第10話 正当防衛

「ねぇねえ、君たち今からヒマ? 」


 突然、声をかけられた。振り返ると5人の大学生くらいとおぼしき男の人たち。


 私たちはちょうど、少し大通りから外れた、人気ひとけのない道を歩いていた。


「え、と……」


「いえ、もう帰るんで。行こ、二人とも」


 戸惑う私と桔梗ちゃんだったが、リナがきっぱりと断ってくれた。


「いいじゃん。ご飯おごるからさ、ちょっと遊んでいこーよ。ね? 」


 男の人たちは、なおも執拗しつように誘ってくる。


「すみません。私たち急ぐので。……走るよ」


 小声でそうつぶやくとリナはパッと駆け出した。私たちも後に続く。


「捕まえた! 」


 ガッと手首をつかまれた。


「サクラ! 」


 先を走っていた二人も立ち止まる。


「へぇ、サクラちゃんって言うんだ。可愛いね」


 ぞわっと鳥肌が立った。


「……放してください」


「三人が遊んでくれるならいいけど? 」


 にやにやと嫌な笑みを顔に張り付けて、私の手をつかんでいる男の人は言った。


「……放してください」


「じゃ、遊んでくれる? 」


 気が付くと、引き返してきたリナと桔梗ちゃんも、男の人たちに取り囲まれていた。


「……嫌です」


「ねぇ、楽しいよ? ほら、一緒に行こ」


 無理やり腕を引かれる。振りほどこうにも、力で負けているので振りほどけない。


「やめてください! 」


 リナも必死に抵抗するが、いかんせん体格や腕力に差がありすぎた。


「だいじょーぶ。乱暴はしないから」


「誰か……!」


 桔梗ちゃんの声が夜道に響いたその時、は現れた。


「すみません、彼女たちのことを放していただけませんか? 」


「ああ? 誰だ、お前? 」


 不意に背後から聞こえた声に、彼らは振り返った。


「藍先輩……? 」


 そこにいたのは、藍先輩だった。


「はじめまして。僕は、彼女たちの先輩、ということになりますかね。まぁ僕のことはいいので、とにかくその手を放してあげてください」


 あくまでも丁寧な、柔らかい物腰で語りかける先輩。


「善人ヅラしやがって。おい、めんどくせーから、適当にボコしてやれ」


 私の手つかんだまま、男の人は言った。


「今からお楽しみなんだから、ちゃちゃっと終わらせるぞ」


 男の人が二人、先輩の前に立ちふさがった。


「暴力は嫌いなのですが」


 藍先輩はそれでも引き下がる様子なく、少し困ったような微笑みを浮かべている。


「それは無理な相談だ」


 そう言うや否や、二人は同時に先輩に殴りかかった。


「先輩! 」


「……正当防衛ですからね」


 瞬間。


 先輩の姿が消え、代わりに悲鳴が響き渡った。


「ぐあ」「ぎゃ」


「殴ったら手が汚れる。蹴ったら靴が汚れる。暴力なんていいことありませんよ」


 パンパン、と手を払いながら先輩はいつもの笑顔で言う。


「さ、もう一度言います。三人を放してください」


 私たちを取り囲んでいた残りの男の人たちは、無言で先輩にとびかかる。


「やれやれ、交渉決裂ですか」


 ため息を一つくと先輩はゆらり、と前へ歩み出た。そのまま流れるように一人目の足を払い、二人目のみぞおちに蹴りを入れる。そして、最後の一人のこぶしを正面で受け止めた。


「ここでおとなしく引き下がるもよし、骨折覚悟で続けるもよし。ただし、後者の場合、手加減はしませんよ」


 笑顔で恐ろしいことを言っている。こぶしをつかまれた男の人はしばらく先輩をにらんでいたが、チッと舌打ちして体を引いた。他の四人もよろよろと立ち上がる。


「覚えてろよ! 」


 と、お決まりのせりふを吐いて、五人は闇夜に消えていった。




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