第9話 意外

「おいしかったねー」


「……うん」


「……そうだね……」


 ニコニコと笑顔を浮かべている者、二名。げっそりとやつれている者、一名。


 三人で行ったカフェのパフェは想像以上においしくて、それでいてお財布にやさしい価格設定だったので、私たちは大満足だった。


「いやぁーそれにしても、リナちゃんに好きな人がいたとはねぇ」


「……桔梗ちゃん怖い……」


 リナはすっかり衰弱しきっている。


「甘い、甘い。私のコミュ力舐めてもらっちゃ困るなぁ」


 ……コミュ力とかいう問題ではない気がするけど。


「桔梗ちゃん、あんた警察で取り調べできるよ」


「ふふん、まぁね!」


「……だめだ、皮肉が通じない……」



 ───話は数十分前にさかのぼる。


「で、セイカって何者なの?」


 カフェに入り、席に座ったと同時に桔梗ちゃんが切り出した。


「は?」


「だぁーかぁーらぁー!さっきの『カワムラ セイカ』がどんな人で、その人がリナちゃんの好きな人なのか、って訊いてるの!」


「……えーっと、それ、話さなきゃダメ?」


 恐る恐るといったていで、リナが尋ねる。


Ofcourseもちろん ! 」


「うう……。桔梗ちゃん、絶対他の人に話さないでよ?」


 しぶしぶと、リナが口を開いた。


 * * *


 川村かわむら 聖花せいか


 初めて会ったときは、地味な子だなー、とくらいにしか思っていなかった。


 ところどころ寝癖がついたぼさぼさの頭。


 男子にしては小柄で、メガネが少し重そうだった。


 休み時間はいつも自分の席で本を読んでいる。ブックカバーがかけられていて、何の本を読んでいるのかはわからなかったが。


「ねぇ、いつも何読んでるの?」


 何かの折に、そう彼に訊いた。彼は少し驚いて、そして小さく笑うと、カバーを外して表紙を見せてくれた。


 私は、そのタイトルを読み上げた。読み上げたことは覚えているのだけれど、そのタイトルは忘れてしまった。いわゆる文豪によって書かれたものだった、ということだけしか覚えていない。芥川龍之介だったような気もするし、太宰治だったような気もする。もしかすると夏目漱石だったかもしれない。


「これ、面白いの?」


「面白いよ。少なくとも、バスケとかサッカーをするよりは面白い」


「……私はバスケのほうが楽しいと思うけどなぁ」


 ちょっとスポーツを馬鹿にされたような気がして、むっとして言った。


「あはは。僕にとっては、だよ。永井さんはバスケのほうが似合う。この間、体育でシュート決めてたでしょ?」


 どきっとした。それは彼の笑顔が、思っていたよりも可愛かったからかもしれないし、ふいに名前を呼ばれたからかもしれない。


「見てたの?」


「見てたっていうか、すごい歓声上がってたから見た、かな」


 鳥の巣のような頭をかいて、彼は言う。


「……川村君って面白いね」


「ええ?そう?そんなこと言われたのは初めてだな……」


 少し困ったように、彼は笑った。


「ねぇ。何か、おすすめの本ない?私でも読めるようなの」


 次の会話のためだけに、口から零れ落ちた言葉だった。それなのに彼は目を輝かせて、とても楽しそうだった。


「『よだかの星』って知ってる?」


「ううん。知らない」


「宮沢賢治は知ってるでしょ?彼の作品は割と読みやすいよ。『銀河鉄道の夜』が有名だけど、僕は『よだかの星』が一番好き」


 何気なく発せられた彼の「好き」という言葉に心拍数が上がる。



 後になってわかったのだけれど、この時すでに、私は恋という名の魔法にかかってしまっていたのだった。


 * * *


「なるほどねぇ。言っちゃなんだけど、ちょっと意外かも」


 真っ赤になって話し終えたリナを見ながら、桔梗ちゃんはつぶやいた。


「……意外?」


 「意外」って、どういうことだろう。


「いや、リナちゃんってMr.ミスタースポーツ!みたいな人がタイプなのかなぁと思ってたから」


 そうでもない。彼女はむしろ物静かな男子を好きになる傾向にある。一概に言うことはできないけれど。


「……いいでしょ、別に」


「ダメなんて言ってないって」


「……もう!」


 ───そして今に至る。


「いやー、今日は楽しかった!また恋バナしようね!」


 桔梗ちゃんはまだまだ元気だ。


「まだするの……?」


 対するリナは、かなりお疲れの様子。


「……今度は桔梗ちゃんのお話聞かせて」


「私?そんなの聞いたって面白いことないよー?」


「自分だけ逃げる気!?」


 リナ、ツッコミは元気だね……。


「まぁ、とにかく、また遊ぼう!」


「賛成」


「……うん」




 街はすでに、あかね色に染まっていた。






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