第7話 美術部

「サクラ」


「……」


「ねぇ、サクラってば」


「……」


「サクラ! 」


「ふわっ……!? 」


びっくりした。


「もー、サクラってば全然気づかないんだから! 」


「……ごめん」


「あー、もう! 可愛いから許す! 」


どうやら考え事に夢中になっていたらしい。


「何か考え事でもしてたの? 」


「……うん」


あれから───コスモスについて話す中村君を見てから、彼の顔が常に頭の中でちらつく。


「はっっ! まさか、サクラに恋の予感!? 」


「……わかんない」


そう。私にも、この気持ちが何なのかわからない。


「……うう。悲しいけど、サクラ、幸せになれよぉ……」


リナは気が早い。すでに私を見る目には涙。


「だからまだわかんないって……」


キーンコーンカーンコーン


昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


次は、沖田先生の古文の授業だ。


「今は昔、比叡の山にちごありけり……」


沖田先生は家が剣道の道場なのだそうで、そこで鍛えられた声は凛として心地よい響きとなり、私たちを包み込む。


「……恋、か」



放課後。


「さくらちゃん、美術室行こー」


振り返ると、三つ編みがかわいい桔梗ききょうちゃん。


彼女、野坂桔梗のさか ききょうは、この学校に来て初めて知り合った子なのだけど、人見知りな私のぺースに合わせてくれるので、とても話しやすい。


二人とも中学時代、美術部だったということもあって話が弾み、入学して数日目にして「さくらちゃん」「桔梗ちゃん」と呼び合う仲。


「……ちょっと待っててね」


「うん!」


素直、というか、純粋ピュアというか。


中学では生徒会の副会長を務めていたというだけあって交友関係が広く、人望も厚い。目下、私のあこがれの人だ。


手早く帰り支度を済ませて桔梗ちゃんのもとへ。


「……お待たせ」


「よし、じゃあ美術室にレッツゴー!」


桔梗ちゃんは本当に元気だ。今にも鼻歌を歌いだしそうな彼女を見ていると、自然と私も楽しくなってくる。


「こんにちはー!」


「……こんにちは」


ガラッと美術室の扉を開ける。


「はい、こんにちは」


少し低めの、やさしい声が私たちを出迎えてくれた。あい先輩だ。


女子が多い美術部唯一の男子部員。中村君とは違ったタイプのイケメンで、驚くほど肌が白い。黒縁の丸メガネが、見る人に柔和な印象を与える。一つ一つの動作がとても優雅で、時々私よりも女子らしい。私の男子のイメージは、休み時間のたびに騒いでいる、というものだったが、彼に出会ってその認識が間違いであることを知った。


「何を描かれてるんですか?」


桔梗ちゃんが藍先輩の手元をのぞき込む。繊細なタッチで、二つの花が描かれていた。


「桔梗と、桜だよ。新入部員、二人とも花の名前だからね。ちょっと描いてみたくなったんだ」


フフフ、と藍先輩が笑う。やっぱり先輩はみやびな人だ。


「花はいいよね。どこまでも美しくて、どこまでも強い。どんなに寒い冬も乗り越えるし、どんなに踏まれてもまた起き上がる。何も言わないけど、彼らはいろんなことを僕たちに語ってくれる」


白くて端正な横顔を、窓から差し込んだ夕日が照らす。彼の目は、何を見ているのだろう。


「こんにちはー!あれ、一年生ちゃんたち早いね」


元気にドアを開けて入ってきたのは部長のはな先輩。ツインテールが似合うパワフルな先輩で、リナ以上にコミュニケーション能力が高い。


「藍ちゃんももう描いてるし」


「いえ、これは個人的に描いてみただけです」


ちなみに、はな先輩は3年生、藍先輩は2年生だ。


「それにしても美術部は美男美女ぞろいだねぇ。毎日の目の保養ですよ」


私たちを見ながら、うんうんと一人うなずくはな先輩。


「……」


私たちが何も言えずにいると、


「いやそこは『はな先輩のほうが可愛いですよ』とかいうとこでしょ⁉ 」


はな先輩が叫ぶ。


「はな先輩のほうがお綺麗ですよ」


肩をすくめて、少し困ったように藍先輩が言う。きざなセリフも、藍先輩の口からこぼれると洗練されて聞こえるから不思議だ。


「ぐお」


変な声を出してはな先輩が崩れ落ちる。


「藍ちゃんの破壊力すごすぎ……」


こうして、美術部の活動は始まる。




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