に閉じ込めていた。


「君が……わたし?」


驚いた様子で、言う。


姉でもなく妹でもなく双子でもなく。自分自身。自分の可能性の1つ。

それは四次元世界の自分であり、潜在意識上のもう1人の自分。

彼女は自分とっての、理想の自分を固めた像だ。

彼女は俺と違って気高い。


弱きを助ける、笑顔を向けることが出来る、毎回記憶を失う中闘い続ける強さがあり、自分に厳しく、流されない、誰かに手を差し伸べることができるヒーロー像。


彼女は自分のことが分からない、と言った。

それは記憶を失ったのではなく、元々存在しないのだ。

俺から分離して形作られた存在なのだから、分離する前のオリジナルの記憶なんて存在するはずがない。


ないけれど、それを誤魔化すために無意識的に【ジャメヴ】、つまり「以前に経験したはずだけどあたかも初めて経験したかのように感じる」自分を演じさせられていたのだろうか。


「ふふ……」


彼女は静かに笑う。


「なるほど。そういうことでしたか」

淑女のように右手を口元に添え、静かに笑う。


「君は、いや私は君の半身のようなもの。確かに、君がいなくなることを考えただけで、私は喪失感に耐えきれそうにありません」


そう、これは残酷なことだ。

俺が自分で心を折ったために、今まで辛いと思うことを「無かったこと」にしようとした為に、その業を、彼女はこの世界で影と闘う形で引き受け続けたのだろうか。


そして、俺がこの世界に迷い込んだ後も、一緒に戦ってくれた。

そして、自分がこの世界を脱出する過程で。


彼女の苦痛を和らげる為の【永劫回帰】・【ジャメヴ】をも奪い取り、彼女をこの世界に永遠に置き去りにしようというのだから。

自分が如何に自分勝手で、彼女に酷いことをしようとしているのか、実感が出来た。

「勝手に生み出しておいて、いやこんな世界に閉じ込めておいてそれはないですよ、水無くん」


「私は私で、あなたが残した理想の自分を無意識的に演じていたわけですが……」


「ところで、君が男の子で私が女の子。……何で性別が反転しているんでしょうね? ふふふ、水無くんTS願望でもあったのでしょうか?」


「! いや……それは違う」


可能性が0%かと言われると……断言できるわけではないが、少なくとも顕在意識的にそう思ったことはないので、否定する。


少なくとも今の自分にとってその彼女が目の前に立ちはだかっているのは紛れもない、現実だ。


「私は君にとっての理想の自分、であることを放棄します。そんなことより……」

月白は、俺に向かって手を伸ばす。

片手で俺の頰に触れようとする。


「あなたはあの世界に戻るべきではありません。今から撤回してくれていいのですよ……?」


その瞳は、こちらの顔を捉えている。

どこか惚けた表情だ。


怖い。


その目の前の存在は、俺を襲ってきた影を連想させる。

何だろう。

彼女の一挙一動を許したら、取り返しがつかない気がしてならないのだ。

そんな恐怖の念を振り払なければ────!


「っあ!!」


気づいた時には、彼女を両手で突き飛ばしていた。


彼女は両手を床につけ、倒れている。

俺が1階で初めて彼女と出会って突き飛ばされた時と同じような体勢になっている。


言いようもない罪悪感が恐怖の念を塗り替えていく。


「——月白!」


ごめん、と言おうとするにはタイミングが遅かった。


「酷いです。水無くん」

という言葉が、遮る。

彼女の表情は、無表情だ。


「言葉のやり取りだけで、分かってくれると……思ったのに」


月白は起き上がる。


「私は、水無くんをあの世界に戻ることを許しません」

そう宣言し、月白はこちらに足を運ぶ。


「逃げようとするならば、無理矢理にでもここにいて貰います」


無表情だった表情。その瞳には狂気が混じっているかのよう。


彼女はこちらに向かって歩きながら、鞘から西洋剣を抜き、握る。

幾多の影を切り裂いてきたソレを向けられるなんて、シャレにならない。

悪い予感は現実になった。


「────ッ!」


彼女は躊躇もなく、剣を振るった。


避けなければ、右肩ごと腕を切り下ろされていただろう。

肩に浅い裂傷が入る。


俺は化け物と違う。

幾多の影を斬ったその刃による裂傷から流れるのは、赤い血。

気を抜けば死んでもおかしくない斬撃。


理性に満ちたはずのその人格はどこへ行ったしまったのだろう……あれを月白と思っちゃだめだ。


「うおお!」

彼女の追撃に対し、こちらも剣で強打を与える。


ああ。

こういう状況シーンをアニメやゲームで見たことがある。

それは「もう1人の自分」との対峙したシーンのことだ。

その時の解決方法は大抵2つのどちらか。


一つ目はそれは対話して説得しその存在を吸収すること。

……もう1つはその存在と闘って打ち倒し吸収すること。

今回の場合、前者はどうやら望めそうになさそうだった。



決別。これがラストバトル————だ。


瞬間。

彼女の胸元から、黒いモヤが渦状に召喚されていく様子を視界に捉えた。

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