1年生 夏

第14話 カラオケ

「まぁ、みんな高校生だからいろいろ言ったりしないけど、ちゃんと自分の立場をわきまえて行動するように」


 はーい、と気の抜けたような返事。


「……みんなの夏休みが非常に心配です。できることなら一人ひとりついておきたい……」


 小さく頭を抱える沖田先生。やっぱりかわいい、と思わずにはいられない。先生だけど。


「とは言っても、また来週から補習が始まるので、すぐに会えますね」


 ああー、と今度は暗さマックスの悲鳴。うん、私も補習は嫌だ。


「……これ、夏休みって言わないよね……」


 こそこそと隣の子が話しかけてくる。こっくりとうなずいて私も苦笑い。


「じゃあ、とりあえずこれで一学期は終わり! みんな、良い夏を! 」


「起立、気を付け、礼」


 さようならー、というが早いか、あっという間に教室の空気が緩む。



「部活だるいー」


「ってか、マジ暑くね? 」


「ねぇねぇ、夏休みどっか遊びにいこうよ」


「無理じゃない? 補習補習の補習地獄じゃん。あーあ、こんなの夏休みって言わないよ……」


 みんな、夏の計画を立てようとしているものの、やっぱりほぼ毎日補習というのが懸念事項。


「サクラ、カラオケ行こう! 」


 前言撤回。少なくともリナはそんなこと、みじんも気にしていない。鼻歌交じりで教科書をバッグに詰め込みながらのお誘い。ウキウキしているのがよくわかる。


「……補習は? 」


 一応、訊いてみる。


「だぁかぁらぁ! 明日行くの! 補習があるったって、とりあえず明日と明後日あさっては普通に土日でしょ? だから、部活が終わってすぐ行く。ね、完璧」


 ふふん、と胸を張ってリナは得意そうに言う。

 ほんと、リナはカラオケ好きだなぁ……。月に3,4回は誘われるから、ほぼ週に一回のペース。まぁ、毎回実行されるわけじゃないけど。それでもなかなかの頻度だ。


「……わかった。桔梗ちゃんも誘おう」


「もちろん! あ、せっかくだから中村も……」


 それは最後まで言わせない。私は手に持っていた教科書でリナの頭をぽこんと叩く。


「……それは言わない」


「ごめんごめん。中村の名前出した時のサクラの反応が面白くてつい。……そのこともゆっくり話したいね」


 くるくるよく動く瞳でパチンとウィンク。リナにはかなわない。


「じゃ、とりあえず明日空けといてね。桔梗ちゃんには、サクラから言っといてくれる? 」


「……うん。今日部活で会うし」


「オッケー。よろしく。三人でいい? 」


「……それが気楽だと思う。話の内容が内容だし」


 こういう話はあんまり人に知られたくない。まぁ、まだ中村君のことが好きなのか、わからないでいるのだけれど。


 リナと別れて、美術室へ向かう。

 最近少しがたつき始めた美術室の扉を開けると、そこにはすでに二人の人影。


「あ、サクラちゃん」


「やぁ、藤島」


 桔梗ちゃんと藍先輩だ。二人向かい合って弁当を広げていた。

 とっさに、この間のやり取りが頭をよぎる。


「サクラちゃん、お弁当食べた? まだなら一緒に食べよう」


 桔梗ちゃんの声はいつも通りだった。ニコニコと笑いながら、隣に椅子を運んでくれた。藍先輩も柔らかく微笑んでこちらを見ている。


「……ありがと。私も今から食べるとこ」


 あの日垣間見た二人の言動は、少しも名残を残すことなく、消え去っていた。まるで何もなかったかのように。あれは私の夢だったんじゃなかろうかと思ってしまうほどに。


「……桔梗ちゃん、明日リナと三人でカラオケに行かない? 」


「え! 行く行く! 何時から? どこで? 」


 目を輝かせる桔梗ちゃん。それを、楽しそうだね、といったまなざしで優しく見守る藍先輩。怖いくらいにいつも通りだ。


「……多分、リナの部活が終わってから。駅の近くの『河童かっぱ』ってカラオケボックスで」


「「……『河童』? 」」


 教室のドアを開けたらそこが南極だった、みたいな顔をして二人が聞き返す。


 ……いやそんな顔されても……。




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